2000年06月20日「MBA講義」,「Den Fujitaの商法1.2.3.4」,「プロフェッショナル」
読書の有意義なところは情報を得ることではないと思う。興味や関心を満たしてくれるエンタテイメントはもちろんのこと、著者や主人公の人生観、人間観を学び取ることができる点にある。小説を百冊読めば、主人公の数だけ人生が体験できる。
『プルターク英雄伝』には五千人近い人間が登場する。『史記』では二千人を越える。登場人物も入れれば何百通りもの人生を疑似体験できる。
わたし自身、ジャンルを問わず年間二千冊は読んでいると思うが、読書に対するスタンスをまず述べておきたい。
1 読書には読書そのものを楽しむものと、いわゆる勉強や資料探しのものがある。前者の代表はエッセー・小説の類の文学作品や推理小説、後者はマネジメントや実務書などのビジネス書。両方を股に掛けたものに歴史書や伝記小説などの人物ものがある。
2 前者はプロセスを楽しみ、後者はエッセンスだけを拾い読みすることである。
3 そのためにも、速読は心掛けておいた方がいい。
4 勉強や資料探しの場合のコツはじっくりと読まないことだ。さっと斜め読みする程度でいい。そして一回ではなく三回ほど眺めてエッセンスだけを引き出す。
5 何よりも資金を投入すること。本との出会いは一期一会である場合が多いから、次の機会に買おうと思っても二度と出会わなくなる。気合いで買ってしまうことである。
6 失敗することはたくさんある。十冊買っても本当に面白かった、身になったというのは一冊程度かもしれない。しかし、それを繰り返す中に本に対して目利きになることだけは確実だ。
7 あるテーマの本を読んだら、その周辺の類書は目を通しておくべきだ。人物論でも、むやみやたらに持ち上げたものから、こき下ろしているものまで、千差万別。著者の数だけ見方がある。人の評価などというものは、そんなものである。
8 一人の作品を追いかけてみる。「これは面白い」という作品に出会ったら、幸運である。それは波長が合うのだ。だから、その著者の作品をトレースしてみたらいい。
9 最後まで読む必要はない。冒頭が面白くない作品が途中から面白くなることはめったにない。時間がもったいないから捨ててしまうこと。
10 本は積んでおくものではない。わたしはどんどん古本屋に売っている。読みたくなったら、また買えばいいだけのことである。
さて、今回は3冊だけご紹介しておきたい。
1 「MBA講義」(八城政基著)日経BP社 1600円
この6月から新生銀行として復活する旧日本長期信用銀行の経営トップに就任した八城政基さん(シティバンク元在日代表)の著書。青山学院で三日間集中的に講義した内容がベースになっている。アメリカと日本の金融ビジネスの根本的な違いがはっきりわかる好著。
ところで、この本には一切触れられていないが、この銀行は日本政府がアメリカの投資会社リップルウッド・ホールディング(正確には傘下のオランダ法人ニュー・LTCB・パートナーズ)になんと国民負担四兆円の持参金付きでプレゼントした金融機関なのである。新聞で「二年後には五○○億円の業務純益を出す」と豪語しているが、難なく成し遂げるだろう。膨大な税金(五人家族で二十万円の負担である)を負担した国民にはリターンがあるのか。将来、再上場したときのキャピタルゲインはどうなっているのか。税金は利子を付けて戻ってくるのだろうか。
結論から言えば、何にもメリットはない。税金をドブに捨てたと同じ。
衆議院議員岩国哲人氏が越智通雄金融再生委員長(当時)に質問したとき、手心発言で事実上解任されたこの大臣は「日本の銀行だから日本に課税権がある」と答えた。ところが宮澤喜一大蔵大臣が主税局長に確認したところ、「株式の売却相手が外国人。しかも国外で取引が行われた場合、課税権は日本にはない」とわかった。この銀行はオランダの銀行である。オランダなどの外国で上場したら、キャピタルゲインは日本には一銭も入ってこないだろう。
これが外資の金融ビジネスなのである。この点を頭の片隅に入れて読むとよりいっそう面白く読めると思う。
2 「Den Fujitaの商法1.2.3.4」(藤田田著)いずれもKKベストセラーズ 各695円
