2008年04月22日「広告放浪記」 浅暮三文著 ポプラ社 1680円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 放浪記・・・か。花の命は短くて苦しきことのみ多かりき?
 これは林芙美子の『放浪記』か。

 小学6年生の時だったかな。「紅顔の文学少年」として有名だった私は、チャリで2つ先の駅前にある大手書店によく通ってたのよ。
 そのとき見つけたのが『高校放浪記』。サイマル出版だったかブロンズ社だったか忘れたけど、これが面白くてねえ。稲田耕三さんって著者の名前までしっかり覚えてます。たしか全5〜6冊くらいでね。

 何冊めかの本の袖には著者の写真まであった。かつて岐阜(三重県で何回か退学になった後、鳥取の高校に編入。21歳で高校1年生だった・・・と教えてもらいました)で喧嘩ばかりしてた不良高校生が塾で教えてる写真ね。
 へえ、こんな顔してんのか。この細いのが喧嘩ばかりしてたんだ。

 それからしばらくして、中1になると、この人、深夜放送のゲストで登場したんだよね。想像したとおりの声でした。聞きながら何度も会ったことがあるような錯覚にとらわれた。そりゃそうだよね。5〜6巻もの自伝を全部読んでるんだからさ。
 稲田さんの場合、大学ノートに書き殴られた原稿がそのまま本になったんですね。だから、1冊目の袖にはそのノートがこれまた写真で紹介されてました。

 あと、放浪記っていうと『麻雀放浪記』か。和田誠さんの映画も良かったな。


 『広告放浪記』ねえ。これ、銀座で待ち合わせしてるときに見つけたんです。バァッと歩いててすぐにピックアップ。中身も見なかった。
 ホントはほかの本を買う予定だったのよ。で、この本買ったら、そっち忘れちゃった。まっ、アマゾンで注文したけど。

 想像以上にかっこ悪い内容。まっ、期待してたけど。だって、ドジばかり踏んでるんだもの。なんつっても、やる気のなさがみえみえ。これがええねん。さぼってばっか。つうか、朝、出勤途上で考えることは、今日1日、どうやってさぼるかということ。わかるなあ、その気持ち。

 「日々続く飛び込みセールスの生活は十年一日のように過ぎていった」って・・・正味2年しか働いてないじゃん?

 「いくつかできた偽装訪問先にちらりと顔を出し、毎週、ある養成講座(コピーライター)の宿題に眠い目をこすり、原稿用紙に向かう。なんとかアイデアをひねり出し、文字を書き連ね、駅前ビル(大阪)の喫茶店で休む。あるいは財布が淋しくなるとトイレで仮眠を取る。
 そして夜の訪れを待って授業と自分の書いたコピーの成果を聞きに本町へと出て行く。
 そうこうするうちにすでに季節は夏が終わろうとしていた」だってさ。

 大学を卒業して著者が就職したのは、M新聞系列のM広告社(大阪ね)。最初のうちは上司がセールスに同行したものの、「あとは勝手にやれ」と連日飛び込みセールス。 
これが嫌だったようですな。「野良犬生活」と表現してますもんね。

 訪問先でたまたま同級生とばったり会ったりすると、「セールスしてるなら無精ひげくらいは剃れ」と言われたつうんだから、あまり誉められた営業マンじゃないわな。
 けど、犬も歩けば棒に当たります。人間が歩けばもっと大きなものに当たるんだよね。

 ほかに行くとこないからさぼりに来てるのに、「こんな会社にまで来る熱心なヤツ。普段はさぞやいろんな会社を回ってるんだろう」と勝手に勘違いしてスカウトしようした人。定年間際に広告の仕事をくれたりね。

 タウンペーパーで成功してた支局で大量辞職が発生。応援に借りだされると、そこでそこそこ仕事が巧く回り出した。このまま籍を異動させる話もあったけど、「やっぱ制作がやりたい」と初心に戻って、また「野良犬生活」に逆戻り。

 で、「コピーライター養成講座」なるものに通い出すわけよ。仕事はさぼってもこれだけは全力集中。本で知ったコピーライターに勝手に弟子入りして個人で「通信教育」受けちゃう。

 どうしてコピーライターなんだろう? たぶん、漠然とした憧れで、自分でもわかんなかったんじゃないかな。
 会社に出入りしてるコピーライターはスーツを着なくていい。口うるさい上司が電話しても、「まだ寝ていやがる嫌がる。しかたないヤツだ」と笑ってすませられる存在・・・とインプットされてた。
 なんや知らんけど、コピーライターちゅうのはええなあ・・・と思うわな。

 「こんな仕事をしたい!」ってはっきり目標を持てる人って少ないと思うんだよね。スポーツ選手とか芸能人になるような人は、かなり早く夢を描いてると思う。でもさ、大学生くらいで、「この会社!」と就職先を決めて面接に行ける人ってのは、私ゃ凄いなと思うんですね。 
 私なんか学生時代、ひどいもんでね。どんな仕事がしたいかなんてまったくわからなかったもん。会社にしたってさっぱり知らん。ただ自分は武士だと思ってたから、町人の仕事=銀行、商社、流通だけは嫌だと決めてた。それが、後日、営業マンがいちばん肌に合ってたんだから不思議なもんだわな。

 この本、すれ違っただけですぐレジに持っていったのね。中身なんかノーチェック。『放浪記』という3文字に惹かれたんだと思う。
 「放浪」って言葉に憧れを持つ人って多いんじゃないかなあ。まだゴールにたどり着かない。永遠の野良犬生活。けど、ゴールに着いちゃったら面白くないやね。10年後の自分が透けて見える人生ってつまんないんじゃない?
 著者がとりあえずコピーライターという勉強を始めたのも、先が見えちゃったからじゃないかなあ。

 来年の自分が何をやってるか、わからないほうがワクワクドキドキ感があると思うんだよね。そういう意味では、この放浪記は『深夜特急』でもあるし、『未知との遭遇』でもあるわな。

 この本では、転職するかしないかというシーンで終わってますが、人生ってのは面白いね。
 なぜって、いざ辞めようとする時に、勤め先の仕事も巧くいくんだよ。注目される仕事をするわけ。転職にしても、前に断られた2つの会社からオファーが重なって来ちゃう。さらには、転職先を決めて挨拶に行ったら、突然、第3の選択が目の前に現れちゃう。

 変化ってのは、徐々に徐々にあるもんじゃなくて、ガラッと変わるんだね。これが面白い。

 この本、著者のエッセイつうか自伝つうか私小説つうか、まあそんなもんなんだけど、この人のプロフィールをチェックすると、あれれと思うわな。
 浅暮三文(あさぐれ・みつふみ、1959年3月21日-)は日本の作家、推理作家、SF作家。関西大学経済学部(国際金融論専攻)卒業後、コピーライターを経て、『ダブ(エ)ストン街道』でメフィスト賞を受賞してデビュー。『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞を受賞。ミステリの他ライトノベルの執筆でも知られている。コピーライターとしても現役であり、十数回の広告賞受賞歴がある。趣味は釣り。ペンネームは「早起きは三文の徳」からきている・・・だと。

 つうことは、上京してコピーライターやってるうちに、いつの間にか作家活動も始めちゃうわけ? つうことは、続編ではそこんところが読めるわけ? こりゃ楽しみやな。はよ読みたいわな。

 「野良犬」が嫌でもペットになったらあかんで。狼にならんとな。300円高。