2007年12月07日「十五億人を味方にする」 稲葉利彦著 光文社 1575円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 著者はつい最近まで、天津伊勢丹の社長をしていた人。
 天津というのは、中国に4つある中央直轄地の1つ。つまり、天領ですな。
 といっても、私ゃ天津丼とか天津麺でしか知らんけどね。午餐宇高までに、こんな料理、天津にはありませんからね。

 伊勢丹には海外にたくさんの店舗があります。アジアでは、中国以外にもシンガポール、マレーシア、バンコク、台湾などがあります。

 2001年、著者を含んだ出向者を一堂に集め、人事部が出向規定等を説明したわけ。で、終わり間際に「ハードシップ手当」について話すのね。

「これは中国への出向者にだけ出ます。上海は月々5万円」

 おおっという声と笑い声。ずいぶん大変なとこに飛ばされるんだな。同情するよ、という失笑でしょう。
 そもそもハードシップ手当とはなんなのか? たぶん、同じ伊勢丹に入社したのに、こんなとこに行かなきゃいけないの? 大変なとこなんでしょ? まじぃ? 運が悪いな、けど、この手当付けてやるから我慢しろよ、という慰謝料みたいなもんか?
 人事部のほうでも、せめて金銭的補填でもしなけりゃ辞める人も出てきますわな。

 ところが、次に読み上げられたひと言で笑いが凍っちゃう。

「天津は10万円」

 えっ、月々10万円! これが意味するものはなにか? どえりゃあぞなもし(名古屋弁と松山弁がごっちゃになっちゃった)。

 中国かぁ。私は偏見はさらさらありません。事実しか見ませんから。ステレオタイプではなく、1人1人、場面場面で個別に見ないといけませんよね。

 けど、友人には中国大嫌い、中国人大嫌いという人が少なくありません。これはアメリカ、ヨーロッパ、アジアでも少なくありませんね。

 イギリスに留学して帰ってきたヤツなど、「あいつから大嫌い。自分勝手なんだよ。ドミトリー(寮)の共同冷蔵庫に他のヤツが食糧を入れといたら、それを出して、自分のを入れてるわけ。おかげで腐っちゃった」とのこと。

 たしかに傍若無人は国民性かもしれませんな。「質問ありますか?」と講演会で聞くと、延々と10分くらい持論を展開した人がいましたね。中国人でした。

飛行機に乗ればわれ先に駆け込んで、ほかの乗客のスペースまで自分の荷物で独占するわ、機内ではあの大声でケータイで延々と話してるわ(中国人にはひそひそ話という習慣がないんだろうね)。
 ホテルでもデパートでも店員は感じが悪いし、タクシー運転手はうさんくさいし、人民は交通法規なんて無視するし、サービスもマナーも最低最悪。

 関西人なら中国でも勝てる? 冗談じゃない、関西人はサービス満点で感じは最高ですよ。

 人民相手に商売するのかぁ。だから10万円かぁ。

 事実、自らの非によって解雇された従業員が、反省するどころか連日抗議に来る。新店工事中に自然の住民が押しかけてきて電源を切ってしまう。3年も履いた靴に穴が空いたから取り替えろとねじ込む・・・こんなことが日常的茶飯でした。

 最初は怒りからスタート。でも何回も繰り返されると、「ここは中国だからしかたない(TIS問題=THIS IS CHINA)」という諦観へと移っていくわけね。
 この間、猛烈なストレスで心身ともにくたくたに疲れ果てちゃうわけ。

 著者も中国人と仕事する中、現場で揉まれて中国人との間合いを修得したみたいですね。
 中国と中国人を理解するというより、人間この愛すべき存在を深く受容する心境に達したようですな。
 少しだけご紹介しまょう。

?面子(メンツ)
 中国人といえば、面子ですよ。なんか、やくざみたいだなぁ。でも、中国人にとって「顔を潰す」「顔を立てる」ということはとっても重要なこと。
 たとえば、従業員のミスを大勢の前であげつらったら、面子を潰されたと恨みを買い、帰宅したら従業員の親族数十名が待ちかまえてた、という実話があるほど。
?中華思想
 中国こそ世界の中心。中国人こそ世界の中心。自分こそ世界の中心。日本人から見れば、たんなるエゴの塊なんだけどね。
 たとえば、他人の邪魔になるという意識などはなから持っちゃいなせんからね。当然、気配りとか心配り、思いやりといった言葉を期待しちゃいけません。

