2001年11月05日「映画をつくる」「映画館がはねて」「警視庁刑事」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「映画をつくる」
  山田洋次著 大月書店 520円

 寅さん映画でお馴染みの映画監督による仕事論、チームワーク論ていっていいかな。
 山田監督は松竹ですよね。
 入ったのが昭和29年。同期に大島渚さんがいます。

 この人、映画は好きだったけど、監督になんかなれるとは思わなかったって。大陸からの引き揚げ者で、一応、東大法学部を出ます。当時の映画界はものすごく景気が良かったために2000人も応募者がありました。
 で、落ちます。でも、映画会社もいろいろ勃興しておりまして、日活ができて松竹からどっさり移った。人が足りなくなる。
 それで山田さんにも補欠合格の通知が来たわけです。
 
 大島監督ははなから自分がイのいちばんに監督になる、と豪語していたそうで、その通りになります。山田さんはとにかく撮影所に行けば食券をもらって丼いっぱいのメシが食える。給料もまぁいい。
 だから、監督になれなくてもいい。それにまた、自分は監督になれるようなタイプじゃない。そう思ってたんですね。でも、結婚して子どもができたこの子が大きくなったとき、相変わらず、助監督では不安定だ。奥さんが病気になったりすると喰っていけない。
 そこで、彼は脚本家になろうとします。
 野村芳太郎さんなどの大御所の下で手直し脚本を担当するんですね。でも、これもものすごい才能のある新人がすべてやってしまうんですよ。それが若き日の山田太一さん。そのスピードには脱帽したそうです。

 もし映画を撮ることになっても、「喜劇は無理だ。しんみりむっつりしたメロドラマしかできない」だって。
 これは彼自身が自分の表面上の性格に騙されていたからだそうです。内面は怠惰で、ふざけ好きで、軽率な精神構造である自分に気づかなかったのです。

 「男はつらいよ」という作品は大当たりをとりました。フーテンの寅さんはずっと正月映画のドル箱でしたもんね。
 これ、49作品あるんです(第49作は特別編だけど)。わたしはすべて観ました。というよりも、すべてについて3〜4回は観てます。とくに好きなのは木の実ナナさんがマドンナの回。これは10回は観てると思います。
 あぁいうバタくさい顔、好きなんですね。

 寅さん映画も終盤はトラさんよりさくらと博の息子、つまり車寅次郎からみれば、甥っ子の光男の物語に移行していきます。彼の受験、就職、恋愛、家出とかね。後藤久美子と絡んでいい芝居してました。
 わたしは寅さんよりも光男の映画としてずっと楽しんでました。寅さんは時々出てくればいいとさえ思ってました。
 それにしても後藤久美子は美人ですな。ホントに美しかったです。
 実は彼女が高校時代、会ったことがあるんです。彼女、学校が多摩大学付属高校なんですよ。わたしが多摩大学学長の野田一夫さん(現宮城大学学長)のところに遊びに行った帰りに学内で、駅までのバスで、電車のなかもいっしょでした。色が黒くて健康的でキラキラしてましたね。
 そのとき、どういうわけか。この子は日本人とは結婚しないタイプだなとピンとくるものがありました。周囲にもそう言ってましたけど、やっぱりそうでしたでしょ。
 まっそんなことはどうでもいいんですが。

 この「男はつらいよ」は社内では映画化に賛成する人は少なかったようです。元もとテレビでやったものですから、「同じもん作って客が見に来るか」っていうわけですよ。
 でも、圧倒的に男性から支持されたテレビドラマであること(ふつう女性が多いんです)。視聴率が尻上がりに良くなっていくこと。最終回で寅が沖縄でハブに喰われて死ぬっていうシーンで終わったら、視聴者からものすごいブーイングの嵐があったこと。
 なんてたって、「いまから若い者やるから覚悟しとけ」「てめぇの局の競馬中継は2度と見ねぇ」とかって言う人たちも熱心に観てたんですから。
 最後は社長とけんか腰で撮らせろと直談判。で、撮りました。大ヒットします。

 それに、このテレビドラマは渥美清さんが「ぜひ山田洋次監督でなにかやりたい」って脚本、監督を指名してきたものなんですね。
 で、山田さんが渥美さんと三日間会って話をしていると話題が尽きない。テキ屋を観察して覚えてしまった口上を披露したり、人間に対する観察眼がものすごい。話は立て板に水で人を飽きさせない。
 その姿に山田さんはある人物を連想します。

