2002年08月19日「大失敗からのビジネス学」「研修医 純情物語」「独創力を伸ばす人 伸ばさない人」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「大失敗からのビジネス学」
 和田一夫著 角川書店 648円

 著者は国際流通グループ、ヤオハンの元代表。
 倒産する前、海外、とくに中国に華々しく進出したときは拍手喝采でしたね。それがあっという間に転げ落ちてしまいました。
 私財をすべて提供しました。もちろん、熱海の自宅(建坪五百坪、庭面積三千坪の御殿)から、小さなマンションの一室を借り、年金暮らしです。
 奥さん曰く、「私は八百屋のヤオハンにお嫁に来たのであって、一生、八百屋さんで終わるつもりだった。また、八百屋さんに戻って始めればいいんです」
 それまではロールスロイスで通勤してたから、地下鉄の切符が買えない。奥さんに教えてもらって、やっと買える始末。いろんな戸惑いがあった、と思うのです。

 でも、この人には見えない財産がたくさんありました。
 まず、町の八百屋から年商5000億円までの大企業へと育て上げた経験がそうですね。
 会社の創業、成長、成熟、衰退・・・をすべて頭と身体に叩き込んでます。これは貴重ですよ。
 そこで第二の人生に選択した職業は「カンパニードクター」です。平たく言えば、経営コンサルタントのこと。うってつけかもしれません。
 
 「あなたは一匹目のペンギンだ」
 これが上海にデパートを進出させた時、副市長(現在、中国政府の官房長官)から言われた言葉でした。
 その意図するところは、ペンギンというのはどこかに移動するとき、まずは群れの中の一匹が動くんですね。そして、残りのペンギンはそれをじっと見ている。
 「たしかに行ける。大丈夫」
 こうわかると、二匹めが動き出す。そこまで確認して、はじめて群れは一斉に動き出すんです。
 最初のペンギンは、いわば、モルモット。でも、この一匹がいなければ、群れは永遠にその場で立ち往生せざるをえないんです。

 「たった一歩だが、この足跡は人類にとって貴重な一歩である」
 これは月面着陸に成功した宇宙飛行士の言葉ですが、ビジネスでは、「最初のペンギン」が貴重な一歩を標すんです。

 新規事業をする際のポイントについて、こう考えています。

 まず、「ホントに自分がやりたいことを実行する姿勢」があるかどうか。やっぱり、趣味道楽をそのまま仕事にできる人って少ないですモンね。
 わずかなことであっても、興味があり、「こうしたい」と考えたとき、そこに「勝算」を伴うビジネスを生み出していく。「やりたいこと」が「成功できる」と確信を得られたとき、はじめて、スタートを切るようにして欲しいとのこと。
 どうかなぁ、これ。
 わたしの経験では、創業者を見てると、確信というより「狂信」に近い人が少なくないんですよね。本人だけは成功するって確信してる。他人はそこまでは信じていない。でも、やっているうちになんとなくカタチになっている。
 いつの間にか、「確信」を周囲とシェアしてるわけ。
 企業の大小はあるけれども、創業者はというのは教祖的な存在です。カリスマ的要素があります。狂信を確信に変換させるというか、育成(洗脳というのか)していくんですね。

 第二のポイントは、「先制、スピード、集中」です。
 「最初のペンギン」になれるチャンスを見つけたら、その一点で勝負です。その時、この三要素を忘れないように。
 現在は、「失敗を恐れてはいけない」という時代ではなく、「失敗を恐れる必要のない」時代です。言い換えれば、失敗するのが当たり前という時代なんです。

 この人は大失敗してきた人です。だからこそ、言えることがある。
 マスコミは「中国進出が命取りだった」と指摘しましたが、「それは絶対にない」と断言しています。
 というのも、進出五年目には、香港移住の際に作っていた借入金五百億円も完済、事業規模は確実に拡大していました。その後、ヤオハンジャパンが倒産した時点での香港事業は、上場企業六社を中心に約二百店舗をかまえるまでになっていたのです。

 倒産後、あるユダヤ人から言われた言葉が身に染みた、といいます。
 「あなたは国際経営者として、最初にエベレストに登ったんです。登ったなら、降りることもあるでしょう。降りたとたんに、また登りたくなったら、それができます。次の登るときには、道もわかっているし、前より早く登れますよ」

 たしかにそうです。「登ろうという意思」さえ失わなければ、いつだって、だれだって、登れるんです。
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2 「研修医 純情物語」
 川渕圭一著 主婦の友社 1400円

