2002年08月12日「独創力を伸ばす人 伸ばさない人」「欲望する女たち」「わたし、へんでしょ?」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「独創力を伸ばす人 伸ばさない人」
 軽部征夫著 祥伝社 1300円

 著者は東大名誉教授、というよりも、東大最先端技術開発センターを作った人であり、日本のバイオセンサーの第一人者です。いま東京工科大学バイオニクス学部を創設し、先日も朝日新聞に1ページ写真入りでデカデカと広告が出てましたね。

 来月、9月10日開催する「キーマンネットワーク定例会」の特別講師でもありますよ。

 やっぱりユニークな人ですなぁ。

 技術開発の世界で仕事をしていると、日本と欧米の質の違いがはっきりとわかります。
 「日本は長期レンジ、欧米は短期レンジで物事を考える」と思いきや、これがまったく逆。日本は短期、欧米は長期に取り組むんですね。

 軽部さんが東工大に新任教授として赴任します。このときも42歳で就任するや、年齢的に早すぎる」と学内外で物議を醸したそうですが、ちょうど、イギリスのクランフィールド大学から派遣された学生がいました。
 21歳くらいですが、博士課程の最後の研究を軽部さんのところでやろうとしたわけ。
 そこで研究テーマに対して、ほかの学生同様、その手順や方法を懇切丁寧に指導したわけ。ところが、この人、ぜんぜん動こうとしないんですね。
 日本人なら、テーマが与えられたら、すぐにスタートしますよ。でも、彼はまったくやろうとしない。

 で、時々、フラッと訪ねてきては、「教授のアイデアは何に由来しているのか?」「あの装置はどういう原理なのか?」とばかり聞いてくる。やがて頻繁に訪問してくるようになると、今度は、「あなたの方法とは違うけど、こんな方法でわたしはチャレンジしてみたい。知恵を貸してくれ」と言い出す始末。
 そこに到るまでに半年過ぎてるわけ。
 ところが、これが彼のオレジナリティの源泉なんですね。満を持して取り組むまで、自分独自の研究かどうかを吟味してるんですね。

 日本の戦後を支えてきたのは、実は短期促成栽培回収システムであり、こういうオリジナリティを重要視する方法ではありませんでした。だから、「ライバルよりも先に早くカタチにしろ」と発破をかけられる技術者、研究者はたくさんいたはずです。
 でも、いま、これに類することがすべて曲がり角に来てるんです。
 
 このスタイルは大学でも同様です。研究者は大学にきた翌日から仕事が待ってます。
 もう作業員の一人に組み込まれてしまいます。研究者は組織の一員であって、与えられたテーマを忠実に処理することが求められてきたわけです。
 
 「イギリス人が発見し、アメリカ人が論文に書いて発表し、日本人が製品にする」
 こんな「日本人の技術タダ乗り論」が長年、揶揄されてきました。

 でも、たとえば、ノーベル賞。その生命科学分野一つとっても、アメリカの研究者数は日本の2倍、研究費はなんと4倍です。2倍の人間が4倍のお金を遣ってるんですから、10年分くらい、水をあけられるのも当然といえば、当然かもしれません。

 実は、日本と欧米とでは、子どもの教育方法からしてまったく違います。
 そして、それが独創力の開発に与える影響がものすごいんです。
 たとえば、彼がアメリカ留学中に、子どもが幼稚園に入りました。行ってビックリ、何カ月経っても一向に授業が始まらないんです。子どもたちは勝手にパラパラと好きなことをしてるだけ。
 「高い月謝を払ってるのに、けしからん」と、3カ月目に思い切って文句を言った。

 「いったい、どんなカリキュラムで教えてるのか?」
 ところが、その回答を聞いて唖然、呆然。ニッコリ笑って、「ノー・カリキュラム」と言うではありませんか。これにはたじろいだそうです。
 「カリキュラムなどありません。わたしたちは、その子が何に興味を持つかを見つけるてやるのだ」
 7〜8人に1人の教師がついて、子どもたちの間を歩きながら、「それはこうしたら?」とか「こう描いたら」とアドバイスするに徹っするんです。彼らは3〜4歳の子どもに「自分が好きなのは何か?」「自分らしさとは何か?」を発見させることが教育の目的としていたんですね。
 自分で自分の個性を発見する。そのサポーターであり、アドバイザーなんです。
 
