2013年02月24日「秋刀魚の味」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 言わずとしれた小津安二郎の遺作。紀子三部作をすべて持ってきた、と感じさせる作品ですね。

 作家というのは、処女作を永遠に書き直してる、と思うんですけど、小津さんもしつこくこのテーマを描き続けてるような気がしてなりません。

 父親と娘。まあ、正確に言えば、「麦秋」は父親というより兄であり、「東京物語」は亡き次男の妻ということで嫁、ということになるんでしょうがね。

 娘をもったことがないんで、「娘の父」の気持ちはさっぱりわかりません。でも、なんか損する気持ちなんでしょうな。どうせ同居しないんだから同じことなんだけど、息子の場合は嫁をもらった、なんか得した、という気持ちであることはわかります。

 すべては配偶者次第。その点、娘は娘。嫁に行っても娘です。嫁はしょせん他人ですからね・・・でも、小津映画ではこんな発想が根底から崩れるわけ。娘があてにならない。嫁のほうがずっと気持ちが通じてる。

 なんだかんだで、結局はその人次第なわけでね。娘だとか息子の嫁だとかあまり関係ないわけ。で、それは嫁とか娘とかじゃなくて、本人がどうだったか、どうなのかということにかかってるわけです。



「今日はどちらのお帰り? お葬式かしら?」
「まあ、そんなもんだよ」

 平山周平(笠智衆)は妻を亡くし、長女の岩下志麻さんと次男の三上真一郎さんと3人暮らし。あるとき、「ひょうたん」とあだ名をつけた漢文教師(東野英次郎)の実家で行き遅れの娘(杉村春子)を見てハッとします。

「私が嫁に行ったら、お父さん、困るでしょ?」

 これ、「晩春」で原節子さんの台詞にもありましたなあ。たしかに困るけど、行き遅れは父親としてはもっと困る。で、息子の佐田啓二にそれとなく良さそうな男を物色させるわけ。。。

 それにしても、岩下志麻さんは美しいですなあ。この映画ではじめて中井貴一さんが父親に似てることがわかりました。妹を娶らせたかった同僚の吉田輝雄は色男ですな。「愛染鬘」では、佐田啓二の奥さん役の岡田茉莉子さんとコンビでしたね。

 笠さんの海軍時代の部下役が加東大介。これがまた最高。でもって、亡き妻の面影をしのばせるBARのマダムが岸田今日子。台詞を聞いてると、どうやら28歳の役なんだけど、老けてますわなあ。でも、いい女。

「お葬式?」「そんなもんだよ」のやりとりは彼女とですからね。

 1人になった男がふらふらと吸い寄せられたのがこのBAR。千鳥足の夢心地でたどり着くわけ。映画のラストはここで終わるけど、どうしてここに来たんでしょうかね?

 亡き妻に報告に来たんじゃないのかなあ。。。あの「お葬式?」「そんなもんだよ」の会話は夫婦の会話だと私は受け取っています。

「1人娘がようやく嫁に行きましたね」
「突然だったけど、相手はいい男だよ。きっと幸せにしてくれるさ」
「あなた、これからお1人ですね?」
「末の子がまだ残ってるよ」
「あの子も長男と同じように出て行きますよ」
「なに、かまうものか。どうせ人間なんて独りぽっちさ」

 1人、トリスを飲みながらこんな会話をしてたんじゃないかなあ。。。面影の妻を相手にね。

 秋刀魚の味か? たしかにはらわたは苦いや。