2012年01月16日「中島孝志の 聴く!通勤快読」特別公開 「ぼくらの祖国(青山繁晴著・扶桑社)」
今回は、「中島孝志の聴く!通勤快読」の非会員の皆さんにも特別に公開したいと思います(もちろん、会員の方はケータイやiPod、PC等で音声で聴けますからお楽しみください)。
さて、子供でも読めるようにすべての漢字にルビが振ってありますね。元々、「わが子に日本の歴史を教える良書がない」という話を若いお母様方から聞いたとき、本書を書こうと決めた、といいます。
「朝まで生テレビ」という放談番組があります。拉致問題、原発問題、中国・朝鮮半島の外交問題等々がテーマになるとき、たまに青山さんが登場されてますけど、その様子はまるで「醜いアヒルの子」。ガーガーうるさいアヒルに挟まれ、青山さんが真剣に正論を述べている姿が伺えるので、この人が出てるときだけ見るようにしています。
ぼくらの祖国。。。いったい祖国ってなんなんでしょう・・・。
--本来はここまでですが、今回のみオープン--
祖国とはなんなのか。
「ぼくたちが大地に足を踏みしめて生きることのできる土台が、祖国なのだ」
なぜ日本の学校ではこんなことを教わらないのか。なぜ日本の大人たちは祖国を語らないのか。
「それは戦争に負けたからだという。歴史でったった一度だけ、194年の夏に、アメリカをはじめとする外国の連合軍に敗れ、それから7年近くの間、連合軍に占領されて、独立を失っていた」
「国際連合に加盟している国だけで193か国ある(2012年12月現在)。祖国、そして祖国愛という共通の土台を国民が持たないのは、ぼくらの日本社会しかない」
「アメリカ軍は自爆テロに負け、焦りのために、テロリストではないイラク国民をたくさん殺害し、憎みに憎まれて、実質的に大敗を体験した。日本がたった一度、戦争に負けたことは、祖国を喪う理由にはならない。それは実は思い込みだった。アメリカをはじめ勝った側の言う通りにせねばならないと思い込んだのだ」
祖国とはなんなのか。
原発問題のポイントは2000年の早春に判明していた。
「青山さん、では本当のことを言いましょう。これはうちの社(電力会社)でも、ごく限られた人間しか知りません。原子炉がちゃんと止まっても、そのあと冷却できなくなれば地獄が始まります」
官民の区別なく議論する場をつくった。良心派と考えていた当局者は「原発では何が起きても安全だと、私が国会で答弁したのは間違いでしたね」「テロリスト側に情報を与えないために、すべてを明らかにすべきではない。どうやってこの原発リスクを減らすか協議しましょう」と語った。
世界で唯一、日本だけが、国内のすべての原子力発電所に武装警官を24時間常駐させ、短機関銃MP5を備え、原発を担うテロリストに抑止力を備えさせた。
日本の原発は実は原子炉建屋の天井が薄い。地震が起きるとそれが落ちて、原子炉を直撃することを考えなければならないから薄くしてある。イギリスは原子炉建屋の天井も分厚い。テロリストの侵入を防ぐためだ。テロリストが何もかも知ってしまった。それは福島がもたらした重大な厄災の1つである。
1号炉から5号炉までがGEの欠陥炉であり、緊急事態に水素爆発が起きやすいと懸念されていた。原子力安全委員会の斑目委員長はこのリスクを知らなかった。だから管直人首相(当時)に「爆発は起きません」と断言してしまった。おかげで、懸念されていた水素爆発が起きてしまった。
ただ、それは原子炉が吹き飛んだのではなく、あくまでも建屋、特に天井が全面的に吹き飛んだにすぎないんです。
チェルノブイリ原発には、外カバーである格納容器はもともと存在していなかったから原子炉の中で生まれていた核生成物が全部出た、というわけです。
当時の吉田所長は青山さんのテレビ取材に、「ああ、いいですよ。むしろ全部撮って、みなさんに見せてください」と言った。原発構内の真実が国民にちゃんと伝わっていないと心ある人たちは懸念していたんです。
「みんなみんな、安全な東京にいて、勝手な指示ばかり押し付けてくるから、この現場が混乱する。人災なんですよ」
「青山さん、地震では意外なぐらい壊れていないんですよ。実際。そのあとの津波にしっかり対応できていれば、こんな災害にはなっていない。津波で電源が失われ、水が止まり、冷やせなくなったときに、現場の我々も(東電の)本店も、(原子力安全・保安院)も、原子力安全委員会も、首相官邸も、あんなに迷ったりせずに、さっさと海水をぶち込んで冷やしておればよかった。これは人災ですよ、ほぼ完全に人災ですよ」
4月27日の関西テレビ「スーパーニュース・アンカー」の編集のできない生放送を利用して、まずは映像を流して解説した。放送前に、東電本店のある部分から「映像は流さないでもらいたい」と圧力がかかった。もちろん、一蹴した。
