2006年09月15日「いただき人生訓」 林家彦いち著 ポプラ社 1000円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 今日は生意気、いわせてもらうぜ。

 なんでもいいけどさ、ちょっと驚き。
 なにがって、三語桜さんが「6代目柳家小さん」の名跡を継ぐんだとよ。
 こりゃ、いけねぇぜ。

 聞くところによれば、鈴々舎馬風さん(落語協会会長)が「六代目になりたいならいましかチャンスはねぇぞ」って言ったらしいね。酒の席で。
 で、よっく考えて、「なりたい!」って馬風さんのとこに頼みに行ったらしい。で、馬風さんは弟弟子の小三治さんと相談。で、今回、襲名することなったつう話じゃねぇか。

 外野がいうのもなんだけど、ちとおかしいんじゃねぇか。
 あのねぇ、小さん師匠の一周忌法要を兼ねて紀伊国屋ホールで「落語会」があったのよ。馬風、三語楼、さん喬、花緑が一席ずつ噺を披露したわけ。
 だれが見たって、みな、小さんの直系だよ。
 で、この時、幕間じゃねえけど、この馬風、三語楼、花緑、さん喬の各師匠4人が集まって、「師匠小さんを語る」っつうちょっとしたシンポジウムみたいなことをやったのさ。

 この席で、馬風さんはね、こんなことを三語楼さんに言ってんのよ。
 「小さんの後を継ぐのは、まっ、実力、人気から言って小三治だな。で、次が花緑だ。まだ時間がたっぷりあるからな。で、三語楼はもう立派な大名跡だから、これはこれでいい」
 そう聞いて、三語楼さんもニコニコしてたんだよ。

 三語楼って噺家は小さんの長男だよ。で、花緑は長女の息子。つまり、孫だ。三語楼との関係で言えば、叔父、甥だ。花緑は黙ってたって、いずれ小さんの名跡が転がり込んでくるんだよ。

 小三治さんはもう67歳だから、いまさら小さんなど継ぐ気はねぇ。
 だから、ショートリリーフかもしんないけど、いましかチャンスがねぇ? やっぱ小さんを継ぎたい!

 最近の噺家は名前の重みを軽く考えてんじゃねぇか。
 名人てのは野球で言えば、永久欠番なんだよ。たまたま惣領弟子だからって、自動的に継がせちゃいけねぇんだよ。たまたま息子だからって、簡単に継がせちゃいけねぇんだよ。

 椅子が社長を作るように、名前が芸を育てるかもしんないよ。
 けど、それは春秋に富む人間であればこそだろが。「大化け」すんのはよ、若いからじゃねぇか。新しいことにチャレンジする無茶ができるからじゃねぇか。

 いまの三語楼さん(58歳)にそれができんのか? 大名跡を継いだはいいけど、先代と比較されて潰れていった噺家がたくさんいんじゃねぇのか?

 悪いけど、桂文楽。先代の黒門町はいい男で名人の名前をほしいままにしたよね。いま聞いても、味があるよ。それがペヤングソース焼きそばが継いだけど、評判はどう?
 金原亭馬生もそうだし、三遊亭歌奴なんて、いまだに地方の落語会に行くと、「おまぇ、偽物だ。山のあなあなじゃねぇ」って言われてんだぜ。
 
 継ぎたくなくても、周囲の師匠連から大名跡を継がせられることもあんだろうけど、名前を超えるのは大変なんだよ。
 んなこたぁ、だれよりも本人がいちばんよく知ってる。だって、師匠のすげぇ芸を目の前でいちばん見てる人間なんだからさ。

 継ぐなら、絶対、師匠を超えなくちゃ。「師匠の芸を守ります」「少しでも近づけるように精進します」じゃ話にならねぇんだよ。
 噺家は一代限りなんだよ。師匠だって、しょせんはライバルなんだ。
 大名跡には「覚悟」がいんだぜ。

 で、この本だ。
 これは古典、新作やらせてもピカイチ。最近じゃ、世界のあっちこっち行った話をぶっ続けで話すという「ライブ」で人気の彦いちさんの本。
 この人、鹿児島出身、国士舘大学、極真空手の黒帯という猛者。
 で、喜久蔵師匠の弟子ときた。
 
 本の内容は、ひと言でいえば、「噺家版ちょっといい話」てな感じ? 
 人生訓みたいのを紹介してんのよ。けど、すべて彦いちという噺家のフィルターがちゃんと通ってる。

 面白かったのは次の師匠たちからの人生訓かな。

「あのね、とにかくプロは何かに特化するしかないんだ。君は君以外にはなれないんだ。君になればいいんだよ」(三遊亭円丈さん)
「♪ご祝儀は歩いちゃこない。だからもらいに行くんだよ♪」(古今亭志ん駒さん)
「俺の座右の銘は、恩を仇で返すだ」(三遊亭白鳥さん)
「今日の反省より明日の企画」(高田文夫さん)

 くっだらねぇ、けど、なかなか深いんだよ、これが。200円高。