2013年03月01日弥生3月 櫻の季節。。。
カテゴリー中島孝志の不良オヤジ日記」
早いですな。櫻の季節ですね。4月になると例年の花見です。櫻はいいですね。
万葉集の時代は萩がよく謳われてたそうですが、いまや、櫻。散るからでしょうな。
裏を見せ 表を見せて 散る紅葉
散る櫻 残る櫻も 散る櫻
どちらも良寛さんの句ですね。「散る」か。辞世にはぴったりですな。
そういえば、名古屋原理原則研究会にはお坊さんが参加されます。楽しみですね。神父や牧師さんの参加も期待しています。
空海さん、法然さん、親鸞さん、道元さん、日蓮さん、蓮如さん。。。魅力的ですなあ。もち仏陀は別格ですわな。
法然さんに関する大好きな逸話がありましてね。『徒然草』に兼好さんが書いてるんですよ。
「ある人が法然上人にこんなことを聞いたとさ。念仏の時、眠りに襲われて勤行を怠ってしまう。どうすれば集中できますか?」
「目が覚めている時に念仏をされたらいかが」
これはとっても尊いアドバイスですね。大好きな段です。
(或人、法然上人に、「念仏の時、睡にをかされて、行を怠り侍る事、いかがして、この障りを止め侍らん」と申しければ、「目の醒めたらんほど、念仏し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。また、「往生は一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」と言はれけり。これも尊し。また、「疑ひながらも、念仏すれば、往生す」とも言はれけり。これもまた尊し)−−第39段
「往生は一定と思えば一定。不定かと思えば不定。これもものすごく尊い。疑いながらでも念仏すれば往生できる。これもまた尊い」
『徒然草』は面白いですな。とくにこの段に惹かれる理由は、この法然上人のスタンスです。
無理がありません。無為自然。天真自然。「天然」というヤツですな。使命感とか大義とか義務とか大仰なものがありません。こんなものはね、邪魔なんすよ。一見、強い。でもホントは目を曇らせますな。
「眠たくて勤行できないんです」「じゃたっぷり寝てからすればぁ」
いいですなあ。肩の力がすっかり抜けたとこ。。。相手は真剣に聞いたのかもしれません。けど、この肩すかしはええ。兼好法師の性格なら「そや、そや、その通りやで」とニタリとしたのでは。
なにも法然さんは「寝てからすればぁ」と軽く答えたのではおまへんで。「往生するとたしかに思っとるなら往生できまっせ。ほんまかいなと疑ってかかれば、その程度の往生しかできんわな」つうことでしょ。
どんなに疑ったとこで、念仏すれば、こちらが望むと望まざるとにかかわらず、どんなことをしたって往生できる。。。この絶体境地があるからこそ、大安心の上で遊べるんですな。
ごちゃごちゃ考えたらあかん。とにかくやってみよか。やってから考えよか。信仰ちゅうのんは相対的なもんとちゃうねん。絶体やねん。
すべてをお任せすれば阿弥陀さんが運んでくれるとゆうてるんやから、それにのったらええねん。でも、それで地獄に連れてかれたらどないしまんねん?
「佳き人の仰せのままに」
親鸞さんはそう答えてますな。もち、佳き人つうのは法然さんのことですな。
信仰に理屈はいりまへん。そんなもん邪魔なだけです。でも、それでは失敗するのでは? だから、成功とか失敗とかとちがう世界のことなんや。そもそも次元がちがうもんを同じにとらえるから間違えるでしょうな。
迷ったら失敗しまっせ。迷わなければ、失敗は成功への確信に変わりますな。
さて、弥生3月、桜の季節。寒くなったり温かくなったり。その前に、久しぶりに花粉症になっちゃいましてね。その上に黄砂とPM2.5なんて目も当てられません。いまや、関東の上空には放射性物質だけでなく、大陸から「奇妙な物質」がどんどん届いてます。そのうちスポーツは屋内のみ、なんてことになるかも。
マスメディアはインドにしても中国にしても、バンコクの公害と同じようにとっくの昔から知ってたはずです。知人の中国人など、北京では奇妙な病気が流行ってる、奇妙な子供たちが生まれている、と10年前から言ってましたからね。おお、やば。
昨今の中国包囲網なんぞのせいで、一斉に中国のネガティブキャンペーンを展開しているわけでね。いまごろ書くなよ、ということです。
放射性物質は相変わらず。生態濃縮で食物にも入ってるでしょうね。さらに空気は細菌テロより先に「ミクロのテロ」がそっと忍び寄ってるわけですね。
中国とインド2つで世界人口の3分の1。「減らせ、減らせ」というお告げか。たぶん、この春。台風が来ます。大陸からの「ミクロのテロ」を神風が押し戻してくれるかもしれません。不況は中国にとって人民の健康を取り戻すには貢献するかもしれませんな。
地球は1つですからね。日本の技術で中国を救ってやらんと。
さて「中島孝志の 聴く!通勤快読」でご紹介する本は『経済危機のルーツ モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』(野口悠紀雄著・東洋経済新報社)です。詳細はこちらからどうぞ。
