2004年03月15日「死ぬまでにしたい10のこと」「脚本通りにはいかない!」「夜回り先生」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「死ぬまでにしたい10のこと」
 ナンシー・キンケイド著 祥伝社 933円

 明後日からメルマガを発行します。
 どんなメニューにするかというと、わたしが最近会った人の中で「これは面白い!」と思った経営者の紹介、その人のビジネスの極意や裏話、それから本や映画、芝居、ミュージカル、音楽などで感動した話。とにかく、ホームページと違ってクローズド情報だけに、「ここだけの話」に特化してお届けしたいと思います。
 「内緒だよ」「あなたにしか教えない」というとびっきり高感度の情報をプレゼントしますから、お楽しみに。

映画でもヒットしましたね。けど、映画の舞台はカナダ、原作はアメリカ、主人公の名前も違ってます(映画ではアン、原作ではベリンダ)。
 けど、そんなもの、どうでもいいか。

 「買い付けから宣伝まで、すべて女性スタッフに任せた」と松竹の幹部が言ってましたが、その通り、女心がたっぷりです。

 死を宣告されたら、いったい、それまでにどんなことをしたいですかね?
 懇意にしていた龍角散の藤井康夫社長など、「癌で死ねたらいいよ。だって、死ぬまで呆けないもの」と言ってたとおり癌で亡くなりましたが、これも死までの日々にやりたいことをきっちりしたいからでしょうね。
 ある日突然、ぽっくり・・・では、何も遺せないものね。

 ベランダは23歳の女性。3人の子持ち。
 子宮に「未特定の出血」を認め、それがかなり危険な状態であることを知らされると、彼女は家族にもそれを伝えます。
 「切除しましょう」と医者は言います。しかし、ベリンダはこれを拒絶します。自分の身体は自分がいちばんよく知っている。手術をして死期を早めるよりも、残された時間でやりたいことをしたいのだ、と。

 彼女が死ぬまでにしたいことは10ありました。
 1 もう一度洗礼を受ける。
 2 次にシアーズに写真家が来る時に、写真を撮ってもらう。
 3 最低でも3人、ほかの人と愛し合う。
 4 ヴァージル(夫)に彼女を見つける。
 5 子どもたちのために、みんなが21歳になる分までの誕生日のメッセージをテープに録音する。
 6 毎日、子どもたちにアイ・ラブ・ユーを言う。
 7 好きなだけ煙草を吸ってお酒を飲む。
 8 好きなだけ乱暴な言葉でののしる。
 9 言いたかったら、本当のことを言う。
 10 10ポンド痩せて、もっといいヘアスタイルにする。

 つまり、これらの事柄はいままでしてこなかった、やりたくてもできなかったというわけですね。
 原作では、1の洗礼がラストシーンでしたけど、印象的なのはやはり3、7、8、9でしょうか。
 「すべての制約から解放されたい」という気持ちが伝わってきます。

 ベリンダはある日、ヴァージルに内緒で隣町に出かけていきます。音楽が流れるバーみたいなものです。
 火曜日はフリードリンク。その日を狙って行きます。
 ガソリンスタンドのトイレで化粧を完璧に施し、ブラウスのボタンを二つ外す。そして、独身のときに楽しんだダンスをたっぶり堪能し、いろんな男と話をします。

 中でも、店に入ってどぎまぎしていた時に最初に声を掛けてくれたゲーブルに魅力を感じます。
 「君の嫌がることはしたくない」というゲーブル。
 「しなくちゃダメよ」とベリンダ。
 そして、二人は結ばれます。愛し合っている間、「言葉」がいかに燃え上がらせるものかを、ベリンダははじめて知ります。

 「最低でも3人、ほかの人と愛し合う」を「ゲーブルと3回愛し合う」に変更しよう、と彼女は決めます。

 ベリンダはメモに記した「死ぬまでにしたい10のこと」の欄にチェックします。一つずつ線を引いていくのです。

 ベリンダは夫の姉に、「自分と結婚する前につき合っていた女性」について聞き出します。そして、キャンディというガールフレンドが好きだった、という話を聞くや、そのキャンディを探すのです。
 もちろん、理由は、自分が亡き後、ヴァージルにその女性と結婚してもらえればと考えたからなんですね。
 幸い? 彼女は離婚していました。

