2005年07月18日「東京タワー」「わが闘争」「バ・イ・ク」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「東京タワー」
 リリー・フランキー著 扶桑社 1575円

 著者は「水10!」でお馴染みのあのリリーさんね。後半出てくる変な怪物、あれ作った人。
 「どうして、この人、ここにいるの?」と不思議な人もいるでしょうけど、まっ、作者なわけです。

 サブタイトルが「オカンとボクと、時々、オトン」。
 そう、これはいまは亡きオカンへのレクイエム? 挽歌? いやいや、ラブレターです。
 そうだなぁ・・・。「伊豆の踊子」と「舞姫」「ぼっちゃん」を足して3で割ったような作品だなぁ。直木賞、あげたいです。、これも映画になると思うよ。

 リリーさんの故郷って2つあるのよ。1つはオトンが暮らす小倉、もう一つはオカンが暮らしてた筑豊。

 「ボクはオトンのことを家族と感じたことはなかった。物心がつき始めた頃には、もう一緒に暮らしてはいないのだから」
 
 リリーさんはずっと母子家庭。といっても、オトンはいるの。ずっと別居生活なのね。
 理由は?

 「小倉のばあちゃんとオカンの折り合いがわるかったけん」
 「?」
 「あのはあちゃんはだれとも合わんのよ」

 オトンは元々新聞社に勤務してたんだけど、長続きできない人なのね。で、ソープランド、宗教団体など、住民が嫌がる建物ばかり建てる建築事務所をやってます。
 ということは、かぎりなくあっち系の仕事をしてるってわけ。

 オカンはそんなオトンとずっと別居生活。で、実家に来たり、兄妹のところに居候したりして、リリーさんを懸命に育てます。
 450ページもの大著だけど、半分は小倉、筑豊での子ども時代、青春時代を描いてます。
 リリーさんはわたしより5つ若いんですが、地域差もあるのか。ずっと昔の子どもみたいなんだよねぇ。遊びも似てます。メンコ、ベーゴマ、指でこすると煙が出てくるヤツ、チクロ入りのジュース・・・。

 「ボクが小学校にあがり、ランドセルを背負って下校する道すがら、いつも商店街や駅前で、筑豊のばあちゃんの姿を探しながら帰った。
 夏には男みたいなシャツ一枚で、首から白いタオルを下げたばあちゃんを見つけては、こっそり後ろから近づく。近づいて荷台に座り、魚の生臭い匂いに揺られながら街の中を抜けていく。
 家は急な坂道の頂上にあった。魚と氷を載せたリアカーは、平坦な道ならともかく、坂道では若い男が引いても、慣れない者は後ろ向きに引っ張られてしまう。坂の途中でばあちゃんは何度も休憩をとりながら、息を切らせて少しずつのぼった。遠くからでも見える急な坂道にいるばあちゃんを見つけると、ボクは急いで駆け寄って、後ろからリヤカーを押した。
 後ろから力が加わると、ばあちゃんは振り向き、にやりと笑って、また前を向き直ってリヤカーを引く手に力が加わる。近所の人も、ボクの友だちも、坂道でばあちゃんとを見かけると、みんな、後ろから押して手伝った。
 そんなばあちちゃんを見ていると、ボクは月々、思うことがあった。
 なんで、ばあちゃんはひとりで住んでいるのだろう。九人の子どもと二十人近い孫。その孫の中で、ばあちゃんと暮らした経験があるのはボクしかいないそうだ」

 リリーさんは、中学入学を機に筑豊から小倉に出て行きます。オトンのところから学校に通おうとしたわけです。
 そこで、みなからお別れパーティとか餞別とかもらった。それなのに、これがパー。
 結局、みんなと同じ中学に通い、野球部に入ります。
 あとは大分の公立芸術専門高校に入学して、下宿生活。

 そして、いよいよ大学(武蔵美)に入るために東京に出てきます。

 「東京にいると、必要なものだけしか持っていない者は、貧しい者になる。東京では「必要以上」のものを持って、はじめて一般的な庶民であり、必要過剰な財を手にして初めて、豊かな者になる」

