2003年11月10日「激動を奔る」「会社再生 アンタ、覚悟はできてるか」「落語の世界2 名人とは何か」
1 「激動を奔る」
高柳肇著 日経BP社 1500円
なかなかいい本です。
まず内容がいい。著者はIBMで伝説の営業マンと呼ばれた男。そのまま行けばトップにまで登りつめたかもしれませんが、あっさりタンデム社に転職。そこで日本法人の社長を務めます。この会社がコンパックに合併され、そこでもまた日本法人の社長をし、そしてまたまたこの会社がDEC、そしてHPに合併されて、またまたそこで日本法人の社長を務める。もう合併につぐ合併につぐ合併という希有な経験をします。
それだけでも面白いのですが、トップ営業マンとしてのエピソードが満載。これがまた面白い。
また、次に作り方がいい。著者は高柳さんというその伝説の営業マンですが、狂言回しは中島洋さん(日経新聞の元記者、いまは大学の先生)がしています。ですから、エピソードに関する解説や背景などがわかりやすく語られる。
つまり、登場人物の声だけではなく、ト書きがきちんと語られているから、理解度が深いし早いということです。
この二点がなかなかいい。
天下のIBMを転職した理由は、やはり昇進を続けていくと外資系特有の限界があることを感じたからでしょう。それは、本社がすべてをコントロールし、日本法人はたんなる出先機関で重要な意思決定がほとんどできない、という点です。
そこでスカウトが来ると、冗談で「日本の人事・組織に対して、アメリカ本社は口を出さずに全面的に任せること。経営者に対する評価は一つ、P&Lだけですること」というのですが、
こんなことは、当時、外資系企業ではほとんど認められません。それを承知でいってみたのですが・・・そんな会社が現れてしまったのです。
それがタンデム社です。
どうして、そんなに簡単に認めてくれたのか?
シリコンバレイの新興企業として十数年の経験しかないから、なんのことはない、現地法人、とくに日本の管理など無知だったのです。
それが幸いしました。この会社の日本法人は当時、従業員40人、売上10億円。もちろん、赤字決算。
それが、彼の社長就任から五年で400億円にまで増えます。
彼が就任するまで、タンデム社は典型的なアンダードッグ企業でした。
この会社の持ち味はタンデムという名前の通り、二頭立ての馬車のように、コンピュータも計算処理機も電源も磁気記憶装置もすべて二系統持っている、というのが強みでした。これは世界にまたがる巨大企業やネットワークが生命線のサービス会社にはセイフティネットになりますから、リスクを軽減できます。
こんなに付加価値の高い技術があるくせに、契約でIBMと競合していると聞くだけで戦意を喪失してしまうのです。
しかし、元、IBMのトップ営業マンである彼には、その強みも弱みも十分にわかっている。すなわち、手の内がわかるわけです。
「絶対にこちらのほうが強い」
その通り、手本で見せていくうちに営業マンの意識がどんどん変わっていくのです。とくに日本の名だたる企業からオンライン・ネットワークの受注を、IBMの数倍も立て続けに取ったことには社員も自信を深めたのです。
「勝てるレースを選べ。IBMはベンツかもしれないが、タンデムのマシンはレーシングカーだ。しかも故障のまま、コックピットに入ることは絶対無いマシンだ」
アメリカ本社では、「日本に学べ」が合い言葉になっていました。決算会議で居眠りを始めると、あちらこちらから枕と毛布を差し入れてくる、というほどだったそうです。
ところで、コンパックは巨大企業です。それに反して、タンデム社はまだまだ小さい。
しかし、この合併はタンデム社のほうからの提案だったのです。コンパックによるたんなる吸収合併ではありませんでした。
それは顧客の違いが付加価値になっていたからです。タンデム社の魅力であり、売りはビッグネームばかりを顧客にしているという実績だったのです。また、日本法人が成功しているということも売りの一つだったことは間違いありません。
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2 「会社再生 アンタ、覚悟はできてるか」
桂幹人著 講談社 1700円
前著「儲からんのはアンタのせいや」「アンタがやったら、もっと儲かる」に続く第三弾。
内容は著者のセミナーに参加する企業経営者のルポ。それと、最後に著者によるポイントの解説といったスタイルです。
ところで、年間一千人以上の経営者と会うらしい。すると、お国柄というか、土地土地の景気が体感できる、という。北九州はたしかに景気が悪い。けど、めっぽう元気なのだという。東京、名古屋もそう。
ところが、大阪、北海道、東北はかなりシビアだという。
「大阪の金払いの悪さときたら、こちらが恥ずかしくなるほど値切ってくる。これでは、一所懸命に仕事をしようという気持ちも萎えてくる」という。この気持ち、よくわかります。
こちらの付加価値の目利きができない。そんなのは、こちらから願い下げでしょう。
まだ旧態依然とした価値観のまま。政治家頼み。頭の中身がまだ民営化できてない証拠です。
経営でもっとも重要なポイントは二つ、すなわち、「売りは何なのか?」「売上と利益をいくらにしたいのか?」ということです。
できてますかぁ?