映像を公開したあと、捜査当局の幹部から「青山さん、あんたを逮捕しろ、と首相官邸が動いているよ」と電話がかかってきた。「けど逮捕はしない。正式な許可を得ているから容疑がない」。そして、「出すべき情報を国民に出さないほうが悪い」と言った。。。
祖国とはなんなのか。
アメリカにとって硫黄島を取れば、ここを絶好の中継拠点として、殺せる日本国民は何倍にもなる。そして硫黄島を奪いに来たのが、1945年2月19日。
侵略が始まるとき、海上のアメリカ海兵隊の指揮官は「われわれは史上初めて、日本のSacred Land(聖なる領土)を侵すのだ。すさまじい抵抗があるだろう。心してかかれ」と訓示しています。
アメリカは実はよく日本を理解していました。硫黄島は1968年に日本に返還されています。硫黄島が真っ先に日本に戻された。沖縄返還の4年前です。
「中国はむしろ空母の自主建造を狙っているなと考えました。その空母が『間違って、沖ノ鳥島に乗り上げる事故がありました』などと言いつつ沖ノ鳥島を破壊する。沖ノ鳥島を島じゃなくただの岩だ、だから日本領海じゃない、と主張している。沖ノ鳥島が壊されたら、日本は領海と排他的経済水域をかなり失ってしまう」
だから、海上自衛隊は硫黄島には必ず戦闘部隊を置かねばならない。救難ヘリだけではいけない。
アメリカ軍の硫黄島爆撃の目的はなにか。本土で女と子どもを殺すこと。民族を根絶やしにされてしまう、と日本に恐れさせて降伏に導くこと。だから、栗林中将は硫黄島で徹底抗戦を唱えたのです。
このあたりの詳細については、以前、このサイトでご紹介していますね。
「無傷の地下壕にたどり着くと、そこも真っ黒だ。生半可な努力でこんなものは掘れないよ、そして一番大事なことは、これを掘った21000の日本の方々のうち、1人でも自分の利益のために、自分が助かりたいとか、自分の利益になるからといって掘った人はいるんですか? 1人残らず、ただ、人のために、公のために、子々孫々のために、祖国のために、それだけが目的で掘ったんですね」
さっきまで、硫黄島での青山さんの一挙手一投足を監視していた海上自衛官が話しかけてくれた。
「青山さん、私たち、昼ご飯を食べていると、帝国海軍の方が横で昼飯を食べているんです。今まではただの幽霊だと思っていました。しかし、本当は、おい、おまえたち、祖国はどんな良い国になった、今、話してくれ、祖国はいい国になったんだろうなと、それを聞いていらっしゃるんですね。初めて今日わかりましたよ」
「自分が定年になって退職しようが、そんなことは関係ない、自分が命ある限りは祖国再建のためにやらなければいけないんだなと、私は今日、それがわかりました」
硫黄島から戻ってから、青山さんは、1033人と言われる生き残った将兵のうちのお1人、金井啓さん(当時82歳)に面会した。
「3時間お会いしている間に、ぼくは必ず叱られると思った。そのはずだった」
「全世界で6000万人が亡くなったあの第二次世界大戦のなかでも最も無残な肉弾戦が硫黄島の戦いだった。それなのに日本の兵士が戦争が終わった後、自然に集まって毎年、早春に合同慰霊祭をやっていますね。だから、奇跡の島と呼ばれています」
「アメリカ軍の生き残りは、自分だけでなくて子や孫、ひ孫に至るまですべてのアメリカ国民が支えて、つまりみんなみんな税金できます。祖国を守った英雄として扱われています」
「日本では戦友の遺骨を探し、お金も自分たちで出さなければいけない。そういう扱いを受け、国民からも忘れられ、そして亡くなった方はいまだに滑走路の下や岩の下に閉じ込められたままになっています」
「日本は戦後教育で日本兵は悪者だったと教えてきたから、英霊は英霊でなくて悪者だと教えてきたから、悪者だから忘れて良かった、悪者だから放っておいてよかった、悪者だから滑走路の下に閉じ込めて滑走路を便利に使ってよかった、これが戦後日本の本当の真実なんですね」
もうお別れの時間だった。金井さんのお宅の前に出て、車に乗って遠ざかっていった。金井さんは明らかに、「もう青山さんは見ていないな」という顔になった。
すると、その瞬間、金井さんはきりりと背筋を伸ばし、足をを揃え、帝国海軍の敬礼をなさった。
なんと謙虚な人であるのか、なんてほんとうに美しい日本国民がここにいらっしゃるのか。
「ぼくは震える思いだった」
アメリカ兵が日本兵を哀れんで、日本という国は負けたからといって遺骨収集すらしない国なんですね、と言った。
力作というより、魂の叫びですな、この本は。祖国ってなに? あなたはどう思いますか?
