2002年07月22日「円安+インフレ=夜明けor悪夢?」「笑犬桜の知恵」「信仰の現場」
1 「円安+インフレ=夜明けor悪夢?」
村上龍著 NHK出版 1400円
村上龍著とはいいますが、彼は舞台回し。すべて座談会、対談で構成された1冊です。
当たり前だよね。
この人に経済分析などできるわけないもの。
で、登場する人は山崎元(この前、本欄で紹介した人)、藤巻健史(「一ドル二百円で・・」の著者)、河野龍太郎(バリバ証券)、北野一(日経人気ストラテジスト1位)、それにあの木村剛の各氏です。
前半は座談会、後半は村上さんが相手となって対談というより、質問に回答するって感じかな。
エコノミストが10人いると、15通りの経済分析があるっていう通り、読めば読むほどわからなくなると思います。
だから、自分の意見をきちんと持って対決するつもりで読むといいね。
「表面的な話とその背後でうごめいている話を峻別して議論すべき。資産デフレだから不良債権になる。それを処理するとさらにデフレになる、という単純な悪循環を想定した議論は、銀行に都合のいい自分勝手な論理を鵜呑みにした非建設的な産物で思考停止をもたらす」(木村)
たしかに。
デフレであっても、デメリットばかりではありません。わたしのように資産の借金もない人間にとって、物価が安くなることはサイコーです。
それに不良債権問題の核心は、大手企業なんですね。
銀行が処理できないほどの大企業、たとえば、ダイエーのようなものが、生き残って再建計画などを出してる状況が問題なんですね。早く退場してもらったほうがいい。
「しょうもない再建計画を認めて、一所懸命に中小企業を潰している銀行の姿は、患部のまわりを必死で消毒しながらいっこうに手術しない医師のようなものだ」(木村)
たしかに。
「不良大企業が生き残って、健全な中小企業が潰れていく」
会社というのは、ダメ社長を換えて優秀な社長にすれば、生き返るモノです。
ところが、銀行はダメ経営陣が揃いも揃って居坐っているところからして、これは持ち直すわけがありません。
やっぱり、経営レベルの低い業界というのはあります。これは外部から「お助け経営者」を持ってこないと、絶対に良くならないだろうね。
「構造改革は必要ですし、それをやり遂げるのは最終目的です。資産インフレを作って時間稼ぎをするのは、そのための手段です。資産インフレになると、構造改革が遅れます。そのリスクがある」(藤巻)
「日本の問題は通貨が実力よりも高いこと。それに生産性が上がらない原因は、海外で競争していないような企業が規則で守られていること」(河野)
「たとえば、中国のネギが3本100円。日本は198円。日本の農業団体は構造改革によって3本130円にしようとしてるが、それでも30円の差は詰まらない。そこでセーフガードの発動を、ということになる。しかし、人民元はドルとリンクしてるから、ドル高にすれば解決する。1ドル240円なら、中国産は200円になる。セーフガードなんて必要ないんです」(藤巻)
たしかに。
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2 「笑犬桜の知恵」
筒井康隆著 金の星社 1000円
断筆宣言した筒井康隆さんのトークセッセイですね。
「わかもとの知恵」に続く第二弾。
朝日新聞に連載されたものですけど、朝日新聞で出版せずに小さな版元から出しました。
「幼児体験は無意識的な行動にまで残る。あいつをいじめよう、と言われたときに、いじめに参加しないと自分がいじめられるんじゃないか、と考える前に、嫌だという答えがぱっと出る」
著者も子どもの頃、疎開先でガンガンいじめられたそうです。
その時、親は教育委員会にいましたから、教師に相談したところで、無気力な連中が真剣に解決しようとするわけないことは気づいてましたから、そういうイジメのない学校に転校させちゃうんですね。
その本人がそこで不良になっちゃうんだから、人生というのは不可解なものです。
この「いじめ」に対する反応もそうですが、すべて、反射神経だと思うのです。
反射的にすぐ回答できるというのは、身体が反射的に動くことと同じです。すなわち、細胞にインプリンティングされないかぎり、そうはなかなかなりません。
反射的に動くには、天性のモノか、あるいは訓練に継ぐ訓練で鍛えるか。このいずれかしかありませんね。後者は「習慣は第二の自然」ということわざでも推察できると思います。
だから、子どもの教育って大事なんですね。
大人になってからの教育はスキル教育以外は、あまり期待できません。