 その後、日本に帰ってくると、このカルチャーギャップのおかげでトラブルが発生します。
 幼稚園の先生から呼び出しを受けたんです。
 「おたくのお嬢さん、色盲じゃありませんか?」
 どうも、真鯉のお絵かきをするとき、彼女はムラサキ色で描いたらしいんです。みんなは緋鯉は赤、真鯉は黒で描いていた。これが「常識」ですもんね。
 でも、この常識は日本の従来の教育における常識ではありませんか?
 アメリカ流の教育では、「自分のフィーリングで色を使うこと」が求められますものね。
 
 日本は「偉大なる常識人」という名の平凡人を生み出す仕組みがそこかしこに張り巡らされているようです。製品作り同様、規格外に外れない人間作りののためには最適の教育かもしれません。
 でも、こういう教育からはピカソもミケランジェロも生まれないでしょうな、絶対。
 みなさん、9月10日の「キーマンネットワーク定例会」、ぜひ参加してね。
 300円高。購入はこちら


2 「欲望する女たち」
 久田恵著 文藝春秋 1500円

 この著者の本、好きなんです。取材がかなり深くえぐってるからだと思うんだよね。
 たとえば、「繁栄TOKYO裏通り」「ニッポン貧困最前線」「フィリッピーナを愛した男たち」(いずれも文春)も面白かったです。
 
 ところで、この本、タイトルだけ見ると、あっちの部分を期待してしまいますが、サブに「女性誌最前線を行く」とある通り、今時の女性雑誌の特集ページから類推して、「いま、オンナたちはこんなことに関心がある」という興味、関心、欲望の対象を赤裸々に取材しまくっているのです。

 「もう、女たちはだれからも啓蒙されたくない。だれからも説教されたくない」

 で、これがやっぱり面白い。はちゃめちゃ突撃取材なんだよね。よく、やるわ。尊敬する。この人なら、アフガンでも大丈夫。

 いずれも実際の女性誌の特集記事なんだけど、どれもトレンドになっているものばかり。
 たとえば、「ダイエット」「テレクラ」「不倫」「女子大生の就職戦線」「出産」「お受験」「DV」「チャイドル」「主夫」「昼カラオケ」「パチンコ狂い」「精子銀行」などなど。
 テーマが抜群。で、これらの現場を克明にレポートしてくれてるわけ。
 
 全体を通して言えることは、女性がどんどん素直になってるということですかね。言葉を換えれば、欲望に正直になってるということ。
 「自己実現」なんて臭いキーワードは、80年代初頭のものだそうです。
 で、いまや、「女性の自立」なんてメンドくさいのはオサラバ。もう、雑誌はどれもこれも商品カタログになっちゃってます(そういえば、かく言うわたしも家庭画報の通販はよく利用してるなぁ)。
 
 たとえば、テレクラ。
 全国52支店を持つ大手テレクラチェーン店に、著者は午後4時に取材敢行。
 でも、「お客さん、人妻がよければ、こんな時間に来てもダメダメ。人妻ってのは、男が暇なときは忙しく、男が忙しいときに暇なの。朝イチで来なけりゃ。朝10時、もう電話はバンバンで待ち時間なんてないですよ」だって。

 それにしても、テレクラというビジネスはつくづく凄いと思う。これは世界に冠たるビジネスモデルではないでしょうか。
 だって、男性客からは入場料を取る一方、女性の電話代は無料。
 店にとって、客は男だけなのよ。女性はタダで協力してもらってるわけ。いわば、アウトソーシングの典型的ケースだよね。これって、「電話見合い」というか、「メルトモ」の電話番でしょ。悪く言えば、実質的には売春・買春斡旋代行みたいなもんかもしれないけど、ビジネスとしての仕組みは見事。
 こういうビジネスの仕組みをもっともっとほかでできないか。それを考えたら、あなたは財を成せると思うよ。
 
