2009年09月02日「赤塚不二夫展」なのだ。

カテゴリー中島孝志の不良オヤジ日記」

 私の母校の隣にはバカ田大学という大学があるのだ。
 ♪都の西北、ワセダの隣 バカ田 バカ田 バカ田♪ という校歌も有名なのだ。卒業生には「天才バカボンのオヤジ」がいるのだ。

 で、8月26日(水)から「追悼 赤塚不二夫展 〜ギャグで駆け抜けた 72年〜」というイベントが銀座松屋で開催されているのだ。9月7日(月)でサヨナラなのだ。哀しいのだ。サミシ〜のだ。
 
 天才がバカになりきらないと閃かない。ギャグほどセンスが求められるものはないのだ。努力とか素質とかいうものも大事だけど、人間をよおく観察してないとギャグは生まれないのだ。人間てこんな時に悲しんだり、喜んだり、怒ったり、おかしいと思うのだ・・・と悟らないと描けないのだ。

 未発表の貴重な原画がたくさんあるのだ。赤塚漫画のキャラクターも全部登場するのだ。

 トキワ荘時代の写真を見ると、赤塚先生は若いのだ。うんにゃ、石の森先生も若いのだ。みな、若いのだ。どうして若かったのか? 夢を食べていたからなのだ。
 ライバルがたくさんいたりだ。でも、作風とかジャンルが違うからお互いに切磋琢磨できたのだ。デビュー前の作品も公開しているのだ。肉筆同人誌「墨汁一滴」の公開もあるのだ。

 出口では、赤塚ファン垂涎のグッズがずらりと売っているのだ。展覧会の目録はもちろん、パスケースにTシャツに一筆箋も買ってしまったのだ。そうそう、「ココロのボス」のフィギュアも購入したのだ。
 小学生のとき、市川という親友がいたのだ。「ココロのボス」のしゃべり方を真似してたのだ。「ドボジデ?」とかしゃべっていたのだ。これ、「どうして?」という意味なのだ。だから、人一倍、懐かしいのだ。
 懐かしさは哀しさにつながるのだ。ココロのボスが懐かしくて思わず涙が落ちてきたのだ。漫画は愉しいけど、振り返ると、とても哀しいものなのだ。

 赤塚漫画はとても面白くて哀しいのだ。


ココロのボスなのだ。人間?タヌキ? コワモテに見えるのだ。けど、情に篤くてロマンチック、詩人の魂を持つボスなのだ。「もーれつア太郎」に登場するのだ。