2021年03月03日「ファーストラヴ」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生環菜(かんな)が逮捕された。彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺した。
 キー局のアナウンサーになるべく就活中。その面接の帰りに凶行に及んだ。

 その美貌も相まって事件はマスコミで大きく取り上げた。

 なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか? 臨床心理士の真壁由紀は事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねます。そこから浮かび上がってくる環菜の過去? 「家族」という名の迷宮を描く傑作長篇・・・というのが版元の宣伝文句。

 映画はまた別。傑作です。とても深い内容です。しかし、哀しいかな、いまやどこにでもある「悲劇」ではないでしょうか。「大人」が知らず知らずのうちにわが子に冒しているDV。



「動機はそちらで見つけてください、という言葉はホント?」
「動機は何だって聞かれたとき、自分でもわからないから見つけてほしいくらいです。そういうふうに言いました」

 下世話なワイドショーは視聴率のため面白おかしく作りたがります。DVを無意識のうちにやってるのがメディア。

 ショートにした北川景子さん。ドンピシャの役でしたね。というか、モノにした感じ。
 環菜役の芳根京子さんが主役でしょうな。助演女優賞取りますよ。

 小説に忠実に作られたいい映画です。5か所、違う描き方でした
が、「流れ」に違和感はなし。というか、シナリオにするならこうでしょうね。

 小説を読んでから映画を見ましたけど、小説でチェックした部分がすべてシナリオに採用されてました。ない部分もありましたけど、あえてセリフにしなかったのかも。

 たとえば・・・。

「どうして私は拘置所にいるんだろう? どうして私は親を殺す人間に育ってしまったんだろう? ついこの間までふつうに生活してたのに、友達だって彼氏だっていたのに。未来が夢にあったのに」

 子供のころからの友達。「香子」も映画には登場せず。彼女に預けた日記が重要なのに。そんな香子に対する認識が・・・。

「香子ちゃんってさ、宝塚とか好きそうだよね」

 うーん。どういう意味? 正義の味方、男以上に理想の男の登場、美しい世界・・・著者が大好きなんでしようね。女が演じる女の世界は男が描く世界では描き忘れてられている「なにか」がある。

 映画は、少なくとも小説ではこれが突きつけられている「もう1つのテーマ」だったと思います。
 
 さて、どうして『ファーストラヴ』なんでしょう、どこが「初恋」なのか? 直木賞受賞後のインタビューで著者はこんなことを語っています。



「家庭内暴力や性の虐待などがある家庭では、母親が見て見ぬふりをしているケースが意外と多いらしいんです。その結果、子どもが精神を病んでしまう。一見、父親との間に問題があるように思えても、その背景には母親との問題が潜んでいる」

 人はシナリオで生きてます。弁護士と検察官、裁判官たちも自分たちの「シナリオ」を作り上げて納得しようとします。しかし感情は理屈を超えてしまいます。ロジックをジャンプしてしまうのです。 
 自分ですら気づかない、気づこうとしない、あえて封印している「領域」があります。封印したうえで「自分が生きやすいようにもう1つのシナリオ」を書こうとする。
 しかし「矛盾」「インチキ」「ごまかし」は避けられない。ストレスの真因はここにあるのでは、と思います。

「動機はそちらでお考え下さい」という環菜のメッセージはかなり重たくて深い。

「今回、いちばん最初にあったのは、男性には理解できない女性の心理や問題を女性が救う小説を書きたいという思いでした」

「恋愛とは似て非なるものを混同している女性って、実はすごく多いんじゃないか」

「この小説に“初恋”という意味のタイトルをつけました」

 上っ面の恋をホントの恋と錯覚して生きている。だれもまだ「ホントの恋」をしていない。「ホントの恋=ファーストラヴ」に早く巡り合えますように・・・祈り?

 小説を読んだら映画も見る。ドラマを見たら必ず原作を読んでみる。描かれたもの、省いたもの。その違いが面白い。しばらく封印していた映画、演劇、小説の世界。また始まりそうです。

 さて、今回の「通勤快読」でご紹介する本は 『ファーストラヴ 前編』(島本理生著・781円・文芸春秋) です。とてもいい本です。