藤田さんはご存じ、日本マクドナルドの社長。日本といザらす副会長でもあるが、日本第一号店をオープンさせるときにアメリカ大統領ブッシュにテープカットをさせたという傑物である。東大法学部在学中からユダヤ人にビジネスを叩き込まれ、大蔵省の入省通知を蹴って独立自営の道を歩む。
「日曜日は金利を頂きません。そういう銀行が出てきてもよさそうだと思う」「ラスベガスのあるネバダ州に州税はない。ギャンブルの上りで十分賄える。本社だけネバダ州に置いて、実はロサンゼルスでビジネスしているという会社は少なくない。ラスベガスは明るいし一流ホテルも安い。治安は最高。東京にカジノを作れ」など、たくさんのアイデアがある。この本は20年以上前の復刻版だから、東京カジノ構想は彼のオリジナルであることがよくわかる。
縁というのは不思議なものだなと痛感したが、「読者からの手紙に、有力者へのコネが欲しいがどうしたものかという内容のものがあった。有力者に会いたいと思ったら、勇気を出して直接たずねてみることである。アポイントメントをとらない限り、十中八、九まで玄関払いを食うかもしれないが、一パーセントでも可能性があれば出かけてみるべきだ。そうした有力者は部下のおべっかまじりの進言には飽き飽きしているものだ。そして、明日にでもとてつもない新しいアイデアの持ち主が自分を訪ねて来ることを、心の中では意外に期待しているものなのである。有力者のコネを求める方法を質問してくるくらいなら、堂々と胸を張って直接ぶつかるだけの勇気を養ってほしい」と彼が本書で書いて、しばらくすると佐賀の田舎に住むティーンエイジャーが上京してマクドナルドに押し掛けてきたのだ。もちんアポ無し訪問。朝から晩まで一週間通い詰めて、やっと会うことになる。
事業家になるためのアドバイスを求めると、「これからはコンピュータ。しかも小型コンピュータの時代になる」と一言。それを忠実に守る。それがいまの孫正義氏である。このときの恩もあるのだろうが、ソフトバンクの社外役員には藤田さんが就任している。
藤田さんの人生は波瀾万丈だが、中学校に不合格になって小学生を二回やったり、母校を追い出されたり、高校入学後、肺結核で死にそうになるわ落第するわ。独立後もマクドナルド事業をスタートしようというとき、頼りにしていた銀行から融資を断られたり、トラブルが絶え間ない。しかし、それを難なく乗り切ってきた。
どんな考え方で乗り切ってきたか、それは本書を読んでつかみ取って欲しい。
中国では、才能や才人というのは人物評価のなかでも下の下。高く評価されるのは人望ある人間である。「なるほど、それはこういうことか」というのが実感できる一冊だ。
3 「プロフェッショナル」(落合博満)ベースボール・マガジン社 1500円
「オレ流」「名球会には入らない」と個性と自我の強さで知られるプロ野球選手。
その彼がいままで会った選手、監督、記者、カメラマンなど、一流の仕事を成し遂げてきた人間から、何を学んだか、つかんだかをじっくりとまとめている。文章は抜群にうまい。彼自身が書いたとしたら、スポーツ記者はもう筆を捨てたほうがいいくらいだ。
「練習嫌い」と揶揄されたが、練習せずに三回も三冠王をとれるわけがない。とにかく、研究熱心。しかも、目の付けどころがいい。これはビジネスマンには参考になる。
一例を挙げれば、バッティングにしろピッチングにしろ、フォームが崩れると調子はおかしくなる。しかし自分でチェックすることはなかなか難しい。目利きコーチならそこを見抜いてきちんとアドバイスしてくれるだろうが、彼の場合、コーチよりもベテランカメラマンを活用している、という。カメラマンは「これは」という一瞬のためにいつも同じ角度から選手を見つめ続けている。しかも肉眼ではなくレンズ、ファインダーを通じてだ。
言ってみれば、一秒ごとに真剣勝負をしているようなもの。だからこそ、「いまのフォームはちょっと違うな」とすぐに気づく。
そこでスランプになったとき、彼は無人の球場に懇意のカメラマンだけを入れ、自分のパッティングフォームを四方八方から次々に撮影してもらったという。ビデオだと動画だからかえってわからなくなるので、フォームの修正には分解写真がいちばんいい。それで何回も壁を乗り越えてきた。
