2003年11月17日「商売の原点」「商売の創造」「連戦連敗」「落語の世界3 落語の空間」
1 「商売の原点」「商売の創造」
鈴木敏文著 講談社 2800円
アマゾンで買ったら2冊ついてきました。2冊で1セットの愛蔵版でした。
著者はいわずと知れたセブンイレブン(売上高二兆二千億円)、イトーヨーカ堂(一兆五千二百億円−−いずれも2003年2月末)の会長。日本の流通業を革新、また牽引してきた人ですね。
そんな人による「初めての自著」ということですが、もちろん、商売に忙しくて原稿なんて書いてる暇はありません。「商売人が筆を執るようになったらその店は終わり」とわたしは考えています。事実、そんなケースがたくさんあります。商売人は銭を儲けてナンボ、なんです。
ですから、本書も、彼が毎週行っている業務改革委員会での話を編集責任者(流通コンサルタント)がチェックしてまとめたものです。
だからなのか、「日経ビジネス」や新聞などで紹介されてきた内容を超えるもの、新奇なものはどうも見つかりませんでした。
それだけに、逆に言えば、ここから2つのことが見えてきます。
一つは、「大事なことを繰り返し繰り返し語る」ということ、もう一つは「業務のスペシャリストである」ということ。わたしとしては、人生論、経営論が知りたかったのですが、やはり、セブンイレブンのフィールド・カウンセラー(地域セールス担当員)を相手にしたものですから、どうしても業務内容の徹底という話に偏るのも無理はありません。
「商売はやはりブランドビルディングである」
結論としては、そんなことを言いたかったのではないかと思います。
「お客さんのために」とはだれもが言いますけれど、これはなかなか難しい。また抽象的で、その具現化にはいろんな方法があると思います。
たとえば、彼が展開してきたサービスを考えてみましょう。
おにぎりなんて、従来、スーパーにはありませんでした。いま、どこでも扱ってるでしょ。それに、レジ横のおでんもそう。ATMの導入、1日3便態勢の徹底、公共料金の収納サービスなどもそうですね。
マネジメントとしては、POSシステム、単品管理、ドミナント戦略、牛乳共同配送などなど、業務革新を徹底的にやってきました。
これらはすべて、従来の常識、商慣行を破壊するものでしたね。
なんのためにこんなことをやったのか?
一言で言えば、これが「お客様のため」ということです。言い換えると、「他社との差別化、絶対化」ということですね。
どうすれば、他社と差別化できるかと言えば、簡単なことです。ほかではできない、やってないことをすればいいだけのことです。
でも、それは常にサービスする側としては、ハードルが高いことです。しかし、このハードルを下げようとするから、サービスがお客に伝わらない。サービスを伝えようと思えば、ハードルを自ら高くしていかなければなりません。
このシンプルな法則にこだわってきた。その違いでは無いかなあ。
「いまの時代は、お客に意見がない」と言います。
お客はたくさんの商品の中から選択する作業だけ。だから、提案しないと受け容れて貰えないということかもしれません。
では、どう提案すればいいのか。そこが問われてきますね。
たとえば、おにぎり一つにしても、「値下げ」より「こだわり」を全面に出した提案方法があります。ハンバーガーなどの外食産業に対抗するためには、おにぎりの値段も一個百円以下でなければ売れないと考える人もたくさんいました。しかし、逆に厳選素材で付加価値を高くして百六十円でも売れるものを提供しようという考えもありますね。
そして、セブンは後者で成功してきました。
イトーヨーカ堂では、羽毛布団を扱っているそうですが、一万八千円と五万八千円の商品を置いていたところ、高いほうはあまり売れない。
ところが、ここに三万八千円という中間価格の商品を入れた途端、五万八千円の布団がもっとも売れるようになったのです。
これをどう解くか?