企業再生というキーワードを見ない日はありません。本書は企業を再生するというよりも、経営者を再生するというニュアンスの本です。
経営者を再生するポイントとは、考え抜かせることにあるのでは? そして、具体的に活性化策を提案させる。もちろん、数字をつけてです。数字に裏打ちされないマネジメントはありません。
参考までに、ロジカル・シンキングという言葉が流行してますが、これは説得力溢れる文章構造などではありません。数字に裏打ちされた事実を話せばいいだけのことですからね。
さて、著者の再生のポイントは一つだと思います。
それは「売り」をとことん考えること。そのためのありとあらゆる方策を考えさせること、にあります。
中小企業、零細企業の場合、売上が絶対的に足りないんです。しかも、その方策となるとてんで弱い。アドバイスするコンサルタントは、コストのかかることばかり言う。すると、よけい、踏み切れない。結果として、じり貧になるという構図ですね。
経営者の中には、どこかで自分に甘い人が少なくないのかもしれません。
「懸命にやっている」
しかし、方向性と具体的な方法論がなければやはり空回りするしかありませんね。著者はそこを軌道修正してあげよう、としているのかもしれません。
中小企業、零細企業はあれもこれもできるわけがありません。やはり、レビンやコトラー、あるいはウェルチが指摘したように「強みに賭ける」しかないんです。
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3 「落語の世界2 名人とは何か」
山本進著 岩波書店 3000円
先週、紹介したシリーズの第二弾です。
本書に登場するのは、小沢昭一さん、野村万之丞さん、そして桂文珍さんなどです。
名人芸についてディスカッションしたり、インタビューしたり、論文に書いたりといろんなスタイルで楽しめる本です。
桂枝雀という落語家がいました。
いま、CDはともかく、DVDが発売されているのは、この人と先週紹介した米朝さんと談志さんくらいでしょ? わたしもいくつか持ってます。
お弟子さんのも持ってますし、東京で一門の落語会がある時はたいてい参加してます。
文我さんの落語、好きですな。とくに「盆唄」。あれは傑作です。
本書のメリットは、いま、「落語作家への道」というセミナーに参加している受講生の立場としては、この枝雀さんの新作落語作家をつとめていた小佐田定雄さんが掲載されていたことでしょう。
落語家が作家から新作の台本をもらう。実際にこの中で噺になるのはどのくらいの比率だと思いますか?
全体の1割から2割しかありません。これでも多いほどですね。
これはほかの落語家さんに聞いても、そんなものです。台本は落語家が噺して、ようやく落語になるんです。ですから、本質だけチョイスして、あとはがらりと換えられてしまうことが少なくないのです。
では、枝雀さんの場合はどれくらい換えられたのか、また、それは作家としてどんな気持ちだったのか、ということについて、本人でなければ書けない内容が吐露されています。
落語家と作家との距離感というのはこういうものなんだ・・・と勉強になりました。
文珍さんの落語は正直、あまり好きではありません。といっても、この人のCDはすべて持ってますけどね。
本とCDは中身がまったく同じです。タレント稼業で多忙なために、CDから単行本化したんですな。
どうして、面白くないのか?
三枝さんも好きじゃないんですが、同じようなスタイルだからでしょうな。どうして、上方落語の良さである関西弁を控えるんでしょうね。吉本の芸人が標準語でしゃべってたら、気持ち悪いのと同じではないでしょうか。
せいぜい許されるのは、浜村純さんと上岡龍太郎さんくらいでしょ。でも、これは京都弁か。
文珍さんはマーケティングがきちんとしています。そこが売れる要素なのでしょう。
たとえば、三枝さんと同じように新作落語に比重がかかっても埋没してしまう。
「わたしが同じことしても、食うていけまへんやろ」
たしかにそうです。
「違う畑を耕さんとね」
たしかに。
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