2017年08月15日「聴く!読む!通勤快読」を今日だけ特別オープン! 『保守も知らない靖国神社』(小林よしのり著・ベストセラーズ)

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく。一つの情報がこんなにも広がりを持つ。一面だけ見ていては永遠にわからんでしょうね。同じ物を見て違うことをどれだけ連想できるか・・・価値あるインテリジェンスとはそういうものです。

 終戦記念日の今日は・・・・少しだけ「通勤快読」の中身をオープンにしたいと思います。

 靖国神社の御祭神は246万6千余です。祀られた英霊の名前には必ず「命(みこと)」という文字がつけられています。つまり、神に対する尊称なんですね。



 神社には御祭神の姓名を記した「霊爾簿」が納められてます。うち2万1千余柱は朝鮮人。台湾人も2万8千余柱が祀られてます。

 「靖国神社に親族が祀られていることは許せない」と文句をいう朝鮮人がいますが、これ、靖国信仰を前提にしなければ成立しない発想であることに、ご本人が気づいてませんね。

 当時、朝鮮人には徴兵制度は施行されていませんでした。日本人に対してのみ徴兵制が適用されたんです。朝鮮に陸軍特別志願制を設置すると倍率は7.7倍。1941年(昭和16)年には倍率45倍ですよ。台湾では倍率600倍にもなりました。

 1942(昭和17)年5月、日本政府は徴兵制を朝鮮人にも実施します。海軍特別志願兵、学徒兵徴募では、朝鮮人の志願者は48倍以上でした。

 さて、BC級でも1061人が死刑にされてます。「法がなければ罪なく、法なければ罰なし」というのが近代法ですが、連合国は完全に無視。国際法違反ですよ。

「戦時国際法」で「交戦法規」とされているのは・・。
1一般住民、非戦闘員に危害を与えてはならない
2軍事目標以外を攻撃してはならない
3不必要な苦痛を与える残虐な兵器を使ってはならない
4捕虜を虐待してはならない

 戦勝国の戦争犯罪人は誰1人として裁かれていません。敗戦国の「戦争犯罪」だけを裁く、という極めて政治的な行動でした。





 軍事法廷は国内外49ヵ所。軍事法廷は市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂。裁判長はオーストラリア代表ウェッブ。判事はカナダ、中華民国、フランス、オランダ、ニュージーランド、ソ連、イギリス、アメリカ、インド、フィリピン。すべて戦勝国とその植民地ばかり。

 敗戦国はおろか中立国からも1人の裁判官も出ていません。

 そもそも「極東国際軍事裁判所条例(チャーター)=マッカーサーの命令」によるもので、マッカーサーが勝手に「戦争犯罪」を定義したものです。事実、11人の裁判官のうち7人がマッカーサーの傀儡でした。

 被告26人全員有罪。うち7人が絞首刑とされました。

 この間、メディアに対する検閲は徹底され、「裁判批判」は禁じられました。習近平と同じです。

 国際法の知識があったのはインドのラダビノート・パールただ1人でした。ですから、このインチキを彼は英文で1275ページにもなる判決書を独自に書いて、「全員無罪」を言い渡し、さらに東京裁判は文明の裁きではなく「文明の抹殺」である、と徹底批判しています。

 靖国神社境内にはパール判事の顕彰碑がありますよ。



 1941(昭和16)年、米国はついに日本への石油禁輸。近衛文麿首相があっさり内閣を投げ出し、東條英機が「戦争回避」のために首相になります。

 あの人は戦争をするために首相になったのではありません。というより、そもそも、日本は対米戦争など露とも考えたことがありません。だから太平洋に一つも基地を作っていなかったんです。

 1958(昭和33)年5月30日をもって「戦犯」として囚われていた全員が釈放されます。名誉回復は遺族のためにも絶対に必要です。つまり「恩給」「靖国合祀」ですよ。
 8月に遺族援護法が修正され、戦争裁判受刑者は国内法では犯罪者と見なさない。つまり、日本国内に「戦犯」とありえないのです。

