2003年07月14日「日記力」「オフィスのゴミは知っている」「うっかり人生がすぎてしまいそうなあなたへ」
1 「日記力」
阿久悠著 講談社 780円
ピンクレディ全盛期に人気を博した作詞家ですね。もう、業界を席巻した売れっ子でした。
放送作家をしていた時、小説家は視野にあったようですが、どうやら、作詞というのはまったくノーマークだったようです。けど、運命というのは本人の思惑とは関係なく進んでいくものです。
しかしまぁ、こまで日記オタクだったとは知りませんでした。けど、徹底してやりきると、これは一つの財産になります。もう、阿久さんの気持ちの上では「宝物」になっていることでしょう。
日記帳のスペースは1ページ。すべてを載せるわけにもいかず、気取ったいい方をするなら真夜中に「一人編集会議」を始める、というわけ。
その判断基準、哲学、方法というのは、次の通り。
世界情勢から政治、経済、事件、スポーツまで、その日一日の間に僕の興味のアンテナに引っかかってきたすべてのものの中から、とくに気になったことを5つを選択して、ベスト5だけをつける。
日記には文学から帳簿まであらゆる内容が盛り込む。天気はあとで仕事に使えるように、とくに詳しく記す。それ以外にも、株価に円ドルの為替の動き、行動、名刺交換した人の名前、その日書いた原稿をファックスで送ったかどうかまで、とにかくありとあらゆることが書き込まれている。
一緒に仕事をしている人の電話番号まで書いている。また、新聞の中の言葉も切り抜く。
情報自体に値打ちがあるものは赤のラインで囲み、さらに重要だと思えば、オレンジのマーカーで印をつける。これは詞のタイトルになる、コラムの書出しに適した言葉などもすべて赤字で書き留めている。
「数値的なことが非常に重要で、それが知りたくて書いている部分もあります。文章の中に数字が書いてあるかないかによって、ただのおっさんが怒鳴っている意見なのか、そうではなく一応考えた意見なのかというほどの差が生まれてくる。数字が記されることで内容にある種の信憑性が出てくる」
たしかに・・・。
根本的なスタンスとして、一日中、仕事をしていても、つねにアンテナを立てなければいけないのです。「クリエイティブな仕事」をしていれば、何よりも神経が眠ることほど怖ろしいものてはありません。
「クリエイティブな仕事」とよく言われますが、すべいの仕事はクリエイティブなはずですね。
いや、わたしの仕事なんてチンケですよ、と思ってる人は、それはチンケなんでしょうね。本人が言ってるんだから。
でも、たとえタコ焼き一つ焼くのでも、プロの仕事は見事なほどにクリエイティブですよ。ほれぼれするような手の流れ、仕事の段取り、それになんといっても美味しい。こんなに人を喜ばせる仕事はありませんものね。
うちの近所のたこ焼き屋さんなど、いつも人だかりです。油はオリーブオイルを使ってます。安くて美味しいの、これが。いつか、「B級グルメ」で紹介しようっと。
人になんら感動を与えず、それでいて高給をはんでいるタカリ屋とは比べようのない素晴らしい仕事ぶりです。
道路公団の幹部の方も、記者会見で「問わずに落ちる」ような受け答えにクリエイティビティを発揮するより、国民のために知恵を絞ったほうがいいのでは・・・。まるで、テレビに登場する悪代官を連想させる人たちですな。
あれ、子どもや家族も見てただろうに・・・。
「お父さんは公団を守るために懸命なんだ」とご家族の方も応援してるんでしょうな、きっと。
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2 「オフィスのゴミは知っている」
鈴木将夫著 日本教文社 1143円
鈴木さんの本が書店に並んでたんで、懐かしさとともに思わず買っていました。この人、いい人なんですね、とっても。
わたしとの出会いはお互いに勉強会を主宰している仲だから、どこかの会合で知り合ったんだと思います。
ここだけの話ですが、勉強会の主宰者って、わたし、あんまり好きじゃないんです。
「自分もやっといて何を言ってる!」と怒られそうですが、どうもねぇ、あの早稲田のレイプサークルの親玉みたいな感じがするんですね。出たがり、出世指向、何かというと「顔が広い」と自慢する・・・。
ところが、鈴木さんはこの対極にあるんですよ。物静かな紳士、誠実が背広を着て歩いてるような人ですからね。
だから、好きなんですね。
でも、博報堂の人材開発部の部長職から新潟支社長に異動した時からは、会ってないんじゃないかなぁ。その後、定年を迎えられ、趣味の似顔絵を指導しているとは風の噂で聞いていましたが・・・。
「君はマメだねぇ。マメで通っている鈴木さんだから、略して、マメ鈴だね」
これが彼のペンネームのいわれです。豆鈴木。この名前でNHK文化センター、三越文化センターで「豆さんの似顔絵の絵手帳」という講座までスタートしています。
定年後、一年間は好きな似顔絵を極めるためにカルチャーセンターに通ってたようですが、いつの間にか、自分が指導する立場になってしまったというわけです。
さて、本書ですが、ビルクリが書いた本です。ビルクリとは、ビルのクリーンクルーという意味。早い話が掃除のおじさんのことですね。
定年一年後、「なにかしよう」と新聞の求人広告をじっと研究。
「これだ!」と思いついたのがこの掃除のおじさん。以来、三年間、皆勤で働いています。
すごいねぇ。
ビルの掃除人というと、無色透明。空気のような存在ですよね。まったく視野に入ってきませんもの。コミュニケーションもないしね。
大切な仕事であることはだれもが認めます。でも、知らないでしょ? あなたのビルの担当してる人の名前、知ってますか?