さて、子供でも読めるようにすべての漢字にルビが振ってありますね。元々、「わが子に日本の歴史を教える良書がない」という話を若いお母様方から聞いたとき、本書を書こうと決めた、といいます。
「朝まで生テレビ」という放談番組があります。拉致問題、原発問題、中国・朝鮮半島の外交問題等々がテーマになるとき、たまに青山さんが登場されてますけど、その様子はまるで「醜いアヒルの子」。ガーガーうるさいアヒルに挟まれ、青山さんが真剣に正論を述べている姿が伺えるので、この人が出てるときだけ見るようにしています。
ぼくらの祖国。。。いったい祖国ってなんなんでしょう・・・。
--本来はここまでですが、今回のみオープン--
祖国とはなんなのか。
「ぼくたちが大地に足を踏みしめて生きることのできる土台が、祖国なのだ」
なぜ日本の学校ではこんなことを教わらないのか。なぜ日本の大人たちは祖国を語らないのか。
「それは戦争に負けたからだという。歴史でったった一度だけ、194年の夏に、アメリカをはじめとする外国の連合軍に敗れ、それから7年近くの間、連合軍に占領されて、独立を失っていた」
「国際連合に加盟している国だけで193か国ある(2012年12月現在)。祖国、そして祖国愛という共通の土台を国民が持たないのは、ぼくらの日本社会しかない」
「アメリカ軍は自爆テロに負け、焦りのために、テロリストではないイラク国民をたくさん殺害し、憎みに憎まれて、実質的に大敗を体験した。日本がたった一度、戦争に負けたことは、祖国を喪う理由にはならない。それは実は思い込みだった。アメリカをはじめ勝った側の言う通りにせねばならないと思い込んだのだ」
祖国とはなんなのか。
原発問題のポイントは2000年の早春に判明していた。
「青山さん、では本当のことを言いましょう。これはうちの社(電力会社)でも、ごく限られた人間しか知りません。原子炉がちゃんと止まっても、そのあと冷却できなくなれば地獄が始まります」
官民の区別なく議論する場をつくった。良心派と考えていた当局者は「原発では何が起きても安全だと、私が国会で答弁したのは間違いでしたね」「テロリスト側に情報を与えないために、すべてを明らかにすべきではない。どうやってこの原発リスクを減らすか協議しましょう」と語った。
世界で唯一、日本だけが、国内のすべての原子力発電所に武装警官を24時間常駐させ、短機関銃MP5を備え、原発を担うテロリストに抑止力を備えさせた。
日本の原発は実は原子炉建屋の天井が薄い。地震が起きるとそれが落ちて、原子炉を直撃することを考えなければならないから薄くしてある。イギリスは原子炉建屋の天井も分厚い。テロリストの侵入を防ぐためだ。テロリストが何もかも知ってしまった。それは福島がもたらした重大な厄災の1つである。
1号炉から5号炉までがGEの欠陥炉であり、緊急事態に水素爆発が起きやすいと懸念されていた。原子力安全委員会の斑目委員長はこのリスクを知らなかった。だから管直人首相(当時)に「爆発は起きません」と断言してしまった。おかげで、懸念されていた水素爆発が起きてしまった。
ただ、それは原子炉が吹き飛んだのではなく、あくまでも建屋、特に天井が全面的に吹き飛んだにすぎないんです。
チェルノブイリ原発には、外カバーである格納容器はもともと存在していなかったから原子炉の中で生まれていた核生成物が全部出た、というわけです。
当時の吉田所長は青山さんのテレビ取材に、「ああ、いいですよ。むしろ全部撮って、みなさんに見せてください」と言った。原発構内の真実が国民にちゃんと伝わっていないと心ある人たちは懸念していたんです。
「みんなみんな、安全な東京にいて、勝手な指示ばかり押し付けてくるから、この現場が混乱する。人災なんですよ」
「青山さん、地震では意外なぐらい壊れていないんですよ。実際。そのあとの津波にしっかり対応できていれば、こんな災害にはなっていない。津波で電源が失われ、水が止まり、冷やせなくなったときに、現場の我々も(東電の)本店も、(原子力安全・保安院)も、原子力安全委員会も、首相官邸も、あんなに迷ったりせずに、さっさと海水をぶち込んで冷やしておればよかった。これは人災ですよ、ほぼ完全に人災ですよ」
4月27日の関西テレビ「スーパーニュース・アンカー」の編集のできない生放送を利用して、まずは映像を流して解説した。放送前に、東電本店のある部分から「映像は流さないでもらいたい」と圧力がかかった。もちろん、一蹴した。