 どうしてわかったって?
 たまたま、シアーズの食糧品売場に並んでいたら、後ろで話し声がする。
 「あら、キャンディ、戻ったって聞いたわよ。クリフと終わったなんて残念だったわね」

 「もしかして、六年生の時、ヴァージル・ペドローをご存じだったんじゃないかと思うんですけど」
 「そうよ」
 ベリンダはキャンディに自宅に来てもらうことを頼みます。

 ベリンダの行為はお節介かもしれないけれど、それがやっぱりこの世への名残というか、愛する人たちへの思いなんでしょうな。
 少し前、NHKの夜11時からの連続ドラマ「ちょっと待って!神様」という番組がありました。これ好きでよく見てたんですが、泉ピン子扮するおばさん、と宮崎あおい扮する女子高生。
 同時に事故にあった縁で仲良くなりますが、おばさんは死に、女子高生は生き返ります。
 けど、家族のことが気がかりなおばさんは、持ち前の図々しさで神様の使いを説得し、女子高生の身体を借りてもう一度、地上界に戻る。
 そこで、もう一度、家族との触れあいがはじまる・・・というストーリーです。

 このおばさんも家族のそれぞれにものすごく思い入れがありました。期待と不安。思い通りにいかなくてやきもきする。期待を超えて感動する。いろいろです。

 結局、人間は不安と期待という海の中で溺れたり、泳いだりしながら一生を終えるのでしょう。
 150円高。購入はこちら


2 「脚本通りにはいかない!」
 君塚良一著 キネマ旬報社 1900円

 著者は「踊る大捜査線」などのシナリオライターでお馴染みですね。
 その彼が映画評というか、シナリオ評をものしているのですが、この分野は下手すると単調になりがちなんですが、そこを面白くまとめています。

 どうして面白く感じたかというと、シナリオ技術と単行本の執筆技術との違いがよくわかったからだと思います。

 小説は文体で読ませ、脚本はプロットで読ませるものです。脚本は場面から場面へと繋げていく流れがポイントなんですね。
 だから、面白い小説を脚本にした時、それが必ずしも面白いプロットになるとは限りません。
 「小説はあんなに面白かったのに」という映画やドラマが少なくありません。
 
 この人、日芸出身なんですが、元々はシナリオ・コンテストなどに応募しようと考えていたらしいですね。
 ところが、教授から、「そんなことしてる間に、10年後、もしかすると、主人公が食べたり遊んだりするようなドラマが流行ってたりするかもしれないよ。だから、さっさと業界に入ってしまえ」と言われたんですね。
 そしたら、ホントにトレンディドラマの時代になっちゃった。
 著者は業界といっても、彼が門を叩いたのは萩本欽ちゃんのところ。そこでテレビで使うハガキの選択とかいろんなことしてたみたい。

 脚本家というのは、一つの映画やドラマの中で、好きなように「駒」を動かすことができます。味方も敵対する人間も、同じ一人の脚本家から生まれるわけですから、考えてみれば、信念なり、ポリシィを持った上で多重人格者になることかもしれませんな。

 ハリウッドの大作映画の脚本の場合、プロットから初稿、改訂稿、決定稿まで、何人もの脚本家によってリライトされていくんですね。
 セリフが弱ければセリフの得意な脚本家を雇って数週間で直させる。アクションが弱ければアクションの得意な脚本家にれまた直させる。だから、シナリオドクターと呼ばれる直しの専門家もいるわけです。

 結果として、脚本が初稿とは似ても似つかない内容になっているケースもあるわけです。
 たとえば、「トッツィー」という映画(ダスティン・ホフマン主演)など、元々は二流の男性テニスブレイヤーが女装し、ウィンブルドンの女子で優勝するというストーリーだったんですけど、売れない男優が女装して、テレビドラマのスターになってしまうストーリーに変換されてしまったわけです。

 この場合、さすがハリウッドだと思うのは、クレジットの点ですね。クレジットとは著作権ともいうべきもので、映画の中で「脚本○○」という名前が出ますね。ここに出す名前を関わった脚本家全員を載せるわけにはいきません。
 で、裁定委員というのがいて、決定稿に貢献した数人を選んで載せるわけです。

