2007年07月13日「反転」 田中森一著 幻冬舎 1785円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 「脇が甘い、詰めが甘い、身内に甘い」という「so sweet内閣」と、私は安部政権を表現してますけど、それにしても甘い甘い。
 しかも、「学習効果」のない人ですな。まったく同じ失敗を立て続けにするなんて、たぶん党内でも(閣内でも)みなあきれ顔でしょう。
 いやね、赤城農水大臣のことですよ。この1つ見ても、安倍さん、塩崎さん、世耕さんの3人がいかに政治的にセンスがないか、いかに「政治音痴」かが伝わってきます。

 政治ってのは、センスでやるもんなんだよ。

 巷間、伝えられるとおり、参院選は厳しいですね。やることなすこと、すべて後手後手。このセンスの無さ、詰めの甘さに、「こんなんで大丈夫なの?」と国民は疑問視しはじめちゃったからね。


逃亡先のパリでも釈明会見?少年老いやすく学成り難し・・・か。

 参院選の後を睨んで、政界再編は避けられませんな。まずは、赤城農水大臣の不信任案が提出されちゃう。参院選でボロ負けしてたら、自民党内でも賛成者、欠席者が出てくる可能性は大ありですよ。

 さてさて、「通勤快読」です。

 本人でなければ書けない真実、ドキュメントならではの迫力、社会を揺るがした影響力で、この10年間でいちばん注目される本ではなかろうか。
 幻冬舎という出版社はたまにこういう良書を出す(ほかには、『インテリジェンス』くらいか?)。

 著者は昭和18年、長崎県平戸生まれ。貧しい漁師の末っ子として、得意のそろばんで学費を稼ぎ、分校の定時制、バイトと引き替えで潜り込んだ予備校夜間部、そして二浪の末に地方大学を出て、司法試験に合格。
 裁判官志望のはずが、なんの因果か、運命のいたずらで検事になる・・・「検察のエース」と呼ばれ、「平和相互銀行不正融資事件」「三菱重工CB事件」「佐賀県知事汚職事件」「阪大ワープロ汚職事件」「文部省ノンキャリ収賄事件」「撚糸工連事件」「福岡県苅田町長公金横領事件」・・・と華々しいが、後ろから弾が飛んでくる検察の体質に嫌気がさして弁護士に転業。

 独立するや、顧問料だけで月1000万円を稼ぐリッチな弁護士に変身。節税のため、7億円もの豪華ヘリコプター(日本に2台しかない。もう1台は堤義明氏所有)を購入。
 広域暴力団組長、高利貸し、イトマン事件の首謀者、仕手筋総帥等々の「闇社会の弁護人」として名を馳せる。
 出る杭は打たれる。「捜査の邪魔だ」と古巣の特捜部から睨まれ、文字通り、「国策捜査」で檻の中に落とされてしまった。
 一審では懲役4年、二審では懲役3年。現在、最高裁に上告中という人物。

 良くも悪くも、型破り=アウトローの人間であることは事実。
 だが、たとえどんな悪党と呼ばれる人間でも、筋を通す人間ならば人は一目置く。そういう意味で、「サラリーマン検事」や「官僚検事」とはまったく異質の人間といっていいと思う。

 検事には3種類いる。
 1つは、捜査などせず法務省にいて「官僚」を長く務めた者。つまり、法務省キャリアである。
 たとえば、いまの松尾検事総長などはずっと法務省にいて、ほとんど現場の捜査など経験していない。だから、財務省の次官が検事総長になったようなものなのだ。
 検察エリートは、官僚であって検事ではない。自己保身を旨として当たり前。当然、法律違反云々ではなく、あくまでも国益最優先型の検察になる。圧力によって捜査の手をゆるめるのではなく、自発的に捜査をやめるのである。
 2つ目は、閨閥を後ろ盾にするエリートである。
 そして、3つ目に捜査検事がいる。もちろん、仕事の大半は叩き上げの捜査検事が担っている。しかし、それを手柄にするのは法務省キャリアや閨閥エリート。あげく、自分が手塩にかけて手がけてきた事件が彼らの出世欲のために潰されたりする。

