2013年07月29日「通勤快読」を公開します 『橋はかかる』(村崎太郎&栗原美和子著・講談社)

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 消費税増税をどうするか、来年4月にホントに8パーに増やすのかどうか。参院選圧勝後、注目のテーマはこれですね。
 安部さんの周辺では、たとえば、浜田さんなんかは「景気回復とでふれ脱却が最優先。増税はもっとあとでいい」「いや、3パーではなく1パーでいい」なんて議論がされてますね。

 さて、どうなるか? 私の結論は「財務省の思惑通りに進む=3%増税する」というものです。理由は明日のブログにまわします。


「中島孝志の通勤快読」を今日は公開します。夏休みに突入しました。この期間だけお子さんと一緒に聞いてみてはいかがでしょうか。

 読書の醍醐味については、ただいま発売中の「プレジデント誌」に書きましたが、あの中で触れていないことが1つ。読書は作家や著書のもっている情報をトランスファーすることではありません。

 自分との対話です。本は媒体に過ぎないのです。得られるものは情報ではありません。知的好奇心。そして感動です。感動すると、昨日の自分からひと皮つるんと剥けることができます。油断大敵。性分は記憶合金のようにすぐに元に戻ります。だから、毎日、感動することが大切なんです。

「その悟りを20年間研いていけ!」

 大徳寺を開いた大燈国師は師匠からそう言われて河原者に中に入っていきます。すさまじいですね。悟ったからゴールではなく、悟ったからスタートなんですね。

 今日、特別公開する「中島孝志の通勤快読」は『橋はかかる』です。もちろん、会員の方はいつも通り音声でもテキストでもどちらでも視聴できます。



「太郎次郎をドラマ化したい」
「あなた、頭おかしいんじゃないですか?」

 タイトルは、もち、住井すゑ著『橋のない川』からとったんでしょ。

 太郎さんにとっては、おそらく、どん底での出逢い。天から蜘蛛の糸が降りてきたことに気づいていたかもしれませんね。
「そういう出身なんだけど、結婚してくれないか」
「ならば結婚します」
 ならば、というレスが凄いね。唸ります。

 太郎さんは被差別部落民として生まれ、いわれなき迫害を経験し、普通の結婚はできないもの、と諦めていた著者が、はじめてみずから出自を明らかにして結婚しよう、と思った女性との遭遇。

 世の中、偶然はありませんな。逢うべくして逢い、別れるべくして別れる。逢える人は逢える。逢えない人は逢えない。ぎりぎりまでだれと出逢うかわからない。すべては神の計画です。神の計画に気づかない人が世の中には多いですな。それで勘違いしてしまう。もったないことですな

 さあて、「♪あんこ椿は恋の花」で知られる「あんこつばき」。大島の椿油を売る娘として認識されてる「あんこスタイル」。これを日本中に広めたのは周防山口の部落の女性たちだそうですね。で、男衆は猿まわし。夫婦者ということは内緒にして、コンビで日本を練り歩いて大儲けします。

 そのカネをすべて管理していたのが著者の曾祖父である梅二郎。

 カネがあれは散財しがちな部落民にかわって、彼はこのカネを貯め込んで金貸しに転じます。搾取したんじゃない。代わって貯蓄した。で、部落民には惜しげもなくどんどん貸した。部落民以外には高利で貸す。結局、返済が滞って破綻しちゃいますけどね。

 習字の授業のときのこと。太郎さんが母親から持たされたのは曾祖父が使っていた古い硯と文鎮。
「村崎くんの家は買えないんだからそういうこと言わないの」

 鼓笛隊を選ぶとき、「村崎くんは最後列でカスタネット持って」と教師から言われた。
「なんで僕はカスタネットなん?」
「なんで最後の列なん?」

 終業式で、彼ともうひとりの女の子だけが教室に残るように言われた。両手一杯に持ち切れないほどの文房具一式を渡された。部落解放運動の成果だという。
 子どもにしてみれば、残酷な行為だったでしょうな。
「なんで、こんなふうに同情されないかんのじゃ?」

 2人しか部落民がいない教室で、ある日、同和問題の特別授業が開かれた。彼女は顔面蒼白。全身を硬直させていた。その姿を見て教師を殴るのをやめたそうです。
 部落民でない子どもにとっては、どこまでいっても他人事。部落民の子どもにとってはその場にいることすら居たたまれない。効果なんてあるんでしょうか。
 あらゆる哀しい問題を取り扱う授業であってくれればいいのに。女性差別、子ども同士のイジメ、老人医療、障害者差別。どれかの項目が自分や自分の家族に置き換えられますからね。

 解放運動の壁は、同じ部落に住む部落民たちの無理解だったそうです。
「貧乏なのは、貧乏な家に生まれたからだ。貧乏人は貧乏人という人種だから、一生貧乏なままだ」と思い込んでいる。無知とは恐ろしい。部落民も学ぶことによって意識が変わる。いい学校を出ることによって就職先が増える。

 著者の親父さんはそう考えました。前科15犯の男が目ざめます。

 水道が通っていないこと、道路は舗装されておらず泥道であること、屋根のない家が当たり前であること、屋根があったとしても襖や障子はないこと。これを市長に直談判します。

「まさか。昭和のこの時代にそんな生活あるわけないでしょ」
「もし、あなたの家族の中に障害者がいたとしたら、あなたはその障害者をほったらかしにしますか?」
「村崎くん、しないよ、そんなことは」
「そうでしょう。その障害者が部落なんです」

 翌日、松岡市長はひとりで訪れます。自分の足で一軒一軒、部落の状況を視察します。それからにすぐ水道が通り、幼稚園が建ち、奨学金制度も組まれます。
 親父さんは数年後、解放運動を続ける傍ら、光市の市議会議員になります。そこで知ったことは、松岡市長のお子さんのひとりが障害者だったこと。あの言葉が届いたのは、市長がわがことと認識したからですね。

「部落に生まれようが生まれまいが、一生懸命やらん奴の人生はつまらんのだ。“どうせ”なんて卑屈になって生きることほどつまらんものはない」

 実は、本書は21日に開催した「中島孝志の日曜読書倶楽部」で紹介した1冊なんですね。テーマは「宮本常一を読む」でした。
 民俗学者の宮本常一と俳優で芸能研究者の小沢昭一が、突然、家に出入りし始め、なんだか親父さんが躍起になって調べ物をしていることには著者も気づいていたそうです。

「まさか、その矛先が自分に向けられるとは夢にも