 「出産ビジネス」のところで笑ったのは、少子化の影響でこの分野はどんどん女性の意見が強くなってるそうで、「生む、生まないは女の権利」ってな時代だそうです。
 で、自然分娩がものすごい勢いで流行してるわけ。
 普通の病院の場合、流れ作業でどんどん生ませないとベッドも足りないし、作業(手術っていうのかなぁ)上もカンバン方式がとりづらいからからか、無理やり、陣痛を起こさせたりするじゃない?
 自然分娩の場合は、これがありません。
 出産に対して、無理な体位を取る必要もない。水中出産だとかね。イキまないでいいわけよ。出るときに出す。これが極意というか、哲学なんです。
 で、いまや、聖路加、愛育、聖母といった名門産婦人科病院などでは、陣痛、分娩、回復といった妊婦の三要素をすべて一箇所(というより一つの病室)で完璧にこなしてしまうシステムも設備も調っているんですね。
 木更津の「ロイヤルクリニック」には、ブランド好きの妊婦用に「シャネルの部屋」とか「ヴェルサーチの部屋」まで完備してるって。いやはや、驚きました。
 それにしても、陣痛を英語で「labor」っていうことは知らなかった。まっ、女性の身からすれば、「労働」だわな、たしかに。こんな労働ならば、したくないのもわかるし、「シャネルの部屋くらい入れてもバチは当たらないでしょう」という男性が増えるのもわかる気がします。
 でも、出産というのは命がけで行う妊婦も少なくありません。わたしは労働は労働でも「聖なる労働だ」と思うよ。 

 「精子銀行」のところで、ちょっと紹介しておきたいところがあります。
 それは精子銀行をオープンした経営者の発言なんだけど、この人、マスコミからガンガン叩かれたらしいね。
 「エリートの精子ばかり集める」
 「ブランド精子に群がるシングル女性」なんてね。
 でも、現場は違うみたい。
 「主人と同じ血液型、体つきや容貌など、外見も似てること」っていうニーズがことのほか、強いそうです。これはね、将来、子どもが大きくなって、「どうして、ボク、パパに似てないの?」って言われるのが怖いからですね。子どもに感づかれるのが怖いんです。
 たしかに、そうかもしれません。
 200円高。購入はこちら


3 「わたし、へんでしょ?」
 藤山直美著 バウハウス 1400円

 まさに「身辺雑記」ともいうべき1冊。
 エッセイでもなし、文芸書でも無し、なんといっていいのか。やっつけ仕事という感がしないでもないし・・・。
 長い文章に限って、必ず、うまいもん屋の紹介。プロの目から見ると、もっと聞きようがあったものを・・・と残念でなりません。まっ、本職じゃないし、大阪松竹座の「十三回忌追善公演『桂春団治』」が成功したから、まっ、いいか。
 これでエッセイまでバカ売れしたら、世のエッセイストの立つ瀬がなくなりますもんね。

 最後の最後に、おやじ、寛美さんの話がチラと出てきます。そこがキラリと輝いてました。
 「そうか、それが目当てで買ったんだ」と気づく始末。
 
 曰く、
 「お金、稼ごうと思ったら、おしっこに血ィ混じらんとムリや」
 「100万円稼ぐのは簡単やけど、全部払った後に100万円遺すのはむずかしいで」
 「人間は裏表いらんけど、お札は裏表つかえ、馬鹿モン!」

 「そこまでわかってた人が、あれたけの借金をしたのはなんでやったんかなぁとも思います」というのには、笑った。

 著者は京都の山科育ち。学校は京都女子大の付属からエスカレーターです。
 だから、「イノダのコーヒーは三条店のカウンターに限る というのは同感です。わたしも4年、京都に住んでましたけど、ここはよく通いました。とくにモーニングは美味しかったなぁ。いまでも京都に行くと、朝はここで新聞見ながらコーヒー飲んでます。
 ホントはコーヒー飲めないんですけどね。ここだけはコーヒー飲んでるな(半分は残すけど)。
 
 この前、大阪に行ったんですけど、法善寺横丁で食事しました。著者がお勧めの「ほてい」のてっちりは最高らしいですな(わたしは行ったこと無いけど)。
 ところで、「法善寺横丁」という看板の字が、寛美さんの手によるものだとはチートモ知りませんでした。

 著者はかなりの食い道楽らしく(外見から察することができそう)、いろいろとうまいもん屋を紹介してます。
 順不同に紹介すると、ミナミの「乃呂」という洋食屋さん。ここは見たことだけはあります。新地にある「耶馬村」のたまごかけご飯(ウマソー!)。鯖寿司の「いずう」(これは京都。焼いても美味しいよね)。心斎橋の「福寿司」の巻寿司。巾着寿司なら「本二鶴」
 どれこもこれも美味しそうですなぁ。わたしは新地の「デボン」というステーキハウスが好きですけどね。

 あっ、ここで言っておきますけど、9月から「中島孝志のB級グルメ」というコーナーを一つ増やします。
 安くて美味い店を紹介するものですが、混み合うと大変なんで、店名は出しません。行き方についてもヒントを頼りに訪ねてみてくださいね。とにかく、大推薦のうまいもん屋を紹介しましょう。
 180円高。購入はこちら