2001年10月29日「外資と生きる」「駅弁大会」「チラシで読む日本経済」
1 「外資と生きる」
椎名武雄著 日経ビジネス人文庫 552円
著者は日本IBMの社長、会長を務めた人ですね。
まだ、IBMがどこのどんな会社かもわからなかった頃に入社しました。いまとなっては、ものすごい会社になりましたけどね。
でも、一寸先は闇でわからないですよ。いまから、18年前に長谷川慶太郎さんと話をしてたら、この会社が論文を募集してるんで送ったというんですよ。で、結果はみごとに最優秀で入選したんですが、その論文とは「IBMはこのままいけば潰れる」というものだったんです。この度量がいいですね。
いま、日経新聞ではウェルチの連載インタビューが掲載されてますが、この人も幹部や社員との会議では「どこが悪い」「どうしたらいい」と質問責めにするでしょ。
日本企業(とくに銀行)によく見られるように、「いやぁ、社長のおかげですよ」「この会社は安泰ですよ」なんてアホなこというヤツはクビになります。長谷川さんもこの論文で、「あなたの想像した金額に0を一つ足したぐらいの謝礼をもらった」と言ってました。
さて、IBMって大正時代にはもう日本で仕事してたんですね。ちーとも知りませんでした。最初の取引先が日本陶器(いまのノリタケ)です。
日本IBMの歴史を一言でいえば、「外資であるために日本の役所と戦い、国内企業(日本法人)であるためにアメリカ本社と戦い、というアンビバレントな課題解決を強いられてきた歴史」と言えるんじゃないでしょうか。というのも、日本の電機メーカーがコンピュータ技術などまったくなかったときに、技術だけは日本のメーカーにも教えて欲しい。でも、セールスするときは売らせない。通産省など、IBM商品が欲しいという企業には、「どうして。日本企業でもいいじゃないですか。貴重な外貨をどうして外国企業の商品購入に使うんですか?」と言って、クビを縦に振らない。
国内産業を育成するために、フェアな競争をしている日本企業のIBMにも嫌がらせをするわけです。
でも、椎名さんは「それはわかる。日本のために仕方なかったんだ」と当時から理解を示してるんですね。だから、当時、通産省の担当官だった平松さん(大分県知事)とは一緒に赤提灯ののれんをくぐったりして昵懇なわけです。
ところで、日本IBMで有名なのは新聞製作のOA化を実現させたことでしょうね。
これは『メデイアの興亡』という本に詳しいんですが、日経の円城寺さん、それから朝日新聞がコンピュータで新聞作りをしようと考えます。これを請け負ったのが、IBMですよ。
当時、NASAの技術者たちも、「月旅行のほうが簡単だろう」とこぼしていたほど、日本の新聞はむずかしいんです。漢字、ひらがな、カタカナ、英語、数字、漢数字、文頭の一字空け、句読点は一字めには来ない・・・など、ありとあらゆる制約があります。これらを一つずつ潰していかねばならない。
「わたしの髪の毛が真っ白になったのは、このせいです」とこぼすのもわかります。この開発にはなんと10年間もかかったんですからね。
『メディア・・・』の著者である杉山さんから話を聞いたことがありますけど、これはホントに大変だったみたいです。
でも、このおかげで、いま、日経はコンピュータを活用していろんな新聞、雑誌を続々と刊行し、データバンク事業を展開してるでしょ。すべて、IBMのおかげですよ。
ところで、いま、日本のコンピュータ・メーカーはすごいですよ。日本電気、富士通、ソニー、東芝、日立など、ぐんぐんのしてきましたよね。
IBM商品はだいたい3位〜4位ですよ、いつもね。
ここまで国内メーカーが育ってきた背景には、官民上げての妥当IBM があります。たとえば、その際たるものは、田中角栄通産大臣(当時)の下、ライバル同士の日本企業が互いに提携してグループを作ったことでしょう。巨象IBMに対して、アリが大挙して立ち向かったようなものです。
まず、IBMの互換機を作ってそれを官民一致協力して売りまくりました。国産機の価格は常にIBMより安いですし、定価もあってないようなもの。以前、国産メーカーの納入価格が0円だとか1円だとかで大問題になったことがあったでしょ。あんなこと、むかしは常識だったんですよ。
逆に言うと、そこまでしなければIBMには勝てないわけです。
で、79年にはじめて国内販売高で富士通に抜かれます。当時、IBMの世界シェアは70パーセント。20パーセント台なんて、日本だけですよ。それだけ、官民上げての妨害が激しかったということです。