 著者自身の体験でも、身内の選挙違反をもみ消そうとしたり、政治家とつるんで捜査をねじ曲げたり、「いい仕事」をした人間を追い落とそうと嫌がらせ電話を家族にする人間の存在。
 こんな現実を見ていると、現場の捜査検事がバカらしくなるのも無理はないかもしれない。

「伊藤栄樹検事総長になってから、(検察は)大きな事件はなにもやってないんですよ。着手はするけれども、全部途中で挫折している」(「文藝春秋」の分析)
 撚糸工連事件は、着手したのは前の検事総長の時。平和相銀事件は政治家に行く前に「終結宣言」を出しでいる。
 ここ数年、検察が大事件に取り組んだり、政治家や大企業の経営者など逮捕できたのは、マスコミがかぎつけて隠せなくなってしまった時だけなのだ。たとえば、ロッキード事件にしても、検察が独自に動いて田中角栄元首相を逮捕したわけではない。アメリカの政府委員会でのコーチャン発言が火元なのである。
 検察は法務省の一部であり、行政府に属している。そんな検察が行政府に、たとえ一部であっても楯突くことなどできるわけがない。独立を保障された裁判所とはそもそもちがうのである。

 5年間の捜査経験を積んだ松山地検の時、暴力団の抗争事件を担当する。逮捕容疑は銃刀法違反、傷害、殺人未遂である。
 「日本刀って、なんのことやねん」としらばくれる組長。同じ言葉を繰り返すだけで口を割らない。
 そこで、著者は押収した日本刀を持ち出して、「これだろ?」と組長に投げつけた。驚いたのは組長のほうだ。
 「・・・悪かった、検事さん。嘘をついとったんや。これはたしかにワシのもんや」
 あれだけ否認した組長がこうもあっさり認めるとは。取り調べが一段落すると、なぜ容疑を認めたか訊いてみた。
 「もし、あのとき、ワシが鞘を抜いたらどうなっていたと思う? 暴れることもできたんやで。でも、検事さんはそれを承知で刀を投げつけて寄こしたんやろ。そこまでワシを信用してくれたら、嘘はつけませんわな」
 実はそんなことまで考えていなかった。

 被疑者に騙されて失敗したこともあるのだ。強姦容疑で被疑者を逮捕し、裁判になった。ところが、これがまんまといっぱい喰わされた。
 亭主に内緒で夜な夜な男と逢い引きしていたものの、その日に限って、亭主が自動車で迎えに来た。そこで、女は保身のために男にレイプされた、と訴え出たわけだ。

 1986年の撚糸工連事件。東京地検では関係者を逮捕したものの、供述がほとんどとれないでいた。
 とくに、撚糸工業組合連合会の理事長は頑として自白しない。貧乏のどん底からはい上がり、35歳で理事長にまで上り詰めた男だけに一筋縄ではいかない。
 地検の検事が束になっても落ちない男に、大阪から赴任2日目の著者が当たることになる。
 どうせ話す気がないなら、いっそ、こちらも触れるのを止めよう。
 「僕はもともと、大阪とはちゃうんや。長崎の平戸いうところで、それはひどいところやったで」と世間話、身の上話を話すだけ。
 ところが、取り調べ開始2日目にして、それまで頑として供述しない容疑者が、突然、自供をはじめるのである。
 「たしかに私は政治家にお金を渡しました。ホテルのレストランです・・・」
 供述は事件の核心部分に迫る詳細な話で、検察が喉から手が出るほど欲しかった情報ばかりである。
 しかし、なぜ、こうもあっさり話してくれるのか。

 「これまで、私を取り調べていた検事さんは、人の気持ちや情が何もないような方でした。でも、田中さんは私よりずっと苦労してるし・・・」

 「手前味噌で言うのではないが、検察キャリアと呼ばれる人たちは、こんなことまでせずとも、失敗さえしなければ自然と出世できる。あえて危険を冒してまで被疑者の供述を取ろうとはしない。善し悪しは別として、検事としての成り立ちがちがう、ということだろう」

 いまだ、ホットな事件。ライブドア事件、村上ファンド事件の構図についても言及。住銀、イトマン事件の真相。政治家、芸能人、やくざ、仕手筋・・・すべて実名で赤裸々に書いている。本書を読めば、検察(検事)は正義の味方でもなんでもなく、時の権力べったりの法執行者であることがよ〜くわかる。
 あっぱれな力作。400円高。