 これはいい本です。たぶん、テレビか映画で映像化されると思うよ。
 
 著者は医師です。ただ、ちょっと経歴が変わっていて、大学は工学部。卒業後はバイトなどを転々とし、「女の子とつき合いたい」という理由で商社に入り、そこで接待の繰り返しに疑問を持ち、またまた、パチプロに。
 精神的にも落ち込み、とうとう「引きこもり」になってしまいます。精神科医に通うものの、初日で「こいつは信じられない」と横柄で威張る医師に反発を覚えます。
 「患者のこともわかってないくせに、オレが直してやろう」という意識の強い医師だったんですね。クスリ漬けにされてたまるか。
 彼はなんとか力を出して、サイパンに旅行に行こうと考えます。なにか吹っ切れると考えたのでしょう。
 これが医者に知られると、母親は激怒されます。
 「旅先で自殺でもされたらどうすんだ!」
 これには著者が切れてしまいます。

 「いくらなんでも、こんな医者よりはオレのほうがましだ」
 ある時、テニス仲間に「医者になろうと思う」とこぼすと、「いいんじゃない、いつか言い出すんじゃないかと思ってた」とだれもおかしいと思わない。それで入試にチャレンジ。
 京大医学部に入ったのが三十歳。三十七歳で研修医。
 本書は、病院で出会った医師仲間、教授、先輩、看護婦、とくに患者との触れあいの中で、著者は疑問を感じ、憤りを感じ、たくさんの刺激を受けて成長していきます。
 まさに、「脱サラ研修医の青春日記」です。

 大学院に進もうと考えていたとき、試験前に、著者は突然、父親から呼び出されます。
 彼にとって、父親は幼いときからあまり口を聞くこともなく、煙たい存在でした。そんな父親からの誘いに一度は断ります。
 大学病院の脳神経外科医。それが父親の仕事でした。
 それだけに、大学進学時も医学部だけは最初から選択肢にはありませんでした。
 それたけではありません。
 著者は子どもの頃から奥手でおとなしく、いじめられない日はなかったというタイプです。弱い者への共感を強く持つ反面、父親にイメージされる「タフで強い者」にははなから拒絶感を覚えてしまうんですね。
 だからこの時も父親とは話したくない。そんな気持ちがあったのです。

 しかし、いつもと違って、なぜか執拗に誘うんです。
 そこでしょうがなく、父親が泊まっている赤坂のホテルまで出かけていきます。
 話をしていると、「ずいぶん、丸くなったな」と父親を感じます。こんなに素直に父親と話せたことはかつてありませんでした。
 行って正解だったのです。
 実は、その日、その赤坂のホテルで前代未聞の火事があったのです。その後、著者は生きて父親と会うことはありませんでした。父親はあのホテルニュージャパンの火災に巻き込まれていたんです。

 研修医ってのは大変ですね。
 この本を読んで実態がよくわかりました。最近、激務で過労死した研修医の家族が病院を訴えるということがありましたが、ホントに、大変だと思うのです。
 勉強もハード、肉体もハード。気苦労など、ストレスはこれまたハード。ステイタスや安定だけを狙って、医者など目指すものではありません。臨床医は地獄ですね。

 彼はカンファレンスや勉強会などをさぼっても、患者と過ごす時間を増やそうとしました。何かを犠牲にしないと時間は作れないんです。
 そこで、患者とふれあう内に、実は医師である自分自身がもっとも癒されていることを発見します。
 医師の中には、患者とのコミュニケーションをまったくせずに検査結果だけで診断する人も少なくありません。でも、話さないと患者は心を開いてはくれないのです。心開かない医師と患者ほど、不幸な組み合わせはありません。
 世間で問題になっているトラブルの根底にあるものは、すべてこの不信感です。
 たとえ研修医でも、話を聞く、話をするというだけで、患者も家族も歓迎してくれるんです。
 ある末期ガンの患者は、痛い検査、痛い治療にもめげずに頑張った。そして、最後の最後は「もういいよ、ここまでやってくれたんだもの」と死んでいきました。

 ある日、病院の食堂でランチを食べていると、ポケベルで呼び出されます。
 何の用だろう、とハンバーグを半分ほどで止めて、病棟に戻ります。看護婦に聞くと、たいしたようではない模様。
 「○○さん(患者)が呼んでるよ」
 病室に行くと、ケーキが置いてある。そして、ほかの患者や見舞いの家族の人たちが、「先生、今日、誕生日でしょ?」というではありませんか。
 あまりの忙しさに忘れていたんですね。
 こんな嬉しいことや、患者の娘さんに恋心を抱いた話、同僚医師、看護婦の分析、病院の課題、問題、そして患者から教わった数え切れないたくさんのこと。
 「人生で大事なことはすべて患者から教わった」
 そんな言葉が聞こえてくる本でした。
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3「独創力を伸ばす人 伸ばさない人」
 軽部征夫著 祥伝社 1300円

 著者は東大名誉教授、というよりも、東大最先端技術開発センターを作った人であり、日本のバイオセンサーの第一人者です。いま東京工科大学バイオニクス学部を創設し、先日も朝日新聞に1ページ写真入りでデカデカと広告が出てましたね。