問題意識さえあれば、解決のヒントがそこかしこに転がっているのがよくわかる。また、野球(仕事)は頭でするものだということがよくわかる。
『プルターク英雄伝』には五千人近い人間が登場する。『史記』では二千人を越える。登場人物も入れれば何百通りもの人生を疑似体験できる。
わたし自身、ジャンルを問わず年間二千冊は読んでいると思うが、読書に対するスタンスをまず述べておきたい。
1 読書には読書そのものを楽しむものと、いわゆる勉強や資料探しのものがある。前者の代表はエッセー・小説の類の文学作品や推理小説、後者はマネジメントや実務書などのビジネス書。両方を股に掛けたものに歴史書や伝記小説などの人物ものがある。
2 前者はプロセスを楽しみ、後者はエッセンスだけを拾い読みすることである。
3 そのためにも、速読は心掛けておいた方がいい。
4 勉強や資料探しの場合のコツはじっくりと読まないことだ。さっと斜め読みする程度でいい。そして一回ではなく三回ほど眺めてエッセンスだけを引き出す。
5 何よりも資金を投入すること。本との出会いは一期一会である場合が多いから、次の機会に買おうと思っても二度と出会わなくなる。気合いで買ってしまうことである。
6 失敗することはたくさんある。十冊買っても本当に面白かった、身になったというのは一冊程度かもしれない。しかし、それを繰り返す中に本に対して目利きになることだけは確実だ。
7 あるテーマの本を読んだら、その周辺の類書は目を通しておくべきだ。人物論でも、むやみやたらに持ち上げたものから、こき下ろしているものまで、千差万別。著者の数だけ見方がある。人の評価などというものは、そんなものである。
8 一人の作品を追いかけてみる。「これは面白い」という作品に出会ったら、幸運である。それは波長が合うのだ。だから、その著者の作品をトレースしてみたらいい。
9 最後まで読む必要はない。冒頭が面白くない作品が途中から面白くなることはめったにない。時間がもったいないから捨ててしまうこと。
10 本は積んでおくものではない。わたしはどんどん古本屋に売っている。読みたくなったら、また買えばいいだけのことである。
さて、今回は3冊だけご紹介しておきたい。
1 「MBA講義」(八城政基著)日経BP社 1600円
この6月から新生銀行として復活する旧日本長期信用銀行の経営トップに就任した八城政基さん(シティバンク元在日代表)の著書。青山学院で三日間集中的に講義した内容がベースになっている。アメリカと日本の金融ビジネスの根本的な違いがはっきりわかる好著。
ところで、この本には一切触れられていないが、この銀行は日本政府がアメリカの投資会社リップルウッド・ホールディング(正確には傘下のオランダ法人ニュー・LTCB・パートナーズ)になんと国民負担四兆円の持参金付きでプレゼントした金融機関なのである。新聞で「二年後には五○○億円の業務純益を出す」と豪語しているが、難なく成し遂げるだろう。膨大な税金(五人家族で二十万円の負担である)を負担した国民にはリターンがあるのか。将来、再上場したときのキャピタルゲインはどうなっているのか。税金は利子を付けて戻ってくるのだろうか。
結論から言えば、何にもメリットはない。税金をドブに捨てたと同じ。
衆議院議員岩国哲人氏が越智通雄金融再生委員長(当時)に質問したとき、手心発言で事実上解任されたこの大臣は「日本の銀行だから日本に課税権がある」と答えた。ところが宮澤喜一大蔵大臣が主税局長に確認したところ、「株式の売却相手が外国人。しかも国外で取引が行われた場合、課税権は日本にはない」とわかった。この銀行はオランダの銀行である。オランダなどの外国で上場したら、キャピタルゲインは日本には一銭も入ってこないだろう。
これが外資の金融ビジネスなのである。この点を頭の片隅に入れて読むとよりいっそう面白く読めると思う。
2 「Den Fujitaの商法1.2.3.4」(藤田田著)いずれもKKベストセラーズ 各695円
藤田さんはご存じ、日本マクドナルドの社長。日本といザらす副会長でもあるが、日本第一号店をオープンさせるときにアメリカ大統領ブッシュにテープカットをさせたという傑物である。東大法学部在学中からユダヤ人にビジネスを叩き込まれ、大蔵省の入省通知を蹴って独立自営の道を歩む。
