2006年06月30日「パッチギ!」
カテゴリー中島孝志の不良映画日記」
北朝鮮はつくづく政治的な国ですね。
まっ、いまも韓国とは休戦であって、停戦でもなければ終戦でもないわけですから。いつでも戦争する用意があるんでしょう。
それにしても、太陽政策ってのは効果があったんでしょうか?
韓国政府も「拉致だ。引き戻せ」と強く主張しないしね。拉致された本人にしても、北に戻らなければならないんですから本音で話せるはずないでしょ。
日本と日本人が嫌われる理由はいろいろあると思います。けど、好きになってもらわなくていいのよ。筋を通せばいいの。なにしろ、あちらは拉致被害者同士の国よりも、拉致した国のほうが好きなんですから。
まさに、今回、民族の壁、血の壁を日本人は目の当たりにしたと思いますね。
大昔、「戦争と人間」という映画を見た時、日本の軍部が満州の張作霖を爆殺した大事件がありました。そのニュースが飛び込んで
きた時、麻雀を囲んでいた満州人財閥と日本人医師の反応・・・。
「いくら関東軍でもそこまではしないだろう」
「どちらが得か、確率の問題です。張作霖が邪魔な関東軍。彼らと手を結ぼうとしてた蒋介石。いま、張作霖がいなくなれば得なのはだれですか?」
「日本人はそんな卑怯なことはしないよ」
「えっ?」
「やる時は正々堂々とやる」
「そうでしたね。服部先生、あなた、日本人でしたね」
血とは潜在意識のことです。どちらが正義かではありません。どちらが好きか嫌いか。大衆の選択基準はいつもそんなものです。だからこそ、大衆を巻き込んでいくムーブメントが必要なんです。
日本政府、外務省にはそんな戦略がありません。
日本人は水に流す民族であると同時に飽きっぽい民族です。それゆえ、たぶん、この一件で韓流ブームは消えると思いますよ。あの会見やシーンを見て、悲しさより悔しさを大多数の日本国民は覚えたでしょうから。
「いざとなれば、血か」と、韓流スターに夢中のオバサンたちも気づいたのでは?
なにかをきっかけに冷めるのも早いですからね、彼女たちは。
というわけで、北朝鮮、韓国、日本の三つどもえを描いた映画をご紹介しましょう。
井筒監督、こんないい映画撮れるんですね。感動しました。というか、目から鱗です。
というのも、「ガキ帝国」「犬死にせしもの」「のど自慢!」「ゲロッパ」、どれもいま1つだったもんですから。もちろん、おもしろいですよ。飽きませんよ、見てて。でも、それだけでした。
いままでの作品はこの映画を撮るための準備作だっのたかな、と思わせるほど、井筒監督は力入れてたね。
喧嘩、差別、恋愛、セックス、友人の死、望郷、そして音楽。青春の要素が満タン。ガキ帝国×のど自慢×音楽×京都×差別=「パッチギ!」だったんだ。
これはヒットするわい。青春映画の最高峰じゃないか?
ザ・フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」の作詞を手がけた松山猛さんの自伝小説「少年Mのイムジン河」をモチーフにした映画です。
時代は1968年。場所は京都。といえば、グループサウンズからフォークへの転換期、しかもメッカですよ。
主人公も女の子にもてたい、やりたい一心の高校生。もうこの団塊で完璧に感情移入しちゃったもんね。あの頃は、むやみやたらに「キノコ頭」にしてたし、ギター弾けなくてもギターケースを持ち歩いてた学生が多かったの。
ギターかきならしてやることといえば、♪うちら、陽気なかしまし娘♪なんちゃってね。
歌って踊って恋をして。団塊の世代の全盛期だったもんね。
この時、わたしなんかまだ小学生ですからね。北朝鮮と韓国の違いもわかりませんでした。
どういうわけか、中学になると同じ学校に行かないヤツがいて、なんかふわっとした制服着て街を歩いてるわけ。それが朝鮮中学の制服だったんですね。
主人公松山康介は府立高校の2年生。この高校の空手部はいつも近くの朝鮮高校と喧嘩ばかり。
毛沢東にかぶれてる担任は「戦争によって戦争を止める」という毛語録そのままに、サッカーの試合を申し込ませます。
そこで出会ったのがブラスバンドでフルートを吹いてたキョンジャ。一目惚れしちゃうんだ。
「あのブラスバンドが演奏してた曲はいったいなんだろう?」
魂が揺さぶられ、ひきこまれていくメロディ。聴き惚れて、ギターで練習しちゃうのね。
ある時、キョンジャの家族、親戚の集まりで歌うわけ。それを聞いていたのが、ラジオのディレクター。ラジオの勝ち抜きフォーク大会に出演させちゃう。
もち、放送禁止曲。だけど、上司を殴ってまで唄わせちゃう。
それが「イムジン河」。
♪イムジン河 水清く とうとうと流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河 水清く とうとうと流る
北の大地から 南の空へ
飛び行く鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの
イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
河よ 想いを伝えておくれ
ふるさとを いつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く とうとうと流る♪
フォーク版「珍島物語」ね。
けど、南北が統一した先に、いったいなにが見えるんでしょうか? この国際時代、どんなに嫌いだろうと、日本という国を抜きに政治、経済を進めていけるのでしょうか?
ところで、パッチギというのは「突き破る」とか「頭突き」という意味。わたしら、「チョーパン」と言ってました。朝鮮パンチの省略形じゃないかな。ぱちぱちパンチとはちょっと違うのね。
出演は主人公に塩谷瞬、彼が恋する女子高生に沢尻エリカ、スケバンに真木よう子、ほかに楊原京子。ギターの師匠にオダギリジョー、余貴美子、大友康平、前田吟、光石研などの芸達者たち。
政治色を抜きにして、青春映画として見れば、何度見ても飽きないいい映画です。
まっ、いまも韓国とは休戦であって、停戦でもなければ終戦でもないわけですから。いつでも戦争する用意があるんでしょう。
それにしても、太陽政策ってのは効果があったんでしょうか?