知らないでしょ。
サラリーマン時代、いつも元気なおじいさんがいました。ものすごく明るいキャラなんです。だから、ゴミ箱を取りに来たりすると、みんなから、「こんにちわ」と挨拶されてましたね。
かなりの土地持ちのお金持ちらしいんですが、働くことが大好きで頑張ってましたね。
この人の名前は知ってますけど、他の人はまったく記憶にありません。
ビルクリ業界の先駆者的な存在である梶野善治さん(北海道在住。全国ビルメンテナンス協会会長)に、鈴木さんがインタビューしてます。
H銀行が本店を作った時、梶野さんの会社で仕事をもらったそうです。
仕事が始まってから様子を見に行くと、従業員はなんとボイラー室をベニヤで仕切った空間に押し込められていた、という。これには怒った。銀行員に対して、「ボイラー室というのはあなたたちでも無断で入ってはいけないほど危険な場所。そこに放り込むとは・・・」というわけです。
ところが、さすが銀行です。次に彼らを押しやったのが階段の下。ここに敷居を設けてドアを閉めたら真っ暗。またまた怒りがこみあげてくる。
「うちの人間はネズミじゃないんだ。ここの仕事はお断りだ!」
これには鈍いH銀行の人間も焦ったのか、地下は地下だけども、環境のいい一室を提供してくれた、と言います。
悲しいかな、こんな扱いなんですね。
鈴木さんは担当ビルをいくつか変わり、三回目が「恵比寿ガーデンプレイスタワー」というランドマークですね。
ここのフロアには四百個ものゴミ箱があるんです。フロアによって形や色が違う。オーソドックスなのは「丸形、黒塗り、ブリキ製」ですね。
面白いことにゴミ箱ごとに顔が違うそうです。個性があるんです。
たとえば、ペプシコーラの空き瓶がいつも三本以上入ってるゴミ箱。これには「ペプシさん」と命名、パソコンのフロッピーが三枚以上のゴミ箱には「フロッピーさん」という具合です。
ここまで来ると、ゴミ箱はわが子ですな。
それまでの職場では「よぅ、若手!」と呼ばれた鈴木さんも、ここでは、最年長。学生スタッフが多く、早朝スタッフ二十人のうち、実に七名が学生さん。で、彼らと一緒に朝の二時間をきっちり真面目に働くんです。
掃除のおじさんになってから、サラリーマンの時とは天と地ほどの変化です。毎朝四時半に起床。五時に朝食。五時半には出発。そして、六時から八時までの二時間をビルクリで汗を流す、というパターン。
そして、昼間は似顔絵関連の仕事をしたり、「元気に百歳」クラブのボランティアをしたり、そして夕食。夜十時には就寝。完全に逆転ですね。
ところで、ビルクリは一説には五十万〜六十万とも言われる労働人口だそうです。
たとえば、このビルでは年間五千トンのゴミ。十トントラック五百台分。事務系の一般廃棄物が半分、産業廃棄物が二百五十トン、粗大ゴミは二百十トン。住居棟やホテルもあるから、可燃ゴミが二百七十トン、不燃物が五十トン、レストランからの生ゴミは千百トン、これには微生物を活用した生ゴミ処理機が導入されています。
なんといっても、年間千三百万人のお客です。
それでも、リサイクル率は三十パーセントを超える。ゴミのうち、紙、段ボール、ビン、ペットボトル、廃油などでリサイクルされるのが千六百トンもあるということです。
ゴミ袋は九十、四十五、三十(各リットル)の三種類で、コレクターと呼ばれるゴミ運搬車を押しながら、担当するオフィスに入ります。
ところで、日本人が一年間に出すゴミの総量は五千三百万トン。ということは、ガーデンプレイスの一万倍。東京ドームの百三十五杯分。
その三十七パーセントが生ゴミ。その半分は家庭から出てるんです。せめて自分の家のゴミくらいはきちんと協力しましょうや。
250円高。購入はこちら
3 「うっかり人生がすぎてしまいそうなあなたへ」
山口路子著 すばる舎 1400円
かなり、ナルが入っている著者ですが、それだけ自分の世界を持っている、という意味でもあります。
「いまここでゆっくり考えておかないと、うっかり人生がすぎてしまうようでこわくなったのよ」
須賀敦子さんの作品のなかの一文に強く胸を動かされた、らしいです。
「うっかり過ぎる」ということは、彼女の言を待たないでも、かつての小野小町も同じようなことを言ってますね。
「花の色は移りにけりな いたずらに わが身 世に振る ながめせしまに」
お肌の曲がり角、カラスの足跡、二十六日のクリスマスケーキ・・・。早い話が旬が過ぎ、賞味期限切れということ。
「二十代半ばから三十代半ばの十年間、私は立ち止まってみたり、あがいてみたりしているのかもしれません」というけれども、わたしは逆に四十歳、五十歳と年を重ねるに従って「いい女だなぁ」という人も少なくないことを知ってます。
「うっかり」という油断をせずに、仕事に生き、恋に生き、なにかに集中し、夢中になって「いい人生」を力強く歩いている人には「いつだって青春」なんですね。
ウルマンではありませんが、青春とは心の若さなんですね。
洒落た文章の間にセンスの良い挿絵が二十数枚。絶妙のコンビネーションではないかな。
150円高。購入はこちら