映像を公開したあと、捜査当局の幹部から「青山さん、あんたを逮捕しろ、と首相官邸が動いているよ」と電話がかかってきた。「けど逮捕はしない。正式な許可を得ているから容疑がない」。そして、「出すべき情報を国民に出さないほうが悪い」と言った。。。
祖国とはなんなのか。
アメリカにとって硫黄島を取れば、ここを絶好の中継拠点として、殺せる日本国民は何倍にもなる。そして硫黄島を奪いに来たのが、1945年2月19日。
侵略が始まるとき、海上のアメリカ海兵隊の指揮官は「われわれは史上初めて、日本のSacred Land(聖なる領土)を侵すのだ。すさまじい抵抗があるだろう。心してかかれ」と訓示しています。
アメリカは実はよく日本を理解していました。硫黄島は1968年に日本に返還されています。硫黄島が真っ先に日本に戻された。沖縄返還の4年前です。
「中国はむしろ空母の自主建造を狙っているなと考えました。その空母が『間違って、沖ノ鳥島に乗り上げる事故がありました』などと言いつつ沖ノ鳥島を破壊する。沖ノ鳥島を島じゃなくただの岩だ、だから日本領海じゃない、と主張している。沖ノ鳥島が壊されたら、日本は領海と排他的経済水域をかなり失ってしまう」
だから、海上自衛隊は硫黄島には必ず戦闘部隊を置かねばならない。救難ヘリだけではいけない。
アメリカ軍の硫黄島爆撃の目的はなにか。本土で女と子どもを殺すこと。民族を根絶やしにされてしまう、と日本に恐れさせて降伏に導くこと。だから、栗林中将は硫黄島で徹底抗戦を唱えたのです。
このあたりの詳細については、以前、このサイトでご紹介していますね。
「無傷の地下壕にたどり着くと、そこも真っ黒だ。生半可な努力でこんなものは掘れないよ、そして一番大事なことは、これを掘った21000の日本の方々のうち、1人でも自分の利益のために、自分が助かりたいとか、自分の利益になるからといって掘った人はいるんですか? 1人残らず、ただ、人のために、公のために、子々孫々のために、祖国のために、それだけが目的で掘ったんですね」
さっきまで、硫黄島での青山さんの一挙手一投足を監視していた海上自衛官が話しかけてくれた。
「青山さん、私たち、昼ご飯を食べていると、帝国海軍の方が横で昼飯を食べているんです。今まではただの幽霊だと思っていました。しかし、本当は、おい、おまえたち、祖国はどんな良い国になった、今、話してくれ、祖国はいい国になったんだろうなと、それを聞いていらっしゃるんですね。初めて今日わかりましたよ」
「自分が定年になって退職しようが、そんなことは関係ない、自分が命ある限りは祖国再建のためにやらなければいけないんだなと、私は今日、それがわかりました」
硫黄島から戻ってから、青山さんは、1033人と言われる生き残った将兵のうちのお1人、金井啓さん(当時82歳)に面会した。
「3時間お会いしている間に、ぼくは必ず叱られると思った。そのはずだった」
「全世界で6000万人が亡くなったあの第二次世界大戦のなかでも最も無残な肉弾戦が硫黄島の戦いだった。それなのに日本の兵士が戦争が終わった後、自然に集まって毎年、早春に合同慰霊祭をやっていますね。だから、奇跡の島と呼ばれています」
「アメリカ軍の生き残りは、自分だけでなくて子や孫、ひ孫に至るまですべてのアメリカ国民が支えて、つまりみんなみんな税金できます。祖国を守った英雄として扱われています」
「日本では戦友の遺骨を探し、お金も自分たちで出さなければいけない。そういう扱いを受け、国民からも忘れられ、そして亡くなった方はいまだに滑走路の下や岩の下に閉じ込められたままになっています」
「日本は戦後教育で日本兵は悪者だったと教えてきたから、英霊は英霊でなくて悪者だと教えてきたから、悪者だから忘れて良かった、悪者だから放っておいてよかった、悪者だから滑走路の下に閉じ込めて滑走路を便利に使ってよかった、これが戦後日本の本当の真実なんですね」
もうお別れの時間だった。金井さんのお宅の前に出て、車に乗って遠ざかっていった。金井さんは明らかに、「もう青山さんは見ていないな」という顔になった。
すると、その瞬間、金井さんはきりりと背筋を伸ばし、足をを揃え、帝国海軍の敬礼をなさった。
なんと謙虚な人であるのか、なんてほんとうに美しい日本国民がここにいらっしゃるのか。
「ぼくは震える思いだった」
アメリカ兵が日本兵を哀れんで、日本という国は負けたからといって遺骨収集すらしない国なんですね、と言った。
力作というより、魂の叫びですな、この本は。祖国ってなに? あなたはどう思いますか?