2016年08月12日期待通りの結果を出す・・・難しさ。

カテゴリー中島孝志の不良オヤジ日記」

 オリンピックのために寝不足、という方が少なくないと思います。いつの間にか、夜中起きて昼間寝て、つうパターンが習慣化してしまった方もいるでしょうね。

 それにしても久しぶりのメダルラッシュ。お祭りですな。

 金を期待されて金をとる人、金を期待されて銀銅で悔しい思いをしてる人、金を期待されて予選敗退、捲土重来を期す人。
 もいれば、だれも期待してないのにメダルをとっちゃった人。あれれ、おまえかよ? 一躍、時の人になっちゃなったりしてね。

 いいんです、この瞬間をピークにもっていった、という調整の勝利です。ストレスに押しつぶされず、潜在能力をフルに引き出した勝利ともいえます。

 卓球の元世界チャンピオンに新井教子さんという素敵な方がいらっしゃいます。角栄時代のピンポン外交で活躍された方です。勉強会にも参加されてましてね。

 「いままでイメージ通りにできたのは2回しかありません。あのときは球の軌道がすべて予知できました。プレイしている自分を上から見ている自分がいるんです。面白いようにゲームを楽しめました」

 凄いっすね。なにが凄いって、ピンポン球の軌道まで見えたではなく、予知できたつうことではありませんよ。子どもの頃からいまのいままで数え切れないほどゲームをしてきて、「たった2回しかなかった」という凄さにです。

 「100%力を発揮できるなんてありえません。せいぜい70-80%の力で闘ってるんです。もちろん、相手も同じです」

 メディアや周囲、国民からものすごく期待され、そのプレッシャーをものともせず、すんなり金メダルをとってしまう、なんてことはとてつもなく大変なことなんすね。

 実力でとった、つうなら、とんでもなく凄い実力でしょうし、ここまで来ますと、もはや実力とか技術云々のレベルではないでしょうね。

 じゃ、なに? やっぱ精神力とか? そうなんすよ。「気持ち」です。正確には「氣持ち」っす。

 原原で以前、お話したことがあると思いますが、人を動かしているのは「魂魄」なんです。魂魄つうのは「魂」と「魄」です。魂は知ってますよね?
 「じゃ、なに?」と聞かれると答えられます? あのね、原原でお話した通り、精神を支える氣のエネルギーのことを「魂」と言うんです。
 じゃ、魄ってなに? これは肉体を支える氣のエネルギーなのよね。

 精神と肉体ですな。♪やる気はあるが身体がついてこん、つうよね。あれっすよ、あれ。魂はやる気満々、けど、肉体はもうボロボロ。哀しいけどね。人間だもの。肉体はこの世で生きるための仮の舟っすから。大切なのは「魂」のほうだけど、肉体をもって生きるには縛りがあるわけよ。

 「健全なる精神は健全なる身体に宿る」つうのはローマの詩人ユベナリスの言葉(『風刺詩集』)。これ、正確には「(大欲を抱かず)健康な肉体に健全な精神が宿るように祈れ」なんすけど。精神と肉体は対立する二元論ではなくて、調和しなければ、健全に、つまり、生命を生命として100パー活性化させるのはなかなか難しいのよ、つうこと。

 で、お盆。ご先祖様のお祀りですけど。

 「魂魄」の「魂」は陽に属して天に帰し、「魄」は陰に属して地に帰す、とされてます。これは易経のお話。氣が集まるとエネルギーが沸々と湧き起こり、氣が散じるとエネルギーが失われて、仕舞いには死にいたる。消え入る、つうわけ。

 ご先祖はすべて、この「魂」が天に、そして「魄」が地に帰していますが、子孫が真剣にお祀りするとき、魂が感応して、ご先祖様の魂を現世へと招魂することができます。

 これがお盆。早い話が招魂の祀りなのよ。ご先祖様に感謝し、その魂を鎮撫するイベントなんすよ。詳しくは原原でお話しましょう。


 さて、今日の「通勤快読」でご紹介する本は「髑髏となってもかまわない」(山折哲雄著・新潮社・1,188円)です。