2007年04月13日「月島慕情」 浅田次郎著 文藝春秋 1500円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 「あたし、あんたのおかげで、やっとこさ人間になれたよ」と帯にあるの。
 人間になれた? やっとこさ?

 「月島に行ったら、幸せになれる。やっと自由を手に入れた吉原の太夫は、愛する男の住む夢の島へ思いを馳せるが」と、小さく帯にある。

 月島が夢の島か? 吉原ねぇ・・・。

 これぞ、小説という作品ですな。これ、短編集です。1つ1つの小品が唸るほどおもろいでんな。

 30路過ぎの年増の太夫。いままで2回身請け話があった。でも、今回は本気。
 月島一帯を仕切る中盆(サイコロを振る博徒)の時さん(通称、題目の時)という鯔背な男が身請けしてくれる、とのこと。2000円、という大金を親分から都合してもらって、妾じゃなく、自分を正式なおかみさんとして迎えてくれる。

 これで吉原から堂々と1人で出られる。
 このままいたら、たとえ太夫といえども、いずれ安い私娼窟に叩き売られるのが落ち。1人の男に抱かれて30円。学校を出た新卒の初任給。だが、借金ばかり増えていつまで経っても出られやしない。

 お酉さんで2人で熊手を買った。腕を組んで歩いた。みなに冷やかされた。
 「この話が水になったら、私、死ぬ」とまで考えた。

 けど、愛する男が生まれて住んでいる月島に行ったら、自分からこの話をなかったことにしよう、と考えた。

 やめた理由?

 人間になるため。身体の汚れたが、心も汚れた。計算尽くで生きるようになった。
 この世にきれいごとなどひとっつもないことは知っている。だから、自分できれいごとをこしらえてやろうかと考えた。

 「馬鹿な女だぜ。けど、いい女だよ」と、幼かった自分をむりやり女にした女衒から褒められた。

 佳品は表題のほか、「供物」「雪鰻」「インセクト」「冬の星座」「めぐりあい」「シューシャインボーイ」の全7篇。どれも逸品。浅田ワールド。損はさせません。300円高。