椎名さんは、国内での売上拡大を図るために、アメリカ本社ともやりあいます。
日本語入力の問題もありますしね。ガンガンやりあうので、フランク・ケアリー会長とは「今日は文化の話はやめような」と釘をさされて議論を始めるわけですが、やっぱり最後は日米のカルチャーギャップに話は行き着くんですね。
しかたのないことです。
でもね、外国人と仕事をするときのコツは、徹底的にコミュニケーションすることです。コミュニケーションのなかには、議論ということももちろん含まれています。
これは、日本人と違って以心伝心とか腹芸とか、あうんの呼吸なんてまるで頓着しませんから、お互いにどこまでわかっているか、どこからわからないのか。意見の相違はどこにあるのか。これらを明らかにしつつ、話を進めないととんだことになることをお互いに体験上知ってるからですね。
「よしよし、わかった。この際、お互いに意見が違うんだという事実を認めようじゃないか」なんてね。違いがあること自体を認識しあうんです。
父親のトム・ワトソン亡き後、社長に就任したジュニアは来日直後に工場に案内するや、すぐにトイレに入る。そして、便器を手でサァーッとなぞるわけですよ。そして、「よし、よし」と一人で頷いてるんですね。
「親父もこうやってた。工場の整理整頓はトイレを見ればよくわかるよ」と言ってニヤっと笑う。
IBMを称して「日本的だ」といわれた時期がありました。けど、これは逆で二十世紀のはじめからずっと終身雇用だったんですよ。100年近い歴史の中で90年代に潰れそうになったために5人に1人の割合でレイオフしたことを除けば、終身雇用で有名でしたしね。
90年はIBMにとって地獄だったと思います。経常は前年対比20パーセントダウン。91年はさらに30パーセントダウン。理由は、ダウンサイジングのトレンドに乗り遅れたからです。
さすがのIBMでも、時代を読み違えるとあっという間に転落しました。
経営は怖いですね。
「いま儲かってるから大丈夫」なんてことはないんです。
ですから、IBMの終身雇用はぬるま湯ではありません。本気で終身雇用を守ろうとするために、50代、60代の社員にも厳しい研修を義務づけてました。ですから、必死でついてこないと振り落とされますよ。
こういう会社と社員の緊張関係がどうも日本の場合、甘いような気がします。
IBMにはいろんなジャーゴンがあります。
たとえば、「Don't shoot the messenger . 」とか「Glorious discontent」とかね。
なかでも面白いのは、「If you are hit by a truck ? 」ってことかな。意味は直訳通りなんですが、IBMでは非常時に際して常に5〜6人の後継者リストを作成します。そのなかに序列をつけ、万が一の事態が発生するとこのリストに従って自動的に後継者が決まるわけです。
これは合衆国政府も同じで、ブッシュに何かあればすぐにリストに従って後継者が決まります。このリストはもう確定されてるんです。しかも、政府はさきのテロ事件の時にも大統領と副大統領は別々の場所で執務に臨んでましたでしょ。リスクは管理できない。管理できないリスクにどう対処するか。そこに知恵があるんです。
日本政府も慌てて決めましたよ。でも、これって無理ですね。だって、考えてもみてくださいよ。
小渕さんのときで明らかになったとおり、総理が死んだら、あとは副総理がいないから、「官房長官がやれ」とか「外務大臣がやれ」とか錯綜してたでしょ。大平さんのときにきちんと決めときゃよかったんですよ。
でも、まぁ無理だな。だって、実質的には総理は自民党総裁が就任するんですものね。官房長官は自民党の有力者ではなく、派閥の子分がなってるでしょ。そもそも、タマが違うんです。
現時点ではまだ自民党が過半数だからいいですよ。これがぼろ負けしてたら、自民党総裁だって自動的に総理になれるわけではありません。河野洋平みたいにね。
多数党の議院内閣制ってのは、こういうときにはうまく機能しないものなんです。
200円高。
2 「駅弁大会」
京王百貨店駅弁チーム著 光文社 680円
カッパで有名な光文社が新書シリーズを創刊しました。『タリバン』てやつが売れてるみたいですけど、以下の2冊をここでは紹介します。
まず、この1冊。これ、編集部がまとめたものですな。
