2007年05月25日「宰相田中角栄と歩んだ女」「そして、風が走りぬけて行った」 「わが上司 後藤田正晴」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 実は、このブログはホームページから進化したものなんですけど、昔は毎週月曜日だけ書いてたのね。ただし、「通勤快読」では3冊ずつ紹介してたのよ。
 で、ブログに切り替えたとき、2回目と5回目が消えてしまったんですが、元原稿を水曜の朝4時に発見! 当時は直接、打ち込まずに原稿を残してたのね。

 さて、ほかはどうでもいいんだけど、とくに紹介しておきたいのが「そして、風が走りぬけて行った」という本なのよ。これ、若くして夭逝した天才ジャズビアニストの物語なんだけど、いいんだなぁ。

 横浜の伊勢佐木町が銀座と並び称された昔、「モカンボ」という超有名なジャズバーがあってね。いまの有隣堂本店の裏あたりだよね。
 まっ、ついでだからその他2冊も掲載しておきましょうかね。

1「宰相田中角栄と歩んだ女」 大下英治著 講談社 2000円

田中角栄本は巷にやまほど出ている。そのどれもが彼の人間的魅力を語ったエピソードでいっぱいだが、本書は側近中の側近である越山会の女王こと佐藤昭子氏を主役に据えて記した力作である。

 男と女の出会いはいつも妙な縁によって結びつけられるものだが、角栄があそこまで登りつめることができたのもこのパートナーあればこそであろう。

 政治家は本質的に中小企業の親父である。すべて自分でやらなければならない。まず選挙がそうだ。資金の工面も同様である。中小企業にいちばん重要なことは内部固めである。組織をきちっと固めること。信頼の置ける側近を育てること。巡り会うこと。これがいちばん大切なのである。物事、出世をするのには話し相手、相談役が肝心なのだが、田中にとってのキーマンは佐藤だった。

彼女は田中に真摯に献身した唯一の人間である。献身というのは報われない一方的な愛のことで、戀闕の情ともいう。
 本書を読むと、巷間、わたしたちの耳に入る情報とはちょっと違う風景がたくさん見えてくる。田中派は人材が多いが、決断力のある人間はいなかったらしい。いまをときめく政治家たちの性格、蜂の一刺しの榎本美恵子、秘書の早坂茂三の人間性など、エピソード満載の好著である。

 それに田中が派閥の政治家や官僚を引き連れては何回も涙を流した見た「心の旅路」という映画のことをドラマチックに書いているが、これはわたしの大好きな映画でビデオもDVDももってる。この映画は彼女への愛の告白なのだが、田中という人のの感受性の強さを再認識した。

 ロッキード事件などという下らぬ謀略で失脚するのだが、彼はその後も派閥がどんどん大きくなっていったことを考えれば、やはり底知れぬ人望をもっている人である。200円高。



2「そして、風が走りぬけて行った」 植田紗加栄著 講談社 2300円

守安祥太郎と聞いて、ピンとくる人が何人いるだろうか。
 いまやだれの口の端にも乗らなくなった守安だが、終戦直後から昭和20代、30年代にかけて、日本のジャズ界でいちばん影響力を与えたミュージシャンが彼であることは間違いない。

 その稀代の天才ジャズピアニスト守安祥太郎の短くも波瀾万丈に富んだ生涯をつづった傑作が本書である。ぜひ、手にとってもらいたい。

 慶応ヨット部主将で、極度の恥ずかしがり屋でナイーブで優しい男。それが守安だ。

 幼いころからクラシックを習って天才と言われ、戦後、家が没落してからは得意のジャズピアノで稼いだ。いま有名になったナベサダが地方から出てきて金もなく、ジャズ喫茶の入り口でずっと立って音楽を聴いて勉強していたとき、コーヒーをご馳走してやり、亭主に「今度来たら中に入れてやってくれ」と一声かけてくれたのも守安だ。

