2010年08月07日36年ぶりの公開!「氷雪の門」が上映されます。

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 みなさん、これが最後です。
 さようなら、さようなら・・・。

 日本にとって、終戦とはいつでしょうか?
 1945年8月15日? 年表を見ればそう書いてあると思います。
 昭和天皇が全軍、全国民にポツダム宣言受諾を通告した日だからですね。



 けど、世の中には酷いもので「火事場泥棒」がいるんです。それが国家だというんですから笑止千万ですな。

 その火事場泥棒とはソ連です。

 いやいや火事場泥棒なら金品のみ奪えば満足するこそ泥ですけど、この国は尊い人命と領土まで平気で盗む性癖がこびりついてるんですね。
 
 終戦「後」の8月20日。ソ連は日ソ不可侵条約を一方的に破って、樺太に侵攻します。樺太はもちろん日本固有の領土です。
 「このチャンスを逃したらアメリカに取られる」とばかりに、この国家は樺太を蹂躙。数多くの民間日本人を殺戮し、その戦果はサハリンとして現在も占有しています。



 樺太の西海岸に位置する真岡郵便局に勤務する電話交換手。みな若い乙女たちですが、責任感が強く、樺太全土に疎開命令が出たにもかかわらず、緊急連絡のため、避難経路を告げるため、9人の乙女たちは「最後」まで職場を離れませんでした。
 窓からソ連兵が見える。その時まで青酸カリを胸にして業務を遂行したんですね。

 北のひめゆり部隊ですよ。

 この映画、1974年に製作されたんです。当時としては制作費5億円という超大作ですよ。文部省選定。日本PTA全国協など各種団体の推薦を取り付け、70万枚の前売券が飛ぶように売れていました。

 にもかかわらず1974年3月29日。公開直前。ソ連通商代表部から抗議を受けると、外務省と文部省はさっさと白旗。東宝は上映中止。東映は北海道と九州のみで上映。しかもたったの2週間。
 命を賭けて職務を遂行した乙女たちにはとうてい顔向けができない腰抜け野郎どもです。

 当時、私は学生でしたけど、自民党にお願いしてフィルムを無料で貸してもらって、母校で自主上映しましたよ。懐かしいなあ、ようやく陽の目を見るのか・・・。

 映画「氷雪の門」。36年振りに全国公開です。ぜひご覧ください。お願いします!