 早い話が、ハリウッドの大作映画では、一人の脚本家の主張が前に出ることはありません。何十億円もの資金を投資するわけですから、そんなリスクをプロデューサーが冒すわけがないのです。

 ところで、ハリウッドで一度、コンピュータで脚本を作ってみようとトライしたことがあったそうです。
 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という作品です。
 ところが、これがまったくダメ。結局、人間が書いたから、微妙に主人公と博士との友情みたいなものが出てきた。これはコンピュータではできない芸当でした。
 250円高。購入はこちら



3 「夜回り先生」
 水谷修著 サンクチュアリ出版 1400円

 魂の書ですな。
 著者は横浜の高校教師。「中華街のそばにある」というから、おそらく、M高校でしょう。
 ただし、昼間ではなく夜間高校で教えています。そう、ここは夜間高校ですもの。
 近くには暴力団の組事務所がわんさかありますよ、ここは。

 元々は進学校の先生。初赴任は養護学校。そこで、大便を漏らした生徒のお尻を洗っていました。「こんなことするために教師になったんじゃないよ」と冷水をかけたら、ある教師から殴られた。
 「この子は君しか頼れない。ほかにはいないんだぞ」
 ホントに恥ずかしく思って懸命にお尻を洗ったと言います。

 進学校に転勤すると、今度は打って変わって楽しい毎日です。教師というよりも気分は生徒。社会科を教えながら、ブラスバンド部の顧問もしていました。
 そんなある日、夜間高校に転勤した友人と酒を飲む。
 「おまえはいいな。勉強のできる生徒ばかりで。俺なんか夜間高校だよ。教育なんてできやしねぇ」
 「そんなことはない」と大口論。
 「じゃ、おまえ、夜間高校の教師ができるか?」
 「できるさ」
 結局、彼は教師を辞めて塾の講師になり、著者は進学校から夜間高校へと異動するわけです。

 この人、教えるだけではなく、「夜回り先生」という呼び名の通り、夜、公園や繁華街のパトロールをしながら、たむろしている生徒や若者たち、暴走族、暴力団などと話し込んでいるんです。

 「私が住む夜の街は、白黒の世界だ。心ときめくような彩りがあったとしても、それは偽りの彩りであって、薄汚れている」

 著者にはたった一つだけ胸を張れることがある、といいます。
 それは生徒を一度も叱ったり、殴ったりしなかったこと。

 というと、「そんなことなら、オレだって」という教師はたくさんいるでしょう。

 この人は半端じゃないの。生徒のかわりに、暴力団との約束で、指、詰めちゃう人なんですね。

 生徒が暴走族に狙われていると聞けば、そのリーダーに会いに行く。
 「本当に一人で来いよ。一人で来なかったら、明日から夜道を歩けなくしてやる!」
 「どこにでも行くよ」

 待っていたのは10人くらいの暴走族。
 文句を言ってもしょうがない。近くのファミレスに行くと、異様な雰囲気にお客は帰ってしまう。
 「見た目は凶暴だけど、席に着くなり、チョコレートパフェ、アイスクリームを注文すると、おとなしくなった」
 そこで、リーダーとじっくり話し合う。
 「わかった。」それにしても、あんた変わってるよ。教師にしとくのはもったいない」

 著者は12年前に夜間高校の教師になりました。
 その時、自分の甘さを痛感する事件があったのです。
 マサフミという高校生との出会いです。
 
 彼はシンナーを4年間、常用していました。
 父親は暴力団員。鉄砲玉として、彼が3歳の時に死んでいます。貧しくとも、母親が幸せに暮らしていたものの、過労で倒れ寝たきりになってしまいます。
 小学校5年生の時でした。

 この親子には生活保護という制度などまったく知りませんでした。
 食事もろくにできない生活が続きます。マサフミはアパートから40分もかかって、コンビニを一軒一軒歩いては、「母さんが倒れて貧乏なんです。もし捨てる弁当があったらくれませんか?」と頼み込みました。
 どこでも断られるものの、一軒だけ、「午前2時に来られるかい? そしたら、回収用のコンテナの上に乗せておくよ」。
 以来、毎日、来ます。