 彼が中学時代、アルバイトで闇屋をしてました。住んでた瀬戸内海の宇部から1日がかりで日本海にまで出る。魚をたんまり仕入れて売るわけです。往復の車内は自然とそんなグループ同士で顔見知りになります。汽車は毎度ものすごく混んでて、中に入れないことも多い。ぶら下がっていくわけですよ。
 すると腕がしびれてくる。落ちたらたいへんなことになります。

 そのとき、いつも変な冗談を言ってみんなを笑わせる男がいたんです。
 彼が話すと知らないもの同士でも仲良くなる。ふっとその場が明るくなる。そういう才能を持った人です。
 このときも、彼の愉快な話に夢中になってると痛みを忘れてしまう。いつまで経ってもしびれない。楽しいままに時間が過ぎていく。「ガンバれよ」なんて声を掛けられたら、ストンと落ちてしまうのに。げらげら笑っているといくらでも力が出てくる。
 これは物理的にも医学的にも人間工学的にも正しいんです。筋肉はリラックスしているときがいちばん強いんです。緊張してたらダメなんですね。
 ところで、不思議なことにこの男は仕事ができるわけじゃありません。でも、彼がいるだけで周囲が楽になったり、仕事が自然とはかどったりするんですね。
 人に元気を与えてくれる人。応援団みたいな男でした。

 この男こそ、寅さんの原型なんです。
 つくづく思いますが、この世の中には無駄な出会いはありませんよ。そう思いませんか。
 山田さんにしても渥美さんと会わなければ、この男のことなど思い出したかどうか。覚えていたとしても、映画に使うようなキャラクターだ、と認識したかどうか。渥美さんにしても、山田さんと会わなければ、寅さんとの出会いはありません。
 1+1が100万くらいになった例ですね、これは。

 「いよう、労働者諸君」
 「よっ、青年。勉強してるかい?」
 これ、機嫌がいいときに、突然、寅さんが呼びかける言葉です。
 とらやの裏はタコ社長の印刷屋。そこに住み込みで働く若い印刷工に向けて「労働者諸君」、そして大学生を見ると、「よっ、青年」と声を掛ける。もちろん、返事はありません。
 でも、寅さんは気分がいいんですね。
 この言葉ですが、これは脚本にはありません。渥美清さんのアドリブなんです。でも、寅さんなら言うよなって感じがしますよ。
 寅さんは階級意識などまったくありません。どこかのむずかしい本とかアジ演説をする人の言葉を聞いてたんでしょうな。おもしろいね。

 物作りに携わるものとして、目からウロコが落ちる話があります。
 脚本を作るとき、もっとも重要なことはさまざまなこと体験する、ふと見る、本を読む、人から聞く・・・なんでもいいわけですが、そうしたことからなにかを深く感じ取ることができる人間でありうるかどうか。つまりモチーフを抱きうる人間でありうるかどうか。そうした鋭い感性をもっているかいないかが、ものを作る資格があるかないかに関わっているというのです。なんかややこしいですけど。
 言語を絶する体験をしたからといってものすごくおもしろい物語を書けるかというとそうではありません。一見、平凡な日常生活のなかに、実はアフリカの大冒険よりもはるかにおもしろい物語が隠れているのです。
 寅さんというのはそんな映画だったような気がします。
 250円高。


2 「映画館がはねて」

 山田洋次著 中央公論社 544円

 エッセイというか、いろんなところから小さな原稿を頼まれて書き散らした物を一冊にまとめた。そういう構成です。
 なかには、赤旗に連載してたものもあります。

 パート1は「美しい女」というタイトルで、彼が会った女性たちを書いてます。
 映画監督にしても、小説家にしても、男性より女性の影響のほうが大きいのではないか、と思うのです。
 このパートを読むと、それがよくわかります。

 若いころ、京都松竹で時代劇の助監督をすることになり、しばらく、古い宿屋で世話になります。いまはもうないでしょうが、当時の京風宿屋のもてなし方は丁寧きわまりないものでした。
 ここもそうで、四十歳くらいのお千代さんという女中さんが、徹夜で脚本を書いている山田さんに冷たい飲み物、夜食、果物と持ってきてくれます。お客が寝ないうちは自分たちも寝ないんでサービスするんです。
 京都滞在が終わる頃、彼は奥さんとよちよち歩きの娘を呼び寄せます。旅館が珍しくてはしゃいでいたそうです。

