2007年12月20日「松本清張 映像の世界」 林悦子著 ワイズ出版 2310円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 さて、ここしばらく、松本清張作品ばかり紹介してますね。映画もテレビもあちこちで引っ張りだこだもんねぇ。
 中居くんの「砂の器」にしても、北野武さんの「点と線」にしたって、やっぱ、当たるもんねぇ。テレビ局にとっちゃ、松本清張様々ですよね。

 けど、実はこれ、いまに始まったことじゃないの。ずっと前からそうなのよ。

 というわけで、今回は松本清張さんの映像関係の歴史をまとめた本についてご紹介しましょう。といっても、これ、古本屋さんでみっけたんだけど。

 松本清張さん自身にとって、自分の作品が映像分野で引っ張りだこになったらどう考えるかな?
 これは製作会社を経営したら儲かるとちゃうか・・・と考えるかな。

 実はそうじゃないのね。どこも映像化してくれない佳品を埋もれさせたくない。ぜひ、世の中に映画、テレビの形で届けたいと考えるわけ。
 で、設立したのが「霧プロダクション」。この会社は昭和53年12月にスタートし、59年8月に解散します。

 では、いったいどんな作品を映画化したかったのか?

 それはね、「黒地の絵」という作品なのよ。これ、見たいなぁ。原作、いいもの。
 けどねぇ・・・。

 時代は朝鮮戦争が始まった頃。米兵が福岡小倉に駐留してます。
 明日をも知れぬ運命。その中で250人の黒人兵が小倉の城野キャンプから抜け出しちゃう。昭和25年7月4日のことよ。で、町で金品を強奪し、婦女暴行を働く。脱走兵士たちは翌日、キャンプに収監され、直ちに朝鮮に送られるわけ。
 なすすべもなく目前で妻を強姦された夫がいる。この男は妻と別れ、肢体収容所で働くわけ。で、妻を犯した黒人兵が死体となって戻ってくるや、ナイフで斬りつけて復讐を果たすという暗い暗い小説なのね。

 こりゃ、映像化は無理だわな。いまもむずかしいと思うけど、当時はもっとむずかしい。たとえ事実でも、日米問題、人種差別問題、いろいろありますよ。250人もの黒人が自分たちの罪を喧伝するような映画に出演するかどうか。
 だからこそ、自分の手で作るしかないと松本清張は考えたわけでしょう。

 霧プロは「張込み」「砂の器」の監督、野村芳太郎さんなどを役員にしてスタートするわけ。
 著者はその時の社員第1号。脚本家、プロデューサー、プロンブターなどなど、さらには解散後も著作権等を管理していた人なのね。

 ところで、小説(原作)はあらかじめ映像化されるシーンを想定して書かれるものではないし、脚本は完成している原作をいったん解体して、もう1度、再構築する作業ですよね。
 原作と脚本は似て非なるものなんです。

 さて、結局、この「黒地の絵」はなかなか製作できず、かといって、会社だもの、製作資金を稼がなくちゃいけない。で、第1回映画作品を製作します。
 あの「わるいやつら(松竹)」ですね。去年だか一昨年だか、テレビ朝日で米倉涼子さん主演でドラマ化したよね。映画のほうは片岡孝夫さん、松坂慶子さん、藤真利子さんが出演してましたね。

 2作目は「疑惑」。岩下志麻さん、桃井かおりさんね。
 福岡で起きた3億円生命保険殺人事件にヒントを得た作品の映画化。再婚したばかりの妻と連れ子2人を車に乗せて海中にダイビングして殺したヤツね。
原作では、岩下志麻演じる弁護士は女じゃなくて男なんだよ。ラストにしても、監督の野村芳太郎さんは、「交通事故は男が仕掛けた無理心中だった」と弁護士が見破って女が救われる、という結末を主張したんだけど、松本清張はちがうの。あくまでも辛口も終末にこだわるわけ。つまり、どんでん返し。

 さて、いったいどっちのラストシーンが採用されたのか? まっ、観てください。ぜ〜んぶ話しちゃ野暮だわな。

 映画だけじゃなくて、テレビドラマにも引っ張りだこ。
 たとえば、昭和57年には16本、58年には18本もテレビ化されてるわけ。
 で、タイトルに「松本清張の」とつけるだけで、視聴率が5%は上乗せされちゃう。つまり、ヒットメーカーなのよ。とくに番組改編期の4月・10月、それから正月は2時間ドラマどころじゃなくて、3時間ドラマなんてのもあったわけ。

 この長時間枠のドラマは、松本清張作品が最初ですよ。

 ただし、一口に「2時間ドラマ」といっても局ごとにカラーがあるわけ。
 日テレの火曜サスペンスは心理サスペンス、人間ドラマ。昭和56年9月29日にスタートしたんだど、記念すべき第1回作品は「球形の荒野」。主演はなんと三船敏郎さんと島田陽子さん。
 TBSの月曜ドラマスペシャルは30代の視聴者がターゲットでサスペンス物に限定しない。フジテレビの金曜エンタテイメントは軽いタッチからハードな物まで名作から実録までを幅広くカバー。当時、三冠王に輝いていたからか、製作予算も潤沢。
 テレ朝の土曜ワイド劇場は10分に1回はヤマ場をつくる場面展開。温泉物、グルメ物、旅行物など、見て愉しむドラマづくり。

松本清張さんがほかの推理小説作家と大きくちがう点は、シリーズ物を書かなかったこと。設定をそのまま活かしてストーリーだけ変えて小説を書くという姿勢が松本清張にはなかった。

 テレビや映画でもこの点は徹底していて、テレ朝のあの大ヒットドラマ「家政婦は見た!」にしても、元もとは松本清張さんの「熱い空気」が起源なのよ。
 家政婦河野信子が、いつの間にか石崎秋子になっちゃったんだけど、テレ朝側は監修でもいいから「松本清張の家政婦は見た!」とつけたかったわけ。でも、拒絶されちゃった。で、しょうがなく別名でシリーズ展開するわけ。これについては、松本清張さんは黙認するわけね。大人の判断ですな。

 ところで、原作は原作、脚本は脚本で別物だけど、原作者のスタンスを変えることは掟破りかもしれませんな。

 というのも、「霧の旗」という映画はいままで倍賞千恵子さん、栗原小巻さん、山口百恵ちゃん、大竹しのぶさんなどが演じてきた人気作品なのね。
 内容は省略するけど、大竹さん出演作品の脚本は市川森一さんが担当したの。これ、局側の意向でラストシーンがガラリと変わっちゃった。
 「ラストがあまりにも非情なんで視聴者は暗澹たる思いになる。そこで救いの気持ちをもたせたい」つう判断ね。
 これ、お節介もいいとこ。松本清張作品の持ち味が消えちゃった。

 「先生がいちばん避けたかったことを霧プロ自身が手を貸してしまった」と著者は時事足る思いを吐露してますよ。
 たしかにその通り。私は倍賞千恵子さんのでDVD持ってるけど、これがいちばんいいと思うな。

 ところで、あらゆる松本清張作品の中で、唯一、ビデオ化もDVD化も拒否した作品が1つあります。
 なんでしょうか? 今度会ったら、教えてあげる。280円高。



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