2010年09月19日潜水服は蝶の夢を見る

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 最近、映画観てないわけじゃないのね。ただ、ご紹介するほどの作品に当たってないのよ。
 単館に行けばいい作品あるのですよ。わかってるの。地元でもジャック&ベティじゃ渋い映画よくやってるもん。

 そんなときはDVDでお口直し。『大いなる遺産』は何度観てもいいし、テレビドラマの『エルヴィス』も期待以上だったし、マリリン・モンローのDVD全集買って、暇なんかないのについつい観てるし。

 で、この映画。これ、傑作です。正直いいますと、最初観たときは、「潜水服」というタイトルじゃないけど酸欠に陥ってしまいましてね、途中でやめちゃった。
 けど、ある種の霊感みたいなもので(そんな大げさなものじゃないけど)もう1度観ようと思ったわけ。

 う〜ん、正解でしたね。



 ファッション誌「ELLE」の編集長ジャン=ドミニク・ボビー。42歳。お洒落で、センスがあって、芸術をこよなく愛して、それ以上に家族を愛したりして、浮気も少々、いや、かなりかな。ま、フランス版ちょい悪オヤジといったとこですな。

 この男が主役。で、これ実話。

 パリ郊外で暮らす妻子のところから帰る途中、彼は天国から地獄に突き落とされた。脳梗塞を起こして何週間も昏睡状態を続け、ようやく気がついたかと思うと、意のままになるのは「左目」だけ・・・「ロックト・イン・シンドローム」ね。まるで潜水服で海中をさまようが如し。
「隔靴掻痒」という言葉があるけど掻けやしない。鼻の頭に蝿が止まっても自分じゃ逐えない。

 こんな毎日じゃ気が狂っちゃう(だから呼吸困難に陥ったのかも)。

 私、閉所恐怖症だし高所恐怖症なのね。ホテルでも、できるだけ低層階にしてちょ。フロントの横でもいいしぃって頼むんだけど、いま高層階が多いからもっぱら旅館。3階までのね。

 さて美人の語学療法士がやってきます。コミュニケーション術をトレーニングするためですけど。
 彼女が単語の使用頻度順に並べたボードでアルファベットを読み上げる。「欲しい文字」の時に2回ウィンクする。そうやって1文字ずつ選ぶわけ。

 気が遠くなりそうですよ。

(こんないい女に 手も出せないなんて!)
(こんなトレーニングが なんの役に立つ?)

(ぼくの人生は 小さな失敗の連続のように思える)
(愛せなかった多くの女たち つかめなかったチャンス 逃してしまった幸福)
(結果がわかっているのに 当たり馬券を買えなかったレース)

(悲惨な運命に遭遇し やっと自分の本質に気づいたか)

(もう自分を哀れむのはやめた)
(左目のほかにも 麻痺していないものが2つ 想像力と記憶だ)

(想像力と記憶で ぼくは潜水服から抜け出せる)

(想像力で ぼくは時間や空間を超える)
(マルチニックの波に身をゆだね 愛する女とともに過ごす)
(想像力は無限に広がる 幼い日の夢を叶える 大人の夢もだ)
(なりたかった自分になれる 二枚目で 粋で 究極の誘惑者 だれかにとって理想の男)
(マーロン・プランドだ これがぼくだ!)

 心境が目まぐるしく変わります。亡くなるまでの2年間で精神は研ぎ澄まされ、すべてに感謝するようになる。
 絶望の中でも希望があることを発見した。潜水服を脱ぎ捨て、蝶のように、どこへでも羽ばたいていける能力。

 想像力と記憶を頼りに、彼は「自伝」を書きはじめた。そして20万回の瞬きの結果とうとう完成させた・・・『潜水服は蝶の夢を見る』という自伝を。
 これは神の祝福か? いやいや、至高の霊性がもたらした奇跡でしょう。