「日曜日は金利を頂きません。そういう銀行が出てきてもよさそうだと思う」「ラスベガスのあるネバダ州に州税はない。ギャンブルの上りで十分賄える。本社だけネバダ州に置いて、実はロサンゼルスでビジネスしているという会社は少なくない。ラスベガスは明るいし一流ホテルも安い。治安は最高。東京にカジノを作れ」など、たくさんのアイデアがある。この本は20年以上前の復刻版だから、東京カジノ構想は彼のオリジナルであることがよくわかる。
縁というのは不思議なものだなと痛感したが、「読者からの手紙に、有力者へのコネが欲しいがどうしたものかという内容のものがあった。有力者に会いたいと思ったら、勇気を出して直接たずねてみることである。アポイントメントをとらない限り、十中八、九まで玄関払いを食うかもしれないが、一パーセントでも可能性があれば出かけてみるべきだ。そうした有力者は部下のおべっかまじりの進言には飽き飽きしているものだ。そして、明日にでもとてつもない新しいアイデアの持ち主が自分を訪ねて来ることを、心の中では意外に期待しているものなのである。有力者のコネを求める方法を質問してくるくらいなら、堂々と胸を張って直接ぶつかるだけの勇気を養ってほしい」と彼が本書で書いて、しばらくすると佐賀の田舎に住むティーンエイジャーが上京してマクドナルドに押し掛けてきたのだ。もちんアポ無し訪問。朝から晩まで一週間通い詰めて、やっと会うことになる。
事業家になるためのアドバイスを求めると、「これからはコンピュータ。しかも小型コンピュータの時代になる」と一言。それを忠実に守る。それがいまの孫正義氏である。このときの恩もあるのだろうが、ソフトバンクの社外役員には藤田さんが就任している。
藤田さんの人生は波瀾万丈だが、中学校に不合格になって小学生を二回やったり、母校を追い出されたり、高校入学後、肺結核で死にそうになるわ落第するわ。独立後もマクドナルド事業をスタートしようというとき、頼りにしていた銀行から融資を断られたり、トラブルが絶え間ない。しかし、それを難なく乗り切ってきた。
どんな考え方で乗り切ってきたか、それは本書を読んでつかみ取って欲しい。
中国では、才能や才人というのは人物評価のなかでも下の下。高く評価されるのは人望ある人間である。「なるほど、それはこういうことか」というのが実感できる一冊だ。
3 「プロフェッショナル」(落合博満)ベースボール・マガジン社 1500円
「オレ流」「名球会には入らない」と個性と自我の強さで知られるプロ野球選手。
その彼がいままで会った選手、監督、記者、カメラマンなど、一流の仕事を成し遂げてきた人間から、何を学んだか、つかんだかをじっくりとまとめている。文章は抜群にうまい。彼自身が書いたとしたら、スポーツ記者はもう筆を捨てたほうがいいくらいだ。
「練習嫌い」と揶揄されたが、練習せずに三回も三冠王をとれるわけがない。とにかく、研究熱心。しかも、目の付けどころがいい。これはビジネスマンには参考になる。
一例を挙げれば、バッティングにしろピッチングにしろ、フォームが崩れると調子はおかしくなる。しかし自分でチェックすることはなかなか難しい。目利きコーチならそこを見抜いてきちんとアドバイスしてくれるだろうが、彼の場合、コーチよりもベテランカメラマンを活用している、という。カメラマンは「これは」という一瞬のためにいつも同じ角度から選手を見つめ続けている。しかも肉眼ではなくレンズ、ファインダーを通じてだ。
言ってみれば、一秒ごとに真剣勝負をしているようなもの。だからこそ、「いまのフォームはちょっと違うな」とすぐに気づく。
そこでスランプになったとき、彼は無人の球場に懇意のカメラマンだけを入れ、自分のパッティングフォームを四方八方から次々に撮影してもらったという。ビデオだと動画だからかえってわからなくなるので、フォームの修正には分解写真がいちばんいい。それで何回も壁を乗り越えてきた。
問題意識さえあれば、解決のヒントがそこかしこに転がっているのがよくわかる。また、野球(仕事)は頭でするものだということがよくわかる。