わたしはデパ地下も好きだけど、こういう「美味いもの企画」って大好きなんです。
実は今日も横浜そごうの「加賀百万国イベント」に出かけて、しろエビの寿司とか天然ぶりとかガバチョと買ってきてしまいました。おかげで家に持って帰ると、「うちは何人家族だと思ってるの。こんなにいっぱい買って来ちゃって、いったいだれが食べるの?」と叱られてしまいました。
どうも、こういうイベントに行くと精神状態がハイになってしまってガンガン買ってしまうタチなんですね。お腹を空かせて行ったら、もっとたいへん。ホントに腐るほど買ってしまいます(だからお金がないんだ、ついも)。
ところで、この駅弁大会ってのは、いまやドッコのデパートでもやってますよ。
でもね、元々は高島屋がスタートさせた企画なんです。1953年にさかのぼるってんですから、たいへんなものですな。わたしが生まれる前のことですよ。
で、どうしてそれが京王に。
実はこの京王百貨店というのは小さいデパートなんですね。私鉄の京王電鉄が経営してるんです。ですから、デパート経営のノウハウなんてありません。
で、創業当時、高島屋から大挙して応援してもらったんですね。最初の役員の中に、高島屋で駅弁企画で当てた人物がたまたまいた。それで、よし、駅弁大会だってことになったんです。
で、66年以来、もうかれこれ36回も続いてるってわけ。
わたしも行ったことがあります。だいたい1月の正月明けに開催するんですけど、チラシがすごいもの。みんな楽しみにしてるから、たいへんな賑わいなんですよ。
当初の来店者数は40万人だってんですから、ものすごいですね。
これは知らなかったんだけど、「駅弁」てちゃんと定義があったんですね。わたしゃ、とにかく駅で売ってりゃ駅弁だろがって思ってたんですが、これが違うんです。
「社団法人日本鉄道構内営業中央会に加盟している駅弁業者が、JR駅構内で販売してる弁当」なんだってさ。
こんなこと知らないよね。
だから、私鉄の駅弁は駅弁じゃないの。駅で売ってる弁当だけど、「駅弁」じゃないなんて、了見が狭くて嫌いだな。
デパートでのブースは少ないところで5人、手間のかかるレシピで8〜10人。とにかく、どこも小さい業者だから、ギリギリの人員でやりくりしてます。
森のイカめしがだいたいいつも人気1位なのね。これ、安いからね。わたしは大の幕の内弁当派だから買わないけど。
「幕の内のどこが駅弁よ。そんなもの、どこでも買えるじゃない」と言われれば、その通りなんですけどね。でも、嫌いなものは嫌い。だから、富山のます寿司も嫌い。大船のアジの押し寿司も嫌い。
大の贔屓は岡山の幕の内弁当と新大阪駅構内ではなく、構外販売のこれもやっぱり幕の内。でも、ホントにいちばん好きなのは巨人戦のときに出る東京ドームの特製弁当2千円てヤツ。これ、ものすごく豪華なんです。
これが食べたばかりに、日本ハムの試合見に行ったら、売ってませんでした。やっぱり、客が入らないと売れないものね。全体的に弁当屋さんも5分の1くらいしかいなかったもの。
で、駅弁大会ですが、企画にマンネリは御法度ですが、ある程度のマンネリは定番企画としても必要ですね。外側は変えずに中身をつねに変えていく。そこに知恵と努力が求められます。
たとえば、この企画でも「廃線駅弁の復活」とかね、「駅弁対決」とか、ユニークな企画が目白押しです。
それに、スタッフは全国の駅弁を求めて情報厚めに余念がありません。また、出店依頼もしなくちゃならないし、大変ですよ。なかには、「中国にも駅弁あるだろう?」「そういえば、タイの駅弁は森のイカめしそっくりなんだってさ」という情報を頼りに現地に行って調査し、とうとう連れて来ちゃうんですね。
売上も6億にもなろうってんですから、これは懸命になりますよ。
駅弁大会って一口で言いますが、いろんな人の協力があってやっと実現できてるんですね。
究極のイベントですよ、これは。出店は200近くあるんですよ。ものすごいものです、これは。
たいへんなのは、ごはんですよ。
これ、参加者が持ってくるとしたらたいへんでしょ。一軒一軒、メシの味も微妙に違うんですよ。これ、デパートで朝から炊いてたら間にあいません。
で、米屋の登場です。全国の出店予定者を訪ねて、そのごはんの味見をする。そして、完璧に同じ味のごはんを用意するんです。あとはそれが期間中切れないように作り続けるんですね。まさに神業。
この米屋にスポットを浴びせただけでも、かなり面白いテレビ番組になりそうでしょ?