経済学では説明がつきません。これは心理学的な問題ですね。一万八千円と五万八千円の二者択一では、あまりに差が開きすぎているから比較検討にならない。だから、どうしても安いほうに手が伸びる。
ところが、ここに中間価格を入れると三者の比較がしやすくなるわけです。
比較というのは、2つのほうがしやすいかと思っていたのですが、どうもそうではないようです。
これもやはり、ヨーカ堂で卵に日付を入れて売るようにした時のこと。
「こんな鮮度を気にする商品に日付を入れて売れ残ったらどうするか?」と議論になったそうです。
しかし、これも日付を入れてから売上がグンと伸び、在庫ロスも減ったのです。
セブンイレブンといえば、POSシステムが有名ですが、これはいま、一週間単位でチェックしていると言います。以前は4週間単位で商品ごとに管理していたんですよ。でも、それでは売れ筋商品、死に筋商品の対策がいずれも後手後手になってしまいますからね。
POSシステムでは売れ筋商品はわかりません。これは死に筋商品を排除するための武器。少しでも売れる確率を高めるための手段なんですね。
「冷やし中華は梅雨明け前までは気温の上昇と比例して売上が伸びるけれども、梅雨明け後は、気温とは関係なく、売上があまり伸びない」と業者から聞いて調査すると、その通り。七月下旬をピークにして、あとは落ちていく一方でした。
さて、とことん調べてみた結果はどうだったか?
「これは気温との関連ではない、お客様の飽きによる現象である」
そこでこれまでの冷やし中華とは違った冷たい味噌ラーメンを開発して販売したところ、売上がグンと伸びていったんです。
「季節ものだから売れない」ではなく、「もう飽きた」から売れなかったわけです。
「前年によく売れたもので、翌年も引き続き売れているという商品は、全体の3割もありません」
売れる商品の7割はどんどん入れ替わってるんですね。
「いま、売上が伸びている商品はほとんどが新しい商品です。定番商品に頼っていたら、先細りするばかりです」
マーケットに対して関心の薄い人が、頭の中だけでああだ、こうだとこねくり回してもやっていけるわけがない。とことん考える熱意がないと、仕事にはなりません。
まして、いまそこに横たわっている問題すら解決ではなくて、いたずらに新しいものに挑戦したり、むやみやたらに広げても、成功はしませんな。
やっぱり、商売は好きで好きでたまらない人でなければ成功しませんな。
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2 「連戦連敗」
安藤忠雄著 東大出版会 2400円
建築家の本ですから専門用語がそこかしこに出てきます。登場人物についても、わたしには聞いたこと無いなぁ、どっかで聞いたかなぁ、といった程度。まっ、脚注がしっかりしてるんで、読みやすいですけどね。
1942年 大阪生まれ。
69年 安藤忠雄建築研究所設立。
87年 エール大学客員教授。
88年 コロンビア大学客員教授。
90年 ハーバード大客員教授。
97年 東大客員教授。
それにしても、エール大学の教授に就任してから、10年経ってようやく日本の大学に招聘したんですな。フットワークが遅いなぁ、やっぱり。
で、本書は東大大学院で行った連続講義(五回分)をベースにまとめたものです。
連戦連敗というタイトルは、著者が建築家としてスタートしてから三十年間、コンペ(建築設計の指名競争)に連戦してきた歴史を示すものです。
「思い通りに進んだことは一回もない」
現実と諸条件との兼ね合いで、折り合いがつかずに仕事が行き詰まってしまい計画中断ということが少なくなかったとか・・・。
コンペというのは公開コンペ(応募自由)という形のものもあれば、何人かが声を掛けられ、その中で競争というケースがあります。
ライバルはたいていいつも同じ。たとえば、レンゾ・ピアノ、スティーブン・ホール、ジャン・ヌーヴェルをはじめとした30人程度の人間。ところが、これらの人があちこちのコンペでいつも鉢合わせするわけです。
同世代、しかも互いに顔見知り。互いに互いのことを熟知しているから、自然と、彼らを意識して戦略を練ることになります。
安藤さんといえば、高校卒業後、ボクサーをしたりして、独学で建築をマスターした苦労人として有名ですね。どんなに食べられなくても、知識欲だけは高く、食事を一回抜いても本を買って勉強していたと言います。
