2010年12月02日「瞳の奥の秘密」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 若くても、年寄りでも、人が「晩年」というものを迎えたとき、やり残したこと、やりきったこと。いったいどちらを思うんでしょう。
 これだけやったんだもの悔いないさ、と思うのか。それとも、あれもやり残した、これもやり残した、あれもこれもそれもどれもなにもかもすべてし残したまま、と後悔の念でいっぱいになるのか・・・いったいどちらなんでしょう。

 そして、いまなら間に合うかもしれないというとき、どうするんでしょうね。よしもう1回やろう、とするのか、いまさらどうしようもないさ、となるのか。

 さて、どうなんでしょう?

 ベンハミンは、ブエノスアイレスの刑事裁判所を定年退職。家族も仕事もなんにもなくて、暇をもてあます日々。で、小説を書こうと決めます。
 創作なんていらないんです。ありのままをレポートすればいい。だって、それだけの事件だったんだから。

 1974年。アルゼンチンが軍事独裁政権になる直前。結婚間もない女性が暴行の挙げ句に惨殺された事件がそれ。
 銀行に勤務する夫は、仕事が終わると犯人捜しのために駅を張る毎日。その深い愛情に突き動かされ、やる気のない判事の制止を振り切り、ベンハミンは犯人捜しを始めます。


「瞳の奥を見ろ。瞳はすべてを物語る」
 
 そして、ある日、自分が愛するイレーヌを見るときと同じ瞳をしている男を写真の中に発見します。だれもが見ていたにもかかわらず、だれもが気づかなかった。思いを打ち明けられない気弱な男の、であるがゆえに、瞳に激情を迸らせていることに彼だけが気づいたんですね。
 しかし、その男は気配を察して消えてしまう。いったいどこに?
 アル中でどうしようもない部下からヒントをもらい、ベンハミンは容疑者にたどり着く。そして逮捕。
 けど、あっさり釈放。政権末期で正義もなにもない国家で、男は仲間を売って出世。大統領のSPにまでなっていたというわけ。
 
 イレーヌとベンハミンはその男とエレベーターで一緒になり、敗北感を味わう・・・逆に自分の命が狙われる始末。イレーヌの配慮でベンハミンは片田舎に赴任することに・・・。

 あれから25年。博士号をもって上司に着任したイレーネもいまや検事。エンジニアの夫に2人の子ども。

「小説を書いてるんだ」
「あの事件のことなら読みたくないわ」

 時が停止していたのはベンハミンだけではなかったんですね。

「彼は愛する人の死をどうやって乗り越えたんだろう?」
 勇気を奮って会いに出かけます。すると・・・。

 この映画。重たいですよ。めちゃ重たい。129分間、息もつかせぬ緊張感でいっぱい。終わったらクビがカチカチ。アクションがあるわけじゃなし、絵画を見てるような錯覚に陥るのは、全編を流れるピアノのせいなのか。それともピュアな純愛のためなのか。

 大人のためのラブストーリー。人生を取り戻せ、時間を取り戻せ。さあ勇気を出して! そんな気持ちになっちゃうかも。間に合ううちに観てほしいな。

 観終わったとたん、もう1度観ようと思いました。でもね、今日は2本立てなんよ。もう1本あるわけ(映画「オーケストラ!」)。久しぶりですな、2本立てなんて。いまどきないっしょ。
 ジャック・アンド・ベティちゅう映画館でね。やっぱ、いい映画ですな。50年前の映画青年たちがずらり。混んでるわなあ。やっぱ目利きでんな。

 2010年、アカデミー賞外国語映画部門受賞(監督フアン・ホセ・カンパネラ、主演リカルド・ダリン、ソレダー・ビヤミル)。ま、当然でしょうな。


 さて今回、「中島孝志の 聴く!通勤快読」でご紹介する本は、『だれかを犠牲にする経済は、もういらない』(原丈人・金児昭著・ウェッジ)です。詳細はこちらからどうぞ。