韓国政府も「拉致だ。引き戻せ」と強く主張しないしね。拉致された本人にしても、北に戻らなければならないんですから本音で話せるはずないでしょ。
日本と日本人が嫌われる理由はいろいろあると思います。けど、好きになってもらわなくていいのよ。筋を通せばいいの。なにしろ、あちらは拉致被害者同士の国よりも、拉致した国のほうが好きなんですから。
まさに、今回、民族の壁、血の壁を日本人は目の当たりにしたと思いますね。
大昔、「戦争と人間」という映画を見た時、日本の軍部が満州の張作霖を爆殺した大事件がありました。そのニュースが飛び込んで
きた時、麻雀を囲んでいた満州人財閥と日本人医師の反応・・・。
「いくら関東軍でもそこまではしないだろう」
「どちらが得か、確率の問題です。張作霖が邪魔な関東軍。彼らと手を結ぼうとしてた蒋介石。いま、張作霖がいなくなれば得なのはだれですか?」
「日本人はそんな卑怯なことはしないよ」
「えっ?」
「やる時は正々堂々とやる」
「そうでしたね。服部先生、あなた、日本人でしたね」
血とは潜在意識のことです。どちらが正義かではありません。どちらが好きか嫌いか。大衆の選択基準はいつもそんなものです。だからこそ、大衆を巻き込んでいくムーブメントが必要なんです。
日本政府、外務省にはそんな戦略がありません。
日本人は水に流す民族であると同時に飽きっぽい民族です。それゆえ、たぶん、この一件で韓流ブームは消えると思いますよ。あの会見やシーンを見て、悲しさより悔しさを大多数の日本国民は覚えたでしょうから。
「いざとなれば、血か」と、韓流スターに夢中のオバサンたちも気づいたのでは?
なにかをきっかけに冷めるのも早いですからね、彼女たちは。
というわけで、北朝鮮、韓国、日本の三つどもえを描いた映画をご紹介しましょう。
井筒監督、こんないい映画撮れるんですね。感動しました。というか、目から鱗です。
というのも、「ガキ帝国」「犬死にせしもの」「のど自慢!」「ゲロッパ」、どれもいま1つだったもんですから。もちろん、おもしろいですよ。飽きませんよ、見てて。でも、それだけでした。
いままでの作品はこの映画を撮るための準備作だっのたかな、と思わせるほど、井筒監督は力入れてたね。
喧嘩、差別、恋愛、セックス、友人の死、望郷、そして音楽。青春の要素が満タン。ガキ帝国×のど自慢×音楽×京都×差別=「パッチギ!」だったんだ。
これはヒットするわい。青春映画の最高峰じゃないか?
ザ・フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」の作詞を手がけた松山猛さんの自伝小説「少年Mのイムジン河」をモチーフにした映画です。
時代は1968年。場所は京都。といえば、グループサウンズからフォークへの転換期、しかもメッカですよ。
主人公も女の子にもてたい、やりたい一心の高校生。もうこの団塊で完璧に感情移入しちゃったもんね。あの頃は、むやみやたらに「キノコ頭」にしてたし、ギター弾けなくてもギターケースを持ち歩いてた学生が多かったの。
ギターかきならしてやることといえば、♪うちら、陽気なかしまし娘♪なんちゃってね。
歌って踊って恋をして。団塊の世代の全盛期だったもんね。
この時、わたしなんかまだ小学生ですからね。北朝鮮と韓国の違いもわかりませんでした。
どういうわけか、中学になると同じ学校に行かないヤツがいて、なんかふわっとした制服着て街を歩いてるわけ。それが朝鮮中学の制服だったんですね。
主人公松山康介は府立高校の2年生。この高校の空手部はいつも近くの朝鮮高校と喧嘩ばかり。
毛沢東にかぶれてる担任は「戦争によって戦争を止める」という毛語録そのままに、サッカーの試合を申し込ませます。
そこで出会ったのがブラスバンドでフルートを吹いてたキョンジャ。一目惚れしちゃうんだ。
「あのブラスバンドが演奏してた曲はいったいなんだろう?」
魂が揺さぶられ、ひきこまれていくメロディ。聴き惚れて、ギターで練習しちゃうのね。
ある時、キョンジャの家族、親戚の集まりで歌うわけ。それを聞いていたのが、ラジオのディレクター。ラジオの勝ち抜きフォーク大会に出演させちゃう。
もち、放送禁止曲。だけど、上司を殴ってまで唄わせちゃう。
それが「イムジン河」。
♪イムジン河 水清く とうとうと流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河 水清く とうとうと流る
北の大地から 南の空へ
飛び行く鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの
イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
河よ 想いを伝えておくれ
ふるさとを いつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く とうとうと流る♪
フォーク版「珍島物語」ね。
けど、南北が統一した先に、いったいなにが見えるんでしょうか? この国際時代、どんなに嫌いだろうと、日本という国を抜きに政治、経済を進めていけるのでしょうか?
ところで、パッチギというのは「突き破る」とか「頭突き」という意味。わたしら、「チョーパン」と言ってました。朝鮮パンチの省略形じゃないかな。ぱちぱちパンチとはちょっと違うのね。
出演は主人公に塩谷瞬、彼が恋する女子高生に沢尻エリカ、スケバンに真木よう子、ほかに楊原京子。ギターの師匠にオダギリジョー、余貴美子、大友康平、前田吟、光石研などの芸達者たち。
政治色を抜きにして、青春映画として見れば、何度見ても飽きないいい映画です。