2011年09月12日「砂の器」
カテゴリー中島孝志の不良映画日記」
土日2日間にわたるテレ朝の「砂の器」。なかなかの力作で感動しました。
映画とは微妙にちがう。つまり、脚本がぜんぜんちがう。でもさ、ここを変えたらあかんでしょ。
どうして父子がお遍路までしなければならなかったのか。。。その理由が殺人犯という汚名を着せられたから、というのでは納得いかんでしょうが。
ま、映画と同じハンセン氏病が原因で村を追われ、快癒祈願のために遍路として旅に出た、といったら、いまの時代、差別だ、偏見だとクレームがつけられ、テレビにはとてもできまへんわな。
スポンサー命のテレビ局としてはそんなリスクはおかせません。映画でも最後に「ハンセン氏病は治らない病気ではありません。偏見と差別で・・・」というメッセージが流れたほどです。
テレビはどんなバカが見てるかわからない。イチャモンをつけて金をふんだくろうとする連中もいるかもしれません。そんな隙を見せたらあかん、という気持ちはわかります。
テレビの限界の中で、脚本家含めて制作スタッフはよくここまでつくったと思います。
ま、私は口直しにDVDをこれから観ようと思います。学生時代、映画館で20回以上観ましたからね、この映画は。
さて、7年前のホームページ時代に「砂の器」についてちょいと語ってますのでご紹介しておきましょう。
・・・「砂の器」は松本清張さんの原作ですが、正直、映画のほうがはるかに出来がいいです。
というのも、原作は後半から謎解きの科学小説で「人間」が語られてないからです。もちろん、原作がなければ映画のホン(脚本)もできなかったわけですけどね。
橋本忍さん、そして山田洋次さん(寅さん映画の監督)がホンを書きました。旅館に2人こもって書き上げました。
かつて山田さんの本の中にこんなくだりがありました。
「山田くん、この小説を映画にした時、クライマックスはどこだと思う?」
「・・・」
「ここだよ、ここ。・・・わずかばかりの餞別をもらって村を追い出された父子が、雨や雪、いじめ、偏見といった迫害の中で、2人にしかわからない旅をしてきた。このシーンを日本の美しい四季を通じて描けないだろうか・・・」
ハンセン氏病を癒やすために巡礼の旅に出た。それは地獄の日々でした。少年を人間不信にする出来事ばかりが襲います。しかし、この苦難によってかえって父子の絆は強く育まれていくわけです。
この映画のテーマは「父と子の絆」なんですね。
映画はそれはそれは美しい映像でした。それだけに父が抱く子への愛、子が抱く父への愛の深さが輝いていました。
「あげな思いをしてきた親と子だよ。オレはおまえのクビに縄をかけてでも引っ張ってくからな」(余命少ない父親の入院先に連れて行こうとした三木元巡査)
「和賀は父親と会いたかったでしょうね」(吉村刑事)
「そんなこと決まっとる! いま、彼は父親と合ってる。もう彼には音楽の中でしか父親に会えないんだ」(今西刑事)
愛は時間と空間を超越します。だから命を賭ける価値があるんでしょう。自分の命を投げ出しても救いたい命がありますよ。そんな命のやりとりをすることが愛の証明なんでしょうな。
さて「中島孝志の 聴く!通勤快読」でご紹介する本は『誰も書かなかった「反日」地方紙の正体』(日下公人・渡部昇一ほか著・産経新聞出版)です。詳細はこちらからどうぞ。
映画とは微妙にちがう。つまり、脚本がぜんぜんちがう。でもさ、ここを変えたらあかんでしょ。
どうして父子がお遍路までしなければならなかったのか。。。その理由が殺人犯という汚名を着せられたから、というのでは納得いかんでしょうが。
ま、映画と同じハンセン氏病が原因で村を追われ、快癒祈願のために遍路として旅に出た、といったら、いまの時代、差別だ、偏見だとクレームがつけられ、テレビにはとてもできまへんわな。
スポンサー命のテレビ局としてはそんなリスクはおかせません。映画でも最後に「ハンセン氏病は治らない病気ではありません。偏見と差別で・・・」というメッセージが流れたほどです。
テレビはどんなバカが見てるかわからない。イチャモンをつけて金をふんだくろうとする連中もいるかもしれません。そんな隙を見せたらあかん、という気持ちはわかります。
テレビの限界の中で、脚本家含めて制作スタッフはよくここまでつくったと思います。
ま、私は口直しにDVDをこれから観ようと思います。学生時代、映画館で20回以上観ましたからね、この映画は。
さて、7年前のホームページ時代に「砂の器」についてちょいと語ってますのでご紹介しておきましょう。
・・・「砂の器」は松本清張さんの原作ですが、正直、映画のほうがはるかに出来がいいです。
というのも、原作は後半から謎解きの科学小説で「人間」が語られてないからです。もちろん、原作がなければ映画のホン(脚本)もできなかったわけですけどね。
橋本忍さん、そして山田洋次さん(寅さん映画の監督)がホンを書きました。旅館に2人こもって書き上げました。
かつて山田さんの本の中にこんなくだりがありました。
「山田くん、この小説を映画にした時、クライマックスはどこだと思う?」
「・・・」
「ここだよ、ここ。・・・わずかばかりの餞別をもらって村を追い出された父子が、雨や雪、いじめ、偏見といった迫害の中で、2人にしかわからない旅をしてきた。このシーンを日本の美しい四季を通じて描けないだろうか・・・」
ハンセン氏病を癒やすために巡礼の旅に出た。それは地獄の日々でした。少年を人間不信にする出来事ばかりが襲います。しかし、この苦難によってかえって父子の絆は強く育まれていくわけです。
この映画のテーマは「父と子の絆」なんですね。
映画はそれはそれは美しい映像でした。それだけに父が抱く子への愛、子が抱く父への愛の深さが輝いていました。
「あげな思いをしてきた親と子だよ。オレはおまえのクビに縄をかけてでも引っ張ってくからな」(余命少ない父親の入院先に連れて行こうとした三木元巡査)
「和賀は父親と会いたかったでしょうね」(吉村刑事)
「そんなこと決まっとる! いま、彼は父親と合ってる。もう彼には音楽の中でしか父親に会えないんだ」(今西刑事)
愛は時間と空間を超越します。だから命を賭ける価値があるんでしょう。自分の命を投げ出しても救いたい命がありますよ。そんな命のやりとりをすることが愛の証明なんでしょうな。
さて「中島孝志の 聴く!通勤快読」でご紹介する本は『誰も書かなかった「反日」地方紙の正体』(日下公人・渡部昇一ほか著・産経新聞出版)です。詳細はこちらからどうぞ。