2008年03月14日「日本を降りる若者たち」 下川裕治著 講談社 760円 

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 あれれ、この著者、タイを中心に旅行作家として活躍するあの人じゃないか・・・やっぱそうだ。旅行モノはかなり読んでると思う。
 蔵前仁一さんのも全部チェックしてるし、リヤカー野郎もそう。
 学生時代から秘境ばかり行ってたから、ああ、行きてぇなと唸ることしきり。まっ、行こうと思えばいつでも行けるんだけどね、私ゃ。お金はないけど時間だけはあんだから・・・。

 ん、外こもり? 引きこもりなら聞いたことあんだけど、海外で引きこもってるから「外こもり」なんだってさ。

 四畳半でじっとしないで、いったんタイとかオーストラリアに出てしまう。で、そこで引きこもる。今時の引きこもりにはいろんなタイプがあるものです。

 昔むかしの若者は、「なんでも見てやろう」「青年は荒野を目指す」「深夜特急」「猿岩石」など・・・海外に出ては自分を見つめ、いったいなにをしたいのか、なにができるのかを見つけたい。
 なんとなくそんな理由で旅に出る人は少なくありませんでした。

 「晴れ時々、沈没」という本があって、沈没かぁ。そんな先行き不透明な旅ができたらなぁ、と羨ましく思いましたね。たいてい旅というのは、○月○日までに日本に戻らなくちゃというゴールが決まってるわけ。

 ゴールの無い旅。行き先の無い旅。途中下車(ストップオーバー)ばかりの旅。
 途中下車の旅。いい旅夢気分。いいねぇ。

 けど、本書に登場する若者たちはなにかに傷つき、もうこれ以上傷つきたくないと、タイやラオスに逃げてきた。
 金が無ければなにもできず、働かなければ人ではないような日本社会に比べれば、タイは温かく包んでくれるもの。

 タイという国は、国民レベルの健康保険は無し、年金制度も始まったばかり。会社の多くは交通費も出さない。つまり、正社員になるメリットはほとんどない。
 日本で悩んでいたことが、ここではだれもが自分と一緒。同類項を見てホッとする。

 「このままやっていてどうなるんだろう?」という不安。この不安が苛立ちを生んできた。ここに来れば、みなと一緒。悩んでいたことがバカに見える。

 精神的にものすごくセンシティブな若者たち。それを作った根源にあるのは、どうやら親との人間関係では?

 子供の頃から、やいのやいのと親から言われ、誉められた経験がない。いつも否定されてばかり。就職したものの、そこでも否定される毎日・・・こうなると、嫌な思い出がフラッシュバックされてきちゃう。

 簡単に会社を辞める。そして日本から逃げて海外へ。そこはアメリカでも、イギリス、フランスでもなく、必ずアジア。潜在意識でアジアを選ぶ・・・。
 アジアでは優越感に浸ることができるから・・・。

 片言の英語でコミュニケーションする。けど、元もと、そんなにコミュニケーション能力があるわけじゃない。引きこもりって、対人関係の距離感がうまくとれないからね。

 バンコクの高級外資系ホテルで1名日本人を募集しようとしたら、300人も来ちゃって頭を抱えたそう。
 最初は語学力を重視したけど、雇っている内にわかってきた。
 ホントに大切なのは・・・スタッフとどうやっていくかというコミュニケーション能力だってことが。

 だから、「学生時代にタイを旅行してて楽しかった」という人は面接もしない。アロハシャツでやってくる人間もいるそう。
 仕事は仕事。日本から採用する人にしてもメールでいじわるな質問をしてみる。その回答で、本気で仕事をしようとしているか、日本が嫌だからタイで息抜きしようとしているかがわかるという。

 ますます、外こもりの働く場は限られてしまう。つまり、大学を出たところで、タイでも通用しないわけ。
 突き詰めていけば、日本でうまくいかない人はタイでもダメということ。こうなると、世界中どこに行ってもダメなヤツはダメだということになっちゃう。 
 
「これからはダメな日本人でやってけばいいんだな」と言い聞かせて帰ってくれば、タイの高価も少しはあるかもしれないけど、「元気になって帰ってきました」というだけなら、またどこかで落ち込んでしまうだけ、だとか。

 日本人であることで疲れてしまうのに、その日本人であることのアイデンティティを捨てられないんですもんね。

 外こもりは、考えてみれば、ひ弱な花ですよ。けど、いきなり強くなれと言われても、子供の頃から否定され続けてきた歴史を塗り替えるのは、そんなに簡単なことではありませんよね。
 金もない。先も見えない。でも、アジアなら生きていける。ようやく見つけた「居場所」。
 タイは聖域? リハビリセンター?

 この人たち、なにもアジアを旅してるわけじゃないんだよ。自分を癒すために「心の旅=インナートリップ」を続けてるわけ。モラトリアム。アジアというインキュベーション・システムの中で精神的雛から懸命に孵ろうとしてるのかもしれません。