勉強もハングリースポーツですよ。
コンペについては、実は安藤さんは自分の事務所でも行ってるんですね。もちろん、自分自身も対等の立場でアイデアを提出します。事務所はスタッフにとって、独立するための修業の場なんです。
彼らにもゼロから考える機会を与えなければいけない。事務所は仕事の場であると同時に、人を育てる場でもあるのです。
まず、プログラムや敷地状況など、必要条件を記した要綱を回覧します。提出期限を定めて、全員の案が出揃ったところで、安藤さんとプロジェクトの担当者とで批評をはじめます。これは実際のコンペとまったく同じ進め方です。
この方法が有効な理由は、与えられた条件の中で建築可能な計画がどれだけあり得るかを抽出するのにメリットが大きい点です。
しかし、選ばれたアイデアがそのまま実際の計画に移されることはありません。
たいていは、安藤さんが考えたアイデアで進められていくのです。スタッフの提案にしても、彼の考えが必ず盛り込まれていきます。
それは彼の事務所であるから、というだけではなく、建築のリアリティの問題。つまり、現実と虚構のバランスの点で優れているからです。建築技術の優位性という問題ではなく、彼自身がクライアントと顔を合わせている、あらかじめ、敷地を訪れて実際に見ているというポイントが大きいのです。
百聞は一見に如かず、百見は一験に如かず・・・です。
結局、発想する力、構想力とは、このリアリティをどれだけもって臨めるかで決まります。情報メディアを駆使して膨大なデータを集めようとも、ただ一回の実体験には適わないのです。
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3 「落語の世界3 落語の空間」
川添裕著 岩波書店 3000円
いよいよ、このシリーズのラスト。完結編です。
しかし、このシリーズ、3冊で9000円ですよ。アマゾンのユーズドに出品したら、先週、さっさと全巻売れてしまいました。
あんたも好きねぇ・・・。
ところで、本書のタイトルになっている「落語の空間」って、いったいなんでしょうか?
席亭?
そう、それ。あたりです。
けど、いち落語ファンとしてわたしは思います。いまや、席亭にお客に落語を届けるだけの編集パワーができるのかどうか・・・ということを。
たしかに、席亭は昼から夜九時頃まで1年362日ほどやってます(年末のみ大掃除、というか新年の準備で休み)。鈴本ならば一年中やってます。
けど、お客が入っているのは初席、二の席のみ。あとは閑古鳥です。まっ、浅草演芸ホールは土日の昼席は入ってますけどね(夜席はそうとう空いてます)。
でも、たとえば、かつて志ん朝さんが登場する、いまなら、小三治師匠、小朝師匠が登場するとなると、その時だけは混みます。けど、降りた途端にお客も帰ります。
定席は落語家を育てる舞台です。けど、そこにお客がいないんです。
一連のトラブルで、定席に出ない立川流の一門は、自ら、舞台を喫茶店や夜遅くのホールや劇場に求めました。たとえ、談志さんという金看板があろうとも、泡沫候補の選挙活動のように地べたを這いずり回って独自にお客を開拓してきました。
それだけに、実験的な落語にも果敢に挑戦してきました。
これはおそらく、定席が与えられてきた落語家とは、違った危機感があったと思います。
なにしろ、金看板が無くなった途端に、一門が路頭に迷う可能性すらあったわけですからね・・・。
いま、日本武道館とはいわないまでも、三千人くらいのキャパのホールを発売数時間でチケットを売り切るのは、数人しかいないでしょう。
本書には、その代表的な落語家である立川志の輔さんがインタビューに答えています。
彼など、二十年間、寄席を知らない噺家としてありとあらゆる場所で落語会開いてきた、言ってみれば、ゲリラのようなものですからね。
それだけに、なかなか読み応えがあります。短いけれども、彼のどの本よりも深いことが書かれていると思います。
たとえば、「根津神社の境内でも、俺が喋ればそこが武道館にでもカーネギーホールにでもなるんだ」という師匠談志さんの心意気というか、自信。
たとえば、「古典落語を一度バラバラにして、あらためて、『いったい主役は誰なのか』『テーマはなんなのか』というところからはじめてみたら、これが面白い」と気づいたというんです。
