2009年12月09日「地上5センチの恋心」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 私、この女優、大好きなのよね。カトリーヌ・フロのことなんですけどね。「譜めくりの女」とか「女はみんな生きている」とか名作が多いですな。
 フランスを代表する女優ですよ。もう1人のカトリーヌとともにね。

 私と同い年なんだけど、若い頃よりいまのほうがずっといい。「いい女」というのはこんな感じなんかなあ・・・。



 さて、主人公オデットはデパートの化粧品売場で働く中年女性なんですよ。
 10年前に愛する夫と死に別れたって、職場で居たたまれなるようなことがあったって、息子がゲイの恋人をとっかえひっかえしていたって、娘が反抗の絶頂にあったって、ヘイチャラ。微笑んで毎日を前向きに愉しく生きてます。

 なんでか? なんでかフラメンコ。

 「心の支え」があるからなんですね。それは人気作家バルタザール(『モンテーニュ通りのカフェ』のアルベール・デュポンテル)の小説を読むことなのよ。

 読んでるうちに、身体が宙に浮いてしまうほど幸福感に満たされてしまうのよ。実際、浮いちゃうんだけど。それほどのファンなのに(だからこそ?)、サイン会では舞い上がって名前すら名乗れない。
 で、自己嫌悪。こうなりゃ、ファンレターで感謝を告げちゃおう。オー、前向き!

 一方、バルタザールにしたって、実は他人に言えない悩みを抱えてるわけ。
 「ヤツの小説はレベルが低くて、とてもアカデミックな文化人やインテリに読まれる代物じゃないね」
 こき下ろした評論家と妻が不倫関係にあんだからさ。

 妻からは愛想を尽かされ、息子からも恥ずかしく思われ、父の威厳なんてゼロ。
 それに・・・表向きはセレブに生まれたことになってるけど、ホントは貧しい孤児。ばれたらイメージは総崩れ。で、自信喪失から自殺を図るんだけど失敗。
 そんなときに思い出したことがあります。

 「こんな自分に救われた!、というファンがいたっけ」

 手紙を頼りに訪れると、オデットはもちろんウェルカムですよ。こうして、売れっ子作家と奇妙な3人家族の生活が始まります。もちろんピュアなまま。オデットはいまでも前夫を心の底から愛し続けてますからね。

 人はどうして生きられるのか? それは人からエネルギーを得ているからかもしれないですね。
 「あなたがいるから」
 「あなたのおかげで」
 「あなたのために」
 「あなたが好きだから」
 「あなたの喜ぶ顔が見たくて」
 こんな思いがエネルギーになって心のエンジンを回しているのかもしれません。

 いったいオデットが出したレターにはどんなことが書かれていたんでしょうか?
 「あなたを知る前は最悪の人生でした。でも、ある日、あなたの本は教えてくれた。みじめな人生にも喜びや笑い、愛があるということを。平凡な人間にも取り柄があると気づき、自分を愛せるようになりました」
 インテリや文化人に読まれなくたっていいじゃない。こんなに感動を与えてるじゃないですか。なにをこれ以上求めようとするのよ? この欲張りめが。
 バルタザールは猛烈に内省を始めます。

 「夢はなんだい?」
 「海に行きたいわ」
 「地中海?」
 「ベルギーにも海はあるわ。控えめな北海が」

 いいですねえ。控えめな北海が・・・。セレブでなくたって、ゴージャスでなくたって、家族仲良く楽しめればそこは天国。満たされない人生とは「もっともっと」と満腹以上のものをどん欲に求めてしまうから。
 もうこれでいい、十分楽しんだと「ほどほど」を知れば、ほんの少しでも至福感を得られるものなのかもしれません。

 バルタザールはオデットのそばにいるだけで心が癒され、満たされていきます。そして愛を告白するんだけど・・・どうなることやら?

 みな間違った場所で探そうとしてるのね。ありのままの自分をそのまま受け容れる。手を伸ばせば届く「地上5センチ」くらいの幸福でいい。
 これが幸福になるルール。そんなメッセージが伝わってきましたけど・・・。

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