2007年11月17日「ALWAYS 三丁目の夕日」「オデヲン座からの招待状」
カテゴリー中島孝志の不良映画日記」
死ぬほど忙しかった年末緊急プロデュースも、金曜の午前7時になんとか第1稿を終了。ホッと一息。
1日1章という殺人的な執筆量。というか、スピード。
できない? いや、いつもこのくらいなの。
データとか資料、関連文献、関係書籍(50冊くらい)はもうチェック済み。付箋やメモとかいろいろ挟んであるわけ。
でも、いざ、スタートするともう1度、頭からチェックしたくなるの。
で、今度の作業ですることは付箋をどんどん捨てていくこと。
理由? いったんすべて呑み込んで咀嚼し消化しとかないと、自分のものにならないの、借り物では仕事にならんのよ。
だって、いざ、書き始めると数字(統計、日付)や引用箇所のほかはすべて頭に叩き込んでおかないと、流れるような文章にはならんのよ。
流れるような文章じゃないと、「神かがり=自動書記状態」にはけっしてなりません。こうならないと、実は執筆中、閃きに助けられることもないんですね。
まっ、なんとか終えました。で、自分へのご褒美に映画をプレゼント。「続・三丁目」。
「オリヲン座」? 我慢できなくてチラッと観ちゃいました。
こんだけ詰まってると2本はいけないよね。そんな暇あったら仕事しなくちゃいかんもんなぁ・・・。
結論。「三丁目」は続編もよかった。デキとしては続編のほうがベターだと思う。でも初回作品を観といたほうがもっと愉しめる。
堀北真希は平成の吉永小百合だな。
こういう映画を観るたびに、日本映画の良さを再確認します。
そりゃ、「エディット・ピアフ 愛の讃歌」は良かったよ。けど、これも良かった。比較できないんだよね。
「三丁目」は戦後の復興史を共有する日本人には、感動というより共感を覚える映画だもん。昭和33〜34年をリアルタイムで知ってる人には、ああ、あったあった、知ってる知ってる。懐かしいなあ。一瞬であの時代に戻れるんだよ。
たとえリアルタイムで知らなくたって、人の心なんてそうそう変わるもんじゃない。
日本映画はハリウッドや世界と互角に戦うなんてことは考えないで、ひたすらこういうドメスティックな作品を追求したほうがいいね。
ヒットするし、結果、勝てる作品も出てくると思う。
かといって、戦争映画は食傷気味。もしやるなら、めちゃくちゃ明るい戦争映画だよ。あの「兵隊やくざ」がなぜ流行ったのか? もっと研究する必要があるよ。
戦時中だって、楽しいことがたっぷりあったはずなんだ。
刑務所だって辛いことばかりじゃない。ワクワクすることだってあんだよ。「塀の中のプレイボール」ってのは、結局、ここがヒットの勘所だったんだよね。
戦争、戦時中だって同じこと。いっつもステレオタイプなシナリオじゃ欠伸が出ちゃうわけ。
世界を意識したとたん、ダサくて芋っぽい映画になっちゃう。テーマが仰々しくてさ。
日本日本した小津安二郎の世界なんか、いまだにとっても魅力的じゃん。
前作を紹介したときに書いたけど、昭和30年代というのは1億人が前しか見ずに懸命に生きてた時代なんだ。夕日よりも朝日を懸命に見てた。自分のことだけで精一杯。けど、明日はきっと良くなるという根拠のない夢を1億人が見ることができた。
40年代になると、経済的な余裕が少しできて後ろを振り返ることもできた。すると、置き忘れてきたものに気づいたりするわけ。
そういう意味では、日本人にとって30年代がいちばんいい時代だったのかもしれんなぁ。
1日1章という殺人的な執筆量。というか、スピード。
できない? いや、いつもこのくらいなの。
データとか資料、関連文献、関係書籍(50冊くらい)はもうチェック済み。付箋やメモとかいろいろ挟んであるわけ。
でも、いざ、スタートするともう1度、頭からチェックしたくなるの。
で、今度の作業ですることは付箋をどんどん捨てていくこと。
理由? いったんすべて呑み込んで咀嚼し消化しとかないと、自分のものにならないの、借り物では仕事にならんのよ。
だって、いざ、書き始めると数字(統計、日付)や引用箇所のほかはすべて頭に叩き込んでおかないと、流れるような文章にはならんのよ。
流れるような文章じゃないと、「神かがり=自動書記状態」にはけっしてなりません。こうならないと、実は執筆中、閃きに助けられることもないんですね。
まっ、なんとか終えました。で、自分へのご褒美に映画をプレゼント。「続・三丁目」。
「オリヲン座」? 我慢できなくてチラッと観ちゃいました。
こんだけ詰まってると2本はいけないよね。そんな暇あったら仕事しなくちゃいかんもんなぁ・・・。
結論。「三丁目」は続編もよかった。デキとしては続編のほうがベターだと思う。でも初回作品を観といたほうがもっと愉しめる。
堀北真希は平成の吉永小百合だな。
こういう映画を観るたびに、日本映画の良さを再確認します。
そりゃ、「エディット・ピアフ 愛の讃歌」は良かったよ。けど、これも良かった。比較できないんだよね。
「三丁目」は戦後の復興史を共有する日本人には、感動というより共感を覚える映画だもん。昭和33〜34年をリアルタイムで知ってる人には、ああ、あったあった、知ってる知ってる。懐かしいなあ。一瞬であの時代に戻れるんだよ。
たとえリアルタイムで知らなくたって、人の心なんてそうそう変わるもんじゃない。
日本映画はハリウッドや世界と互角に戦うなんてことは考えないで、ひたすらこういうドメスティックな作品を追求したほうがいいね。
ヒットするし、結果、勝てる作品も出てくると思う。
かといって、戦争映画は食傷気味。もしやるなら、めちゃくちゃ明るい戦争映画だよ。あの「兵隊やくざ」がなぜ流行ったのか? もっと研究する必要があるよ。
戦時中だって、楽しいことがたっぷりあったはずなんだ。
刑務所だって辛いことばかりじゃない。ワクワクすることだってあんだよ。「塀の中のプレイボール」ってのは、結局、ここがヒットの勘所だったんだよね。
戦争、戦時中だって同じこと。いっつもステレオタイプなシナリオじゃ欠伸が出ちゃうわけ。
世界を意識したとたん、ダサくて芋っぽい映画になっちゃう。テーマが仰々しくてさ。
日本日本した小津安二郎の世界なんか、いまだにとっても魅力的じゃん。
前作を紹介したときに書いたけど、昭和30年代というのは1億人が前しか見ずに懸命に生きてた時代なんだ。夕日よりも朝日を懸命に見てた。自分のことだけで精一杯。けど、明日はきっと良くなるという根拠のない夢を1億人が見ることができた。
40年代になると、経済的な余裕が少しできて後ろを振り返ることもできた。すると、置き忘れてきたものに気づいたりするわけ。
そういう意味では、日本人にとって30年代がいちばんいい時代だったのかもしれんなぁ。