たしかに、「井戸の茶碗」というネタをCDでもってますが、スポットライトを二人の武士ではなく、間で右往左往する屑屋さんに当ててますものね、この人は(この噺は気分が良くなります。癒しのネタです)。
また、柳家喬太郎さんなどのように、定席に登場する回数がベストファイブに入りながら、独自の世界を広げるために独演会を積極的に展開している落語家が若手には少なくありません。
落語家というのは、一代限りの芸です。一人ブランドの世界なのです。こぶ平さんがいきなり正蔵を継いだとしても、期待料を込めて見ているのです(わたしは彼の古典落語が大好きです)。親の七光りが通用しません。上手、名人といわれた人はみな、独自に芸を磨いてきたのです。売れるか売れないか、面白いか面白くないかは、本人の努力にかかっているのです。
それだけに、果敢に挑戦する姿勢は芸の肥やしとして高く評価すべきですし、定席だけにとらわれずに新しい自分を開発していかなければ、生き残っていけないでしょう。
さて、本書です。
三巻のうちで、本書がいちばん面白いんじゃないかなぁ。
いきなり、篠山紀信さんたちのカルテット談だもの。
この人、写真家というよりも噺家なんだなぁ。中学生の時から、八代目桂文楽(黒門町)に弟子入りしてたんですね。芝中学の学生だから、桂文芝(ぶんし)だって、名前が。桂芝楽(しばらく)のほうが面白かったんじゃないかなぁ。
ほかに横沢彪さんが絡んで、面白いのなんの・・・。
彼らに言わせると、落語のマーケットというのは、マキシマム五千人らしいですね。
だれか有名な落語が亡くなったりしてニュースになると、もうちょっと広がる。まっ、無党派層とでもいうんでしょうか・・・すると、どっと広がる。
いま、小学生に「寿限無」が流行ってますが、これ、学校寄席では定番の出し物なんですね。で、こんなのがあるから、小学生に受けない。
そんな子どもが育つと、「落語? あぁ、あのつまらないやつ?」となるわけ。落語がつまらないんじゃなくて、その落語家が下手でつまらなかったというわけです。
いま、NHKのおかげで、この「寿限無」がバカ受けでしょ。小さんの孫の花緑さんが
CD出してますものね、売れてますよ、これ。わたしも持ってるもの。
うちのチビなど、小学三年から定席に連れてってましたけど、やっぱり、面白くて大笑いしてましたよ。けど、トリの噺とかなると人情噺はやっぱりわからないからキョトンとしてましたけどね。若手の落語はめちゃくちゃ受けてました。「寿限無」なんか、三回聞いた覚えちゃったものね。
もっと難しいネタというか、複雑なネタでも受けると思うし、新作なんかはバカ受けするでしょうな。ストーリーの展開が想像できる脳みそがあれば、小学生にも必ず受けると思う。喬太郎さんや彦いちさん、白鳥さんなんか、長井秀和や鉄拳より面白いもの。
いま、ダウンタウンやうっちゃんなんちゃん、ナイナイ、ロンブーなんか、笑わないだろうね。楽屋ネタばかりでつまんないもの、彼ら・・・。
また、地域寄席の代表の方が寄稿してます。
いま、全国に250〜300きらいあるらしいですよ。地域寄席。
これはたとえば、知人の落語家にコネを頼って登場してもらうような落語会ですね。ビジネスマンのための勉強会を落語会にしたようなものです。
全国レベルで落語を聞くだけじゃなくて、呼んじゃおうという人がこんだけいるということですね。
今度、わがキーマンネットワークでもやっちゃおうかな。
すると、このわたしは晴れて「席亭さん」になってしまうわけです(ますます、やる気になってくるぞ!)。
皆さん、持ち出しでやってるみたいですから、これはビジネスマンの勉強会とノリも実績も同じようなものですね。
シリーズのトリは、いま、都内にある席亭4人によるディスカッションです。だから、「落語の空間」なんですな、このタイトル。
飛び出すのは愚痴、苦情から、思い入れ、マーケット戦略などまで幅広い放談です。かつての映画館同様、いい時代は過ぎました。あとは使命感でやってるのかも知れませんが、やりようによってはまだまだお客を呼べるでしょう。その「やりよう」を各自が死にものぐるいで練っているのです。
落語は構造不況かもしれません。あれだけ売れっ子の志の輔さんでも、ライブは赤字だというのが公式発表です。
さて、これからどうするのか? 幸か不幸か、当事者ではないわたしは傍観するばかりです。
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