 けど、一食だけでは生きてはいけません。

 学校の給食をもらうようにします。
 「おばさん、犬にあげるんだ。パンと牛乳ちょうだい」
 もちろん、家に持ち帰るわけです。
 教師もだれも彼の家庭環境には気づきませんでしたが、いちばん最初に気づいたのは同級生です。
 いつものようにパンと牛乳を持ち帰ろうとしていると、公園で子どもたちが待ちかまえている。
 「おまえんち、貧乏なんだろう。それ、自分が食べるんだろう?」
 「犬だよ」
 「なら、こうしてもいいよな」
 パンを踏んで潰してしまうんですね。けど、マサフミはそのまま持ち帰って、牛乳と砂糖を入れて母親に食べさせるのです。
 「これ、フレンチトーストだよ」
 
 子どもたちの嫌がらせは続きましたが、それを止めたのは同じアパートに住む暴走族の青年でした。以来、ピタッと嫌がらせはやみます。
 けど、同時に、今度はマサフミがその仲間に入ってしまうことになります。

 母親にしてみれば、暴走族と暴力団が重なって見える。マサフミもそれに苦しむ。
 そして、シンナーに逃げる。

 夜間高校に入ってきたマサフミと著者は出会います。シンナーを止めるように説得します。
 けど、そのたびに約束し、そのたびに破られる。
 「先生んち行っていいか、そしたら、やめられそうな気がする」
 ところが、翌日になると、「先生、またやっちゃった」。
 「先生、やっぱ俺、先生じゃシンナーやめられないよ。この新聞に載ってる病院に行くよ」
 この時、著者はカチンと来たそうです。
 これだけシンナーから救おうと努力しているのに、「おまえじゃダメだ」と言われたような気がしたからです。

 「今夜は先生の家に行ってもいいだろう?」
 「警察と公園パトロールがあるからダメだ」と嘘をつきます。
 「先生、今日は冷てぇよ」とマサフミは何度も振り返りながら呟いたそうです。

 この言葉が彼との最後のコミュニケーションになります。その夜、ダンプカーに飛び込んでしまったんですね。
 幻覚だと思います。光がとてつもなく魅力的に見えたんでしょう。即死です。

 葬式は母親と著者だけ。この時、骨はまったくありませんでした。粉しかなかったのです。
 シンナーでボロボロになってたんですね。
 「シンナーに息子を二回奪われた・・・」

 著者はマサフミが行こうとしていた精神医療センター「せりがや病院」を訪ねます。
 
 「水谷先生、彼を殺したのは君だよ。
 いいかい、シンナーや覚醒剤は簡単に止めさせることはできない。これは依存症という病気だからです。
 あなたはそれを愛で治そうとした。しかし、病気を愛や罰の力で治せますか?
 高熱で苦しむ生徒を愛情込めて抱きしめたら熱が下がりますか?
 おまえの根性がたるんでるからだと叱って、熱が下がりますか?
 病気を治すのは私たち医者の仕事です。無理をしましたね」

 著者には返す言葉がありませんでした。

 「水谷先生、あなたはとても正直な人だから、教員を止めようとしてるでしょう。ぜひ辞めないで欲しい。これならマサフミ君のように、ドラッグの魔の手につかまる若者はどんどん増えるでしょう。でも、教育関係者でこの問題に取り組んでいる人はほとんどいない。一緒にやっていきませんか?」

 雪深い山形で生まれ、物心付いた時には父親はすぐにいなかった。写真はすべて母親が処分していたらしい。その母親は東京で教師をしているため、結局、著者は貧しい祖父母に育てられます。
 こんな生い立ちだからこそ、夜間高校に通う生徒や、繁華街でたむろして寂しさを紛らわしている若者たちが他人事とは思えないのでしょうか。

 父親に暴行を受け続けた少女。リストカッターの少女、不登校、引きこもり、暴走族の少年などなど、問題を起こす社会のはみ出し者。
 しかし、著者にはだれもが「花の種」に見えるという。植えた人間がきちんと水をやれば立派に育つ、というのです。
 350円高。購入はこちら