 「オカンね、癌になったんよ」
 「どこが悪いん・・・?」
 「甲状腺の癌なんよ」
 「それ、治るん?」
 「心配せんでよか。命に別状はないんやけん」

 「オカン・・・」
 「なんね?」
 「東京にくるね?」
 「あぁ・・・?」
 「東京で一緒に住もうか?」

 オカンのことだから、断るだろう・・・と思った。
 「本当に行ってもいいんかね?」
 「あぁ、いいよ」
 「そしたら、東京に行こうかね」
 「うん・・・来たらいいよ」
 意外な返事だった。しかし、オカンがそうすると言うのだから、よほど精神的にもせっぱ詰まっていたんだなと思った。

 オカンは料理屋で働き、自分で店を開いたこともあり、料理がうまい。その料理と陽気なオカン目当てに、リリーさんがいない時もたくさんの来客がある。もちろん、ほとんど、リリーさんの仕事仲間。
 いまや、高名になったバンドのリーダーなど、「好きな食べ物」という雑誌のアンケートに「リリーさんのオカンの料理」と答えていたほど。

 楽しい日々が続きます。けど、病魔は少しずつオカンの身体を蝕んでいたのです。
 東京タワーのそばの病院に入院します。
 「あぁ、東京タワーか」
 オカンは鏡に映る東京タワーを指でなぞりながら、きれいやねぇという微笑を浮かべた。
 甲状腺癌はフランス返りの名医のおかげで無事完治。

 ところが、胃ガンが命取りになります。
 69歳で亡くなります。
 病室にはボクとオカンとオトン。ボクたち3人が同じ部屋の中で寝るなんて、何年ぶりだろう。オカンの最後の願いはボクたちがこうして同じ場所で眠ることだったのだろう。

 葬式は自宅でやる。考えていたよりはるかに多くの人が弔問に訪れてくれる。
 この忙しい時期に・・・その表情をひとつひとつ見ていると、それはボクの関係者ということだけでなく、訪れる人のほとんどが一度はオカンの飯を食べたことがあることに気づいた。
 ボクだけの人間関係で人が集まってくれたような傲った気分になっていたけど、そうじゃない。ここにいる多くの人は、オカンが東京に来て作った、オカンの友だちなのだ。
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2 「わが闘争」
 角川春樹著 イーストプレス 1575円

 カリスマ、復活! たしかに。
 もう好きなこと、書いてます。けど、欲得を超越した本音がズバズバ。

 「心と魂は違うものだ。魂とはその人が本来持っている本質的なものであり、どんなことがあろうと変わらない。だが、心は状況、環境によって変わる。だから、心境というものはころころ変わるものだろう。
 オレの心は、この2年5カ月3日間の間で大きく変わった」

 2年5カ月と3日間?
 そう、刑務所にいたんです。

 「お返しと仕返しはお早めに」が著者のモットー。
 去年の6月24日は「角川春樹 復活の日祝宴会」が開かれた。パーティには角川時代の部下であった幻冬舎の見城徹さんと角川書店の現社長である角川歴彦さん(実弟)も呼んだ。
 見城さんはパーティに来たけれども、歴彦さんはあわてて海外に行って欠席という形をとったらしい。

 角川書店というのは、著者が継いだ時にはすでに大企業になっていたのかと思ったら、そうじゃないのね。
 元々は教科書出版社で、著者への印税も半年後という状態。
 教科書出してるし、その著者は國學院大學の関係者が多いから、著者はせっかく志望していた早稲田の文学部に合格したのに、父親から「國學院に行ってくれ」と頼まれた。

 この父親は歌人としても学者としても優秀だったが、経営者としては二流。
 そして、人間としてはもっとダメな男だった。言うこととやることがまったく違う。そんな父親を軽蔑し、なにかにつけて、刃向かう著者のことを毛嫌いしていたらしい。
 「おまえはオレにぜんぜん似ていない!」
 だから、父親はなんでも従う弟の歴彦さんを可愛がったという。

 だが、そんなやり方を父親は苦々しく見ていた。

 博報堂の社長がこの父親の死後、2人の兄弟にご馳走してくれた。
 「あなたのお父さんはいい時に亡くなられましたね」
 「なぜですか?」
 「角川さん、あなたは、お父さんが存命中であれば、あなたが会社を飛び出したか、お父さんを追放していたことでしょう」
 たしかに。