 来月、9月10日開催する「キーマンネットワーク定例会」の特別講師でもありますよ。

 やっぱりユニークな人ですなぁ。

 技術開発の世界で仕事をしていると、日本と欧米の質の違いがはっきりとわかります。
 「日本は長期レンジ、欧米は短期レンジで物事を考える」と思いきや、これがまったく逆。日本は短期、欧米は長期に取り組むんですね。

 軽部さんが東工大に新任教授として赴任します。このときも42歳で就任するや、年齢的に早すぎる」と学内外で物議を醸したそうですが、ちょうど、イギリスのクランフィールド大学から派遣された学生がいました。
 21歳くらいですが、博士課程の最後の研究を軽部さんのところでやろうとしたわけ。
 そこで研究テーマに対して、ほかの学生同様、その手順や方法を懇切丁寧に指導したわけ。ところが、この人、ぜんぜん動こうとしないんですね。
 日本人なら、テーマが与えられたら、すぐにスタートしますよ。でも、彼はまったくやろうとしない。

 で、時々、フラッと訪ねてきては、「教授のアイデアは何に由来しているのか?」「あの装置はどういう原理なのか?」とばかり聞いてくる。やがて頻繁に訪問してくるようになると、今度は、「あなたの方法とは違うけど、こんな方法でわたしはチャレンジしてみたい。知恵を貸してくれ」と言い出す始末。
 そこに到るまでに半年過ぎてるわけ。
 ところが、これが彼のオレジナリティの源泉なんですね。満を持して取り組むまで、自分独自の研究かどうかを吟味してるんですね。

 日本の戦後を支えてきたのは、実は短期促成栽培回収システムであり、こういうオリジナリティを重要視する方法ではありませんでした。だから、「ライバルよりも先に早くカタチにしろ」と発破をかけられる技術者、研究者はたくさんいたはずです。
 でも、いま、これに類することがすべて曲がり角に来てるんです。
 
 このスタイルは大学でも同様です。研究者は大学にきた翌日から仕事が待ってます。
 もう作業員の一人に組み込まれてしまいます。研究者は組織の一員であって、与えられたテーマを忠実に処理することが求められてきたわけです。
 
 「イギリス人が発見し、アメリカ人が論文に書いて発表し、日本人が製品にする」
 こんな「日本人の技術タダ乗り論」が長年、揶揄されてきました。

 でも、たとえば、ノーベル賞。その生命科学分野一つとっても、アメリカの研究者数は日本の2倍、研究費はなんと4倍です。2倍の人間が4倍のお金を遣ってるんですから、10年分くらい、水をあけられるのも当然といえば、当然かもしれません。

 実は、日本と欧米とでは、子どもの教育方法からしてまったく違います。
 そして、それが独創力の開発に与える影響がものすごいんです。
 たとえば、彼がアメリカ留学中に、子どもが幼稚園に入りました。行ってビックリ、何カ月経っても一向に授業が始まらないんです。子どもたちは勝手にパラパラと好きなことをしてるだけ。
 「高い月謝を払ってるのに、けしからん」と、3カ月目に思い切って文句を言った。

 「いったい、どんなカリキュラムで教えてるのか?」
 ところが、その回答を聞いて唖然、呆然。ニッコリ笑って、「ノー・カリキュラム」と言うではありませんか。これにはたじろいだそうです。
 「カリキュラムなどありません。わたしたちは、その子が何に興味を持つかを見つけるてやるのだ」
 7〜8人に1人の教師がついて、子どもたちの間を歩きながら、「それはこうしたら?」とか「こう描いたら」とアドバイスするに徹っするんです。彼らは3〜4歳の子どもに「自分が好きなのは何か?」「自分らしさとは何か?」を発見させることが教育の目的としていたんですね。
 自分で自分の個性を発見する。そのサポーターであり、アドバイザーなんです。
 
 その後、日本に帰ってくると、このカルチャーギャップのおかげでトラブルが発生します。
 幼稚園の先生から呼び出しを受けたんです。
 「おたくのお嬢さん、色盲じゃありませんか?」
 どうも、真鯉のお絵かきをするとき、彼女はムラサキ色で描いたらしいんです。みんなは緋鯉は赤、真鯉は黒で描いていた。これが「常識」ですもんね。
 でも、この常識は日本の従来の教育における常識ではありませんか?
 アメリカ流の教育では、「自分のフィーリングで色を使うこと」が求められますものね。
 
 日本は「偉大なる常識人」という名の平凡人を生み出す仕組みがそこかしこに張り巡らされているようです。製品作り同様、規格外に外れない人間作りののためには最適の教育かもしれません。
 でも、こういう教育からはピカソもミケランジェロも生まれないでしょうな、絶対。
 みなさん、9月10日の「キーマンネットワーク定例会」、ぜひ参加してね。
 300円高。購入はこちら