2009年06月14日「剣岳 点の記」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 雪を背負って登り、雪を背負って降りる。

 明治以降、日本地図に1つだけ空白地点があった。北アルプス。
 登山家にとって、いまだに事実上、日本最難関の山といわれる剣岳は、立山信仰の曼荼羅の中では「針の山=地獄」と考えられているほどの山。
 頂上近くになると、登山というよりロッククライミング。

 こんな絶壁の山に、いかに軍の命令とはいえ、まともな登山具もない時代(日露戦争直後の1907年)に挑戦しなければならないとは辛いものですな。



 この映画、関内ホールの試写会にて鑑賞。日興コーディアル証券のMさんがチケットくれたのよ。ああ、おもしろかった。

 陸軍参謀本部に指名されたのは、陸地測量部(国土地理院の前身)の測量手・柴崎芳太郎。軍の命令とはいっても、いくらでも断れる。けど、彼は地元の案内人・宇治長次郎の力を得て、この難事業に挑戦することに決めた。

 理由? 山が好きだから。

 ドラッカーの本にあったと思うけど。ピラミッドに石を運ぶ人足たちのモチベーションについて。

1ただ石を運んでる人。
2命令を聞かないと罰がある。
3運ぶと儲かる。
4人類の文化に貢献してる。 

 で、1(=無目的)<2(=威服)<3(=利服)<4(=使命感)。この順でモチベーションは強くなる、というわけ。

 けど、石を運ぶのが三度の飯より好きだ、ということのほうが、私ゃ、モチベーションはいちばん強いと思うな。使命感なんてものよりずっとずっと強いよね。ドラッカーに聞いてみたいところ。

 さて、柴崎芳太郎は、文字通り、命がけの仕事になります。軍は山岳会に負けるな、一番登頂を目指せとメンツばかり気にするし、なんといっても自然が相手。地図のために死ぬか生きるかの艱難辛苦。
 たかが地図、されど地図。

 地図がどれほど重要なものか。世界史を見ればよくわかります。
 昔から戦争の勝敗を分けたのは地図だもんね。戦国武将にしてもそう。諸語外国が禁制の日本地図を入手したがったのも日本侵略のため。

 監督は木村太作さん。2時間19分、山との戦いがたっぷり。プロジェクトXですな。
 この人、黒澤映画や映画「八甲田山」等で活躍した名カメラマン。今回は脚本も手がけてるけど、やっぱ、ホンは専門家に任せたほうがいいと思うな。
 これだけのテーマ。もっと面白くできたんじゃないかな。

 ところで、「点の記」というのは測量のための三角点を設定する際の作業記録のこと。

 残念ながら、標石が埋設できなかったために四等三角点となった剱岳は記録が残されてません。難事業だけれども、しょせん、地味で目立たないわけよ。
 けど測量の世界に生きる人たちは、柴崎芳太郎がいかに大きなことを成し遂げたか肌身に染みて理解している。彼の静かだけれども快挙を歴史に残したい。世間に伝えたい。そんな願いがあったみたい。

 原作者の新田次郎さんがそんな声を小説として具現化した。そして、今回、さらに映像で伝えられることになった。

 淺野忠信さんの淡々とした演技がいいね。大好きな香山照之さんは相変わらず肩の力抜いた演技してるし。脇にずらりといい役者揃えてますな。
 この映画、日本人として観るべきだと思うし、仕事をする人間としても観るべきではないかしらん。