 「当時、オレは角川書店の売上を毎年、1人で5割以上伸していた。当時の社内で企画が当たったのは、オレの企画だけだった」
 入社早々にしたことは、「カラー版 世界の詩集」(全12巻)。これが各20万部ずつ売れた。
 とくに傑出しているのは翻訳出版を手がけたことだろう。
 早川書房が手がけて成功した「卒業」。あのダスティン・ホフマンとギャサリン・ロスの名場面で一躍有名になったし、サイモンとガーファンクルの音楽も大ヒットしたでしょ。
 これ、彼が理想とする商売のしかたなのね。
 「活字と映像と音楽」
 そう、角川商法ですよ。
 
 で、目を付けたのが「ラブ・ストーリー ある愛の詩」。エリック・シーガルの大ヒット作品ね。
 この原作権がたったの250ドル。
 もちろん、父親は反対するに決まってる。だから、会議にもかけず独断専行。営業も大反対。けど、作っちゃった。
 映画に進出したのは、なんのことはない。松竹に任せていたら、シナリオはズルズル無遅れるし、経費は最初、間接費として4億円要求され、怒って抗議すると、2億円に下がり、さらに1億円。
 なんて丼勘定なんだ、と呆れた。

 公開が遅れると、単行本、文庫のフェアに間に合わない。
 こんな連中、相手にしていてもしょうがない。自分で作ってしまえ、となった。
 けど、すでに「八つ墓村」は松竹に映画化権を売ってある。そこで出てきたのが、「犬神家の一族」ってわけ。
 これ、わたし、新宿でロードショー見ましたよ。
 その後の映画を巻き込んだ大ヒットはドカドカ続きます。いまの角川書店は彼のビジネスモデルでやってますもんね。

 いままで五回結婚してるんだけど、その女性関係についても正直に吐露してます。
 五回結婚し、五回離婚。はじめの奥さんとは学生時代に知り合い、一度、復縁しているから、4人の女性と結婚、離婚したことになるのかな。
 愛していたのは2番目に結婚した女性だけ。
 では、どうして、ほかの女性と結婚したかといえば、子どもができたから。
 5回目の結婚相手(ペンネーム角川いつかさん)など、拘置所から刑務所に入るため、結局、2カ月足らずの結婚生活。しかも、これ、入所した時の面会相手として結婚した女性だとか。
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3 「バ・イ・ク」
 柳家小三治著 講談社文庫 660円

 この人が小さんを継ぐと思ってたんだけどねぇ。やっぱり実子の三語桜さんが継ぐんですね。
 で、その後は花緑か・・・。
 小さんの一周忌記念落語会が紀伊國屋ホールでありました。その時、ゲストの馬風師匠
 「まっ、小さんを継ぐのは小三治だな。ありゃ、落語がおれなんかよりずっとうまいもの。三語桜さんはもう立派な名前がある。次は花緑・・・」
 結局、花緑が継ぐことは全員、認めているわけ。
 当の小三治は「花緑が継げばいい。さっさと譲りゃいいんだよ」と言ってましたね。

 さて、小三治さん。大のバイク好き。オーディオ好き、最近は音楽好きが高じて、歌まで歌ってますからね。CD出したでしょ。

 落語会にはバイク好きが多いんです。けど、でかいバイクを席亭に乗り付けるのはねぇ、ちょっとむずかしい。邪魔だもの。
 「怪我したらどうする?」なんて師匠連中からも小言を食らう。小三治も小さんから苦々しい目で見られたってさ。

 けど、隠れバイクファンたちを集めて、グループを作った。それが「転倒虫(虫という字はホントは虫を3つ書きます)」。
 で、親睦のためにバイクのツーリングに出かけます。
 てなわけで、この本は彼らの北海道ロングツーリング日記てなところ。
 バイクに乗って、行く先々で落語を披露する。そんな楽しい旅行なんだけど、あちらこちらで事故が起こるわけ。
 まっ、噺家は身内の不幸もネタにする。ただでは起きない人たちですから、はちゃめちゃ。だから、面白い。
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