 「父母兄弟に告ぐ 白木の箱が届いたら 泣かずにほめて下さい」

 遺書に「こんなうれしい日はありません」と書いているからといって、本当に心から喜び勇んで、嬉々として戦場に向かったなんて思う人はいないでしょう。まだ20代ですよ。これからの未来ある人生には大きな希望が広がっていたはずです。

 小野田寛郎さんが小泉純一郎元首相の靖国参拝に怒っていました。
 「若者たちは心ならずも戦争に行かされて戦死した」
 「とんでもない。既婚者は家族を遺して死ぬことに心残りもあったかもしれないが、若い者たちは自分が先頭に立って戦わねば、とみなが思っていました」

 安倍首相の靖国参拝については、当時のオバマ政権は外交ルートを通じて控えるよう再三求めてきました。「ふざけるな! 自分の支持層へのサービスで国際関係を悪化させるな!」というわけです。

 「1度や2度の参拝で中国が反発しても、毎年繰り返せば、そのうち何も言わなくなる」と考えてはいけないんです。日本が強気に出たら中国はさらに強気に出るしかありません。日中とも内部には「強硬派」と「穏健派」がせめぎ合っています。

 遺骨を収めている千鳥ヶ淵にはだれも寄りつきません。「遺骨に魂が宿る」という感覚が日本人にはありませんから。
 「たんなる骨の集積場である千鳥ヶ淵墓苑なら参拝してもOKだ」と『千の風になって』の原詩を産んだ国の国務長官(当時はケリー)と国防長官(当時はヘーゲル)が訪れて献花しましたが、日本の首相は魂のいない場所に参拝すればいいだろう、と言われても困るんです。

 「靖国とアーリントンは同じ」と考える安倍首相の理屈は間違いです。
 日本が起こした「悪魔の侵略戦争」をアメリカという「正義の連合国軍」が叩き潰した、といまでも思っています。
 アメリカ政府は、アーリントン墓地に相当する場所は千鳥ヶ淵墓苑だ、と認識してます。2.5平方キロのアーリントン墓地には27万人が埋葬されてます。

 靖国神社に祀られているのは戦死者や戦傷病死者のみで、退役した後に死んだ者は祀られません。しかしアーリントンでは戦死者のみならず、一定の資格を満たした軍務経験者ならだれでも埋葬されます。

 国防省は行方不明の戦死者も最後の1人まで遺族に還そう、という意気込みです。というのも、「次の戦争」をいつも前提としているからです。

 靖国神社は日本を戦争できる国にするための神社です。安倍首相が言うような「不戦の誓い」をする場所ではありません。いざという時にはいつでも戦うぞ、と誓うための場所なんです。

 殉職自衛官も靖国神社に合祀されるべきだと思いますが、いま、「自衛隊殉職者慰霊碑」が建立されています。隊員や互助会の寄付で建立されたもので国からの支出はありません。

 自衛隊は創設以来、殉職者は出していますが「戦死者」は1人も出ていないことになっています。日報問題でごちゃごちゃいうバカ政治家は、自衛隊に戦死者が出たら、その慰霊をどうするか考えるべきです。

 靖国神社にはいつも参拝者がいます。その数もハンパないですよ。なぜなら、氏神氏子の感覚があるからです。墓を守る家族が絶えてしまえば慰霊する人はいなくなります。靖国神社に祀られる。国があるかぎり子々孫々まで参拝してもらえる。若くて子供もいない。親が死んだら家が絶える。いまはそういう時代です。

 靖国神社には遺骨も位牌もありません。「霊が祀られている」という観念だけです。

 「中曽根某など弓削道鏡にも等しいもので、参拝にSPを4人も引き連れました。聖域に、御身大切後生大事と、天皇陛下でもなさらない警備つきとは何事でしょうか」

 人気とりの参拝ならしない方がマシ。靖国神社は国民が守ればいいんです。


 さて、今日の「通勤快読」でご紹介する本は「保守も知らない靖国神社」(小林よしのり著・820円・ベストセラーズ)です。