 それから2年後、この旅館にたまたま泊まったときのこと。
 夕食後、顔見知りの女中頭をつかまえて、お千代さんの消息を聞くと、「お嫁にいかはりましたでぇ」とのこと。
 「それは良かったですねぇ。おめでとうとお伝え下さい」
 すると、その女性は彼を呆れたように見つめた後、こう言ったそうです。
 「なにがいいことおますかいな。四十過ぎの子持ちの女が嫁に行くのにめでたいことなんかおますかいな。嫁になるか、女中を続けるか。お千代さんがどれほど悩みはったことか」
 
 これが人間勉強なんです。
 山田さんも苦労したとはいえ、その度合いはお千代さんとは比較にならないでしょう。それをやさしい言葉だけれどもピシリと指摘してくれる。
 「あんさん、苦労がたりまへんなぁ」
 こういうやりとりが映画で生きてくるんですよ。

 エミ子さんとの出会いもそうでした。
 彼女は二の腕に入れ墨があります。両親の顔を知らず、中学の頃から不良仲間とフーテン暮らし。
 寒くなると南に行く。たとえば、四国や九州の温泉場のバーで働く。暑くなると今度は北に移動する。汽車賃なんかなくても平気。通りすがりの車に乗せてもらえばいいんだよ、とのこと。
 大の寅さんファンで、「メソメソしたメロドラマなんか大嫌い。寅さんはいいな。だって、わたしもあんな風にバカで損ばかりして生きてきたんだもの」
 警察沙汰で少年院にも送られた。でも盗みと売春だけはしなかった。ただ不当な仕打ちには徹底的に反抗した。
 知り合ったときにはすでにアメリカ人の水兵さんの奥さん。横須賀のバーにいるときに結ばれたとのこと。26歳でした。

 「今日、母さんに会ってきた」
 ある日、彼女はそう言うのです。ある人から母親が新宿のバーで雇われマダムをしていることを知らされ、会いに行った。でも、この人がわたしを生んだ女かと思っても奇妙に感動が湧かない。
 「で、仕方がないから、あんた、ほんとうにわたしのお母さん? と聞いてみたのよ」と冗談のように言ったか。
 いま、彼女は除隊したご主人とフロリダで暮らすアメリカ市民です。

 この人が寅さんの永遠のマドンナ、リリーのモデルなんです。そう、浅丘ルリ子さんが演じたいいオンナ。さくらが「おにいちゃんと結婚して」と願った人ですね。

 ほかにもいろんな女性の話がいっぱいです。もう一つだけ紹介しておきたい話がありますが、やめておきます。
 ・・・やっぱり紹介しましょうか(ホントは食事に行きたかったのです。あとにすることにします)。

 東北の農村出身で頭がいい上に勉強家、苦労しているから人の気持ちがよくわかる。親切でいい男。彼になにか頼まれて嫌といえる男はまずいなかった。
 その男が恋をした。
 相手は教授の令嬢。このお嬢さん。ほんとに美しくて深窓の令嬢そのもの。周囲がみんな憧れるマドンナだったそうな(これも寅さんに出てきます。テレビドラマでは第1回目の佐藤オリエさん、映画ではたしか樫山文枝さんがそうでしょ)。
 みんなは頭を抱えたといいます。
 というのも、この男。男にとってはホントにいい男。でも、女性にとってはとてもじゃないが、そういうタイプではありません。短足、強い近視、極端なファッションへの無頓着。彼の外見からはスマートのかけらもありません。

 大学を卒業して3年ほど経つと、山田さんはこの男が結婚したと聞きます。
 なんと相手はこの令嬢だったんですね。
 いったいどうやって射止めたのか。それが明らかになるのはまた3年後でした。

 ある日、山田さんは級友とともにこの男の家を訪れました。
 まだ、彼は帰ってきてなくて、6畳一間のアパートにはよちよち歩きの娘とかつての令嬢の2人きり。そこで冗談交じりに真相を聞き出そうとするわけです。
 すると、かつてのマドンナはモジモジしていたものの少しずつ語り出してくれました。
 実は卒業後も2人は友人としてつき合っていたそうです。それにほかにも男友達がいました。で、このむさくるしい男の気持ちはとっくの昔にわかっていたそうです。心のなかでは済まないと思いながらも中途半端なつき合いが続いていたのです。