で、トラブルはいつもあります。とくに大きいのが時節柄、大雪によるものですね。
雪のために参加者が時間通り、来られない。人間は来てるけど、肝心のネタが到着しないとかね。
でも、中毒などの事故は発生してません。これは品質管理と検査を事前にきちんと京王側がやってるからです。以前、「これはどうかな」という店があったらしいんですが、これも事前に担当者が指導に行って衛生管理のノウハウをきちんと伝授するなど、こまめにいい仕事してるんですよ。
そこらへんも京王らしいというか、ほかのデパートと違うきめの細かさですなぁ。
本書は駅弁大会の裏話、参加スタッフの苦心、それと駅弁業者の熱意。そんなものが伝わってくる本です。
150円。
3 「チラシで読む日本経済」
澤田求・鈴木隆祐著 光文社 700円
共著って形になってますが、書いたのは鈴木さんで、彼を指導し、取材先などをアドバイスしたのが澤田さん。
そもそも企画の発端は、鈴木さんがワイドショー番組を見てたら、そこにチラシにまつわるおもしろい話を澤田さんが語ってたわけ。なにしろ、この人。日本で唯一のチラシのシンクタンクを主宰してる人なんです。毎週、手元に集まるチラシの数が50万枚。たいへんなものです。
で、本人に会いに行って、これはますますおもしろいってんで、本にしようかってなったわけ。
実は、わたしもこれ見ててピンと来たんですよ。わたしなら、違う本にしたでしょうが、やっぱりピンと来たら即行動。これが重要です。
チラシってのは、新聞に折り込まれてくるヤツですよ。
わたしなんか、チラシなんか見ませんけど家内はよくチェックしてますね。
このチラシは新聞販売店の売上ではそうとう影響があるんです。だいたい25〜40パーセントがチラシ収入なんですね。新聞代は6対4で6を新聞社が取りますからね。
ところで、チラシってすごいですね。マーケットがいま4500億円。これは広告業界ではシェア7パーセントを占めます。制
作・印刷といったところまで広げると、1兆円市場なんですよ。ほかの媒体との比較で言えば、テレビ34パーセント、新聞20パーセント、雑誌7.5パーセント、ラジオ3.5パーセント。てなことですから、ラジオを抜いて、そろそろ雑誌と肩を並べようかってところですね。
チラシ効果のケースがふんだんに盛り込まれてます。
たとえば、SB食品のゴールデンカレーという商品はハウスのバーモントカレー(秀樹感激!のあの商品)に負けて、どこでも売れなかったんです。で、スーパーから「チラシに載せてやるから、その代わりに安くせーよ」っていわれた。ぜんぜんうれないよりましだわなってんで仕方なくやったら、これが大当たり。桁違いに売れるわけですよ。
商品が悪いんじゃなくて、伝え方が悪かったわけ。
こういうことってよくありますよね。
いい商品なのに、なぜか売れない。これは宣伝が悪いんです。なかには宣伝だけで打ってる商品もありますよ。
「えっ、なんで」っていうものが売れたりしてますからね。
チラシの中には、「連載漫画」を掲載してる店もあります。しかも一流の漫画家を使ってるんですよ。みつはしちかこさんが書いてるのは、中堅スーパーのサミット。「週刊アララさん」だって。
チラシは江戸時代からあります。
1街頭で配る。
2戸別に配る。
3建物に貼る。
4商品に添える。
5他の配達業に委ねる。
ってなことをやってたわけですが、これはいまも同じですね。
駅でティッシュを配ってたり、ポスティングしたり、新聞に折り込んだりね。いろいろです。
著者は折込配送にもつきあったりして、ガンガン取材してます。自称、「地を這うジャーナリスト」だって、ホントだな。
150円高。