 当時、ジャズの楽譜などなかった。その驚異的な耳ですべての楽器分を正確に採譜してタダで渡したのも守安である。芸大ピアノ科出身の塚原愛子でさえできなかった業だ。彼女の夫である原信夫(シャープス&フラッツのマスター)はその楽譜を心待ちにしたという。

本場アメリカのジャズをレコードとFENで聞いて、そのまま演奏してしまう。後年、ジャズの新潮流がアメリカでブームになるが、それは守安のコピーであったというくらい本家本元が度肝を抜く実力派である。

 彼が活躍したのは昭和30年までである。なぜなら、この年、彼は電車に飛び込んで不帰の客になるからである。

 しかし、ぎりぎりの29年に横浜伊勢佐木町のジャズクラブ「モカンボ」でジャムセッションが行われた。司会はクレージーキャッツを旗揚げする前のハナ肇、入場料を払ったのに外で受付を担当せざるを得なかった善人は植木等である。

 夜中から朝まで演奏が続いたのだが、このとき、奇跡的にも紙テープで録音していた学生が一人いた(この人、その後、医師になり、綾戸智絵さんを発掘することになります!)。おかげでいま、わたしはそのときの演奏を聴けるのである。

 なんと46年前の演奏である。だれもが守安と演奏したかった。しかし、怖くてステージに上がることができなかった。ハナに指名されて渡辺貞夫が上がった来た。

 ところで、モカンボはいまフィリピンクラブになっている。やっぱりバンドが入って踊れる場所だ。不思議なことに、なんの因果か、わたしはここのママと以前から知り合いなのだ。しかし、ここがモカンボだったとは夢にも思わなかった(守安が活躍したのはわたしが生まれる三年以上前なのである)。

ほんとうに風のように走り抜けて行ってしまった。天才はつねにそうなのかもしれない。

 守安と同時期にシャイな守安とは違ってうまく立ち回ってアメリカに留学したピアニストは、帰国後、あれだけ影響を受けた守安のことを訊かれてもノーコメントに徹している。その人にとって、守安は死んでも偉大な巨人であることをこれほど正直に語っているものはない。

 年間3000冊前後は本を買ってるが最高の1冊だ。300円高。



3「わが上司 後藤田正晴」 佐々淳行著 文芸春秋 1600円

 ビジネス書を一冊、紹介しておこう。
 後藤田は言わずとしれた元副総理。そして著者は警察時代の部下でもある。両氏とも、危機管理のプロである。

 日本の組織は農耕民族型であり、責任はだれも取らない。とくにその傾向が強い官僚機構のなかで、佐々さんはよく生きてきたと思う。おそらく、キレたことは一回や二回ではきかないだろう。よっぽと我慢強い人間のだと思う。また、仕事に真摯だからこそね敵前逃亡などしないのだろう。

 ダメな組織にいると、人間は二通りに分かれる。一つは腐ってしまう人。こういうタイプは転職する。二つ目は組織を変えようと努力するタイプだ。こういう人は運が良ければ成功するが、たいていは追い出される。おそらく、佐々さんも追い出された口だろう。

 ダメなリーダー、できるリーダー、心服すべきリーダーを実例で何人も見てきている。本書でも最高のリーダー像として後藤田をケースに取っている。後藤田のマネジメントノウハウを一つだけ紹介すると、「すごく出来てワシはとてもかなわんと思う者については何もいわんことにしとる。まるっきりダメな奴は叱ってもしょうがないからほめてやる。ワシと同等以上か、それ以上かも知れんと思う者はうんと叱るんじゃ」という。
 ほかにも「上司の慶事より部下の弔辞」「悪い、本当の事実を報告せよ」など、すぐに使えるマネジメントノウハウをたくさん紹介している。

 「君、君タラズトモ、臣、臣タレ」という一方通行ではいまの人間は動かない。インターネット以上に、上司と部下との関係は双方向でなければならない。情と理をどう図るか。リーダー必読の書だと思う。250円高。