?自分の非を認めない
 遅刻すれば「道路が混んでた」。間違い電話でも「自分は正しくかけているのに、お前が間違えてそんなところにいるのが悪い」というニュアンス。 クレジット伝票ミスには、「われわれは正しく発信したが、途中で信号が変わってしまった。電話線に問題がある」。
我田引水、牽強付会。ああいえばこういう国民性。

 日本人はこういう中国人の態度にキレちゃうわけ。性格的にきちんとした人ほどストレスを抱え込んでしまう。
 だから、10万円なんですな。

 けど、著者はまる2年かかったけれども、教育を徹底して中国の従業員にサービス精神を植え付けていくわけ。

 たとえば、売場にゴミが落ちている。付近の販売員に拾うように指示する。日本人なら気がつかなかった自分が悪いと考えるけれども、中国人の場合、なんで私がそんなことしなくきゃいけないの?
 だから、無理強いされたかのように嫌々拾うわけ。そのうち、「フロアをきれいにするのは清掃会社の人間であり、私たちは販売員だからそんなことはしない」と言い出す始末。

 この時、「お客様をいちばんに考えなさい」なんて言ったら、「なぜお客様が販売員より偉いのか? 中国人民はみな、同じである」などと言われかねません。事実、お客からクレームをつけられた販売員がとっくみあいの喧嘩をし、相互に親族や恋人をも巻き込んでの応酬を繰り広げるお国柄なのよ。

 著者はどう指導したのか?

「店のフロアは芝居で言えば、表舞台。芝居の主役はお客様。私たちは主役のお客様が気持ちよく過ごせるように舞台を整えないといけません。表である伊勢丹のフロアからゴミをなくしましょう」

「みなさんの仕事はゴミを拾うことではなく、お客様が買物ほするための環境を整えることです。ゴミに気がついたとき、清掃係の人がいれば拾うように頼んでいいのです。そこにだれもいなければ環境を整えるために自分で拾うしかありません。みなさんが拾わなければ私が拾います」

「ゴミをなくしたら、次はお客様に裏の部分を見せないことを徹底してください。お客様から見えるところはすべて表の顔を持たなければなりません」

 2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)騒ぎ、2005年の反日デモでも、天津伊勢丹の従業員は一丸となって会社を支えてくれた。
 なせばなる。ナセルはアラブの大統領(いまどき、だれも知らんだろうなぁ)。

 さて、現場で仕事をしていると、天津の景気好転、中国経済の成長が肌身で感じられるのね。
 たとえば、売れ筋商品に変化があるのよ。エスティ・ローダーやランコムといった高級化粧品(高級かなぁ?)が本格的に売れ出したらしい。
2006年に天津伊勢丹は移転し、さらに売場面積を大きく広げた新店舗をオープンすんだけど、この頃にはクレーム・ド・ラ・メールが月間100本も売れた。60ミリリットル34500円くらいするんだよ(アメリカだと40%引きで買えるはず)。
 2007年以降はエルメスのバーキン、ケリーもぼんぽん買われていく。

 まさに中国バブルの到来ですよ。

 天津伊勢丹は有名ブランドに対しても、1階のいいロケーションは提供できなかった。で、彼らは競合店に出店するわけね。旧店は建物も古いし、駐車場も狭くて料金も高い、と不利な点ばかり。

けど、他店舗より売上伸張率が高い。その理由は、「売上を作る技術」が従業員たちに浸透していったからだろうねぇ。

 店頭を解答用紙、採点官はお客様、売上は店数と考える。採点官の求める答案を書かなければ点は取れない。売上を作る技術は、模範解答を書くトレーニングみたいなもんよ。
 な〜るほど、天津伊勢丹はこうやって成功したのか・・・2001〜2007年の単身赴任時代のドタバタと貴重なマネジメント体験を赤裸々に、しかし抜群のユーモア感覚でまとめた1冊。250円高。



 中国と言えば、自民党の二階俊博さん、お元気でしょうねえ。時節柄、気になりますなあ。