万葉集の時代は萩がよく謳われてたそうですが、いまや、櫻。散るからでしょうな。
裏を見せ 表を見せて 散る紅葉
散る櫻 残る櫻も 散る櫻
どちらも良寛さんの句ですね。「散る」か。辞世にはぴったりですな。
そういえば、名古屋原理原則研究会にはお坊さんが参加されます。楽しみですね。神父や牧師さんの参加も期待しています。
空海さん、法然さん、親鸞さん、道元さん、日蓮さん、蓮如さん。。。魅力的ですなあ。もち仏陀は別格ですわな。
法然さんに関する大好きな逸話がありましてね。『徒然草』に兼好さんが書いてるんですよ。
「ある人が法然上人にこんなことを聞いたとさ。念仏の時、眠りに襲われて勤行を怠ってしまう。どうすれば集中できますか?」
「目が覚めている時に念仏をされたらいかが」
これはとっても尊いアドバイスですね。大好きな段です。
(或人、法然上人に、「念仏の時、睡にをかされて、行を怠り侍る事、いかがして、この障りを止め侍らん」と申しければ、「目の醒めたらんほど、念仏し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。また、「往生は一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」と言はれけり。これも尊し。また、「疑ひながらも、念仏すれば、往生す」とも言はれけり。これもまた尊し)−−第39段
「往生は一定と思えば一定。不定かと思えば不定。これもものすごく尊い。疑いながらでも念仏すれば往生できる。これもまた尊い」
『徒然草』は面白いですな。とくにこの段に惹かれる理由は、この法然上人のスタンスです。
無理がありません。無為自然。天真自然。「天然」というヤツですな。使命感とか大義とか義務とか大仰なものがありません。こんなものはね、邪魔なんすよ。一見、強い。でもホントは目を曇らせますな。
「眠たくて勤行できないんです」「じゃたっぷり寝てからすればぁ」
いいですなあ。肩の力がすっかり抜けたとこ。。。相手は真剣に聞いたのかもしれません。けど、この肩すかしはええ。兼好法師の性格なら「そや、そや、その通りやで」とニタリとしたのでは。
なにも法然さんは「寝てからすればぁ」と軽く答えたのではおまへんで。「往生するとたしかに思っとるなら往生できまっせ。ほんまかいなと疑ってかかれば、その程度の往生しかできんわな」つうことでしょ。
どんなに疑ったとこで、念仏すれば、こちらが望むと望まざるとにかかわらず、どんなことをしたって往生できる。。。この絶体境地があるからこそ、大安心の上で遊べるんですな。
ごちゃごちゃ考えたらあかん。とにかくやってみよか。やってから考えよか。信仰ちゅうのんは相対的なもんとちゃうねん。絶体やねん。
すべてをお任せすれば阿弥陀さんが運んでくれるとゆうてるんやから、それにのったらええねん。でも、それで地獄に連れてかれたらどないしまんねん?
「佳き人の仰せのままに」
親鸞さんはそう答えてますな。もち、佳き人つうのは法然さんのことですな。
信仰に理屈はいりまへん。そんなもん邪魔なだけです。でも、それでは失敗するのでは? だから、成功とか失敗とかとちがう世界のことなんや。そもそも次元がちがうもんを同じにとらえるから間違えるでしょうな。
迷ったら失敗しまっせ。迷わなければ、失敗は成功への確信に変わりますな。
さて、弥生3月、桜の季節。寒くなったり温かくなったり。その前に、久しぶりに花粉症になっちゃいましてね。その上に黄砂とPM2.5なんて目も当てられません。いまや、関東の上空には放射性物質だけでなく、大陸から「奇妙な物質」がどんどん届いてます。そのうちスポーツは屋内のみ、なんてことになるかも。
マスメディアはインドにしても中国にしても、バンコクの公害と同じようにとっくの昔から知ってたはずです。知人の中国人など、北京では奇妙な病気が流行ってる、奇妙な子供たちが生まれている、と10年前から言ってましたからね。おお、やば。
昨今の中国包囲網なんぞのせいで、一斉に中国のネガティブキャンペーンを展開しているわけでね。いまごろ書くなよ、ということです。
放射性物質は相変わらず。生態濃縮で食物にも入ってるでしょうね。さらに空気は細菌テロより先に「ミクロのテロ」がそっと忍び寄ってるわけですね。
中国とインド2つで世界人口の3分の1。「減らせ、減らせ」というお告げか。たぶん、この春。台風が来ます。大陸からの「ミクロのテロ」を神風が押し戻してくれるかもしれません。不況は中国にとって人民の健康を取り戻すには貢献するかもしれませんな。
地球は1つですからね。日本の技術で中国を救ってやらんと。
さて「中島孝志の 聴く!通勤快読」でご紹介する本は『経済危機のルーツ モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』(野口悠紀雄著・東洋経済新報社)です。詳細はこちらからどうぞ。