 そんなある日、彼女は男から映画に誘われます。ところが、家人に急病があったために病院に連れていったりしていると、気づいたときにはすでに約束を2時間も過ぎていました。それから出ても、待ち合わせ場所までは1時間。つまり3時間も遅れてしまうわけです。
 さすがに待っているわけはない。でも、一応行くだけは行ってみようとします。
 三鷹からお茶の水まで。

 絶対にいるわけがない、と待合室を覗くと、そこには分厚い眼鏡を掛けた男がベンチにきちんと腰掛けて岩波文庫を読んでいたのです。
 「その姿を見たとき、わたし、あぁこの人と結婚しよう、とそう思ったの」

 たんに暇だったのかもしれません。どこにもいくところがないから、ベンチでずっと本を読んでいたのかもしれません。
 でも、彼は信じていたのだと思います。
 信じ切っていたんでしょう。約束した彼女が来ないわけがない。そんなことは絶対にない。地球が逆回転しようが、彼女は必ず来る。つゆとも疑わない。少なくとも、彼は終電までは待っていたでしょうね。
 250円。


3 「警視庁刑事」
 鍬本実敏著 講談社 600円

 いろんな作家が警察物を書くときにお世話になった人ですね。
 「警視庁のコンピュータ」と異名を取り、浮世絵と絵画に関する目利きとしても有名な人でした。

 刑事というのは個人プレイの極致で、自分が知ってることでも人には話さない。周囲はライバルなんですな。
 じゃ、上司は信じられるかというと、これが信じられない(人が多い)。とくに上級職など出世しか目にないから、現場は知らないわ、かといって権限だけはあるから勝手に振り回すわで、下の者はたいへん。
 FBIじゃありませんが、日本の警察がまがりなりにもここまでもったのはひとえに現場の警察官が優秀だからですね。上と下との職業意識が崩れたら、もうあとは推して知るべし。
 現在の相次ぐスキャンダルはたんに情報公開で隠せなくなっただけのことだ、ってよくわかります。

 この本を読むと、彼はいろんな問題解決をしてきました。
 やくざとケンカした複数の警察官が訴えられそうになったり、暴力追放キャンペーンだからといって、無実のテキ屋を摘発して逮捕したり・・・それをこの人、留置場まで行って警察も顔が立つ方法で解決するんです。

 誤認逮捕もどうして起きるかといえば、刑事の思い込みもあるでしょうが、上司のメンツというものもあります。
 「おまえがやったんだ」と一日中いわれれば、だれでも洗脳されて錯覚してしまうそうです。
 で、このときも「自供」した容疑者を係長(管理官)が課長に報告、それからさらに上に報告。でも、鍬本さんが念のために調べてみるとどうも犯人じゃない。
 「犯人じゃないですよ」
 「そんなこと言ったって。上には報告してあるんだ」
 「でも違いますよ」
 そのまま地検に回ったものの、検事も「犯人じゃないよ」。
 で、今度は逆に警察が訴えられそうになります。すると、「そもそも、おまえがはっきりしなかったからだ」とまたまた相手を洗脳するんですね。で、訴えられなくて済みます。
 ひどいところですよ、警察は。

 とばっちりで彼が責任をとります。
 「よく調べたが自供を取れず。追及が甘くて訴追できなかった」という理由で釈放するんですね。取り調べたのは鍬本刑事だってことなんでしょうが、この人は誤認逮捕を指摘し結果として防いだだけ。
 上司は誤認逮捕を絶対に認めないんです。だれが見ても誤認逮捕なのにね。
 でも、上司はこれでメンツが立ちます。
 メンツが立つって、早い話が責任回避できるっていう意味ですね。

 この刑事は刑事としては優秀です。彼のやり方は現実的で効果もあります。
 でも、いまの時代には通用しませんね。というのも、彼は情報提供をしてくれる暴力団員とかに親身になってやったり、便宜を図ってたりしますからね。
 魚心あれば水心ってやつですよ。ギブ・アンド・テイクってことかな。
 いま、スピード違反のもみ消しでもダメでしょ。政治家や秘書連中のもみ消しは収賄ですよ。でも、刑事のもみ消しはいわば司法取引みたいなもんでしょ。
 ねずみ取りで捕まった人が、聞き込みに来た刑事に素直に協力しますかね。

 くだらない軽犯罪を厳しくすることで、外国人。とくに中国人とかイラン人とかの凶暴犯罪は次から次へと目白押し。
 まぁ、世の中清廉潔白になればなるほど、逆に犯罪は増えるっていう典型でしょうな。
 150円高。