「これは賄賂だ」と咄嗟の判断かできない。
「見つからなければ平気だろう」
「みんなもやってるし」
「もらわなければ、あの政治家がガンガン文句いうしな」
本来は無意識的にノーと言うべきところ、回路がそうはなっていない。
ムネオちゃんなんて、おそらく、この回路が「どんどんよこせモード」しかなかったんだろうね。
講演のしかたを披露してます。
「人前でしゃべるのが実に下手な人がいるでしょ。なんで、こんなに下手なのかって。これは書いてきたものを読めばいい」
講演でななかメモを見ながら話す人っていませんよね。
「座談の名手の丸谷才一だって、きちんと文章を書いてきて、時折、それに目を走らせながらしゃべってる」とのこと。
読む読まないにかかわらず、いったん、書いて整理するってのが大事なんでしょうな。
「一つの世界だけで生きてると、当然、その世界で顔が売れ、偉くなっていくわけです。そうなると、人間、威張り出すんです」
「文壇でいくら威張っても、たとえば、文学賞いっぱい取ってるような大作家だって、テレビの人間にとっては、ナーンでもないんですね。ゲスト出演のそこら辺にいるおっさんと同じ扱いなの」
これでショックを受ける人が少なくない。
出版社差し向けのハイヤー、編集者にセンセ、センセとちやほやされてるからね。
この著者はホリプロ所属で俳優稼業もしてるから、その辺のことはよく知ってるわけ。だから、慣れっこなんだけどね。
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3 「信仰の現場」
ナンシー関著 角川文庫 480円
やっぱり、代表作ということになると、これだろうね。
ケシゴム漫画家として、各紙に洒脱な文章でターゲットを面白おかしく取りあげてたけど、鋭いよね。「よく、見てる!」としか言いようがない。
惜しい人を亡くしました。
本書は彼女の作品の中でも珍しい1冊だと思います。すべて取材敢行でモノしたものだからですね。
テーマは何だろ?
「何かを盲目的に信じている人にはスキがある」って言ってるから、スキのある人間ばかりが集合している瞬間から、見えてくるモノを描いてみるってやつかなぁ。
そのターゲットがサイコー。なにしろ、いきなり矢沢永吉だよ。それも武道館、横浜陸上競技場とかじゃないの。山梨県民文化センターってところ。
これは選択が通だねぇ。地方の矢沢教信者の動向を探る、って企画がいい!
曰く、「なぜかタオルをみんな持ってる」「そのタオルにも掛け方がある(猪木流の掛け方じゃダメなの!)」「矢沢の舞台を成功に導くために全員一丸となる」というような憲法があるわけなのよ。
けど、あのタオルという発想はいい。これって、便利なのよね。
たとえば、汗が拭ける。野外で雨が降ったら、これで肩だけは濡れないですむ。時々、頭と顔を拭けばいいしね(実際、彼の野外ライブでは雨が降った時もあった)。
ターゲットの選択で感心したのは、ほかにもたくさんあります。
寅さん映画を浅草で観る。
劇団ひまわり子どもたちを見る。
宝くじの抽選会場に行く。
公団建て売り抽選会に行く。
こんな突撃取材が25件もあるんだけど、とりわけサイコーだったのが「非一流大学入試合格発表」の視察かな。
「非一流大学」っていうけど、これはもう事実上の日本最低レベルなんですね。あらゆる入試情報にも載ってないランクなのね。
そこの発表会場に行くってこと。
えっ、どんな感じなの? 不思議だよね。
東大の合格発表みたいに、テレビなんか来るわけないけど、やっぱり、在学生が「バンザイ」してくれたり、周囲はありとあらゆる同好会の「うちに入れ、教科書あげます!」とか「歓迎、新入生諸君!」とかいう幟が立ってたりするのかね。
そこで彼女が見たものは、なんとも気力も覇気もない一群だったのです。だれが合格したのか、落ちたのかわからない。それどころか、だれが学校関係者で、だれが受験生で、だれが関係ない人なのかもわからない。
これ、想像できます?
「感情のないクラゲ」がプカプカ浮いてるようなものですよ。まさに、彼らの前途を暗示するかのように、無気力、無感動なわけですよ。
でも、考えてごらん。
そんな最低ランクにも載らない学校でも大学と名がついてるところを選択した彼らの気持ちを。この後の人生において、学歴がまったく役に立たないことをだれよりもよく知ってる彼らの気持ちを。
「だからこそ、実を言うと、彼らほど、大学に憧れた人間はいないのじゃないか」
これが彼女の指摘なんですね。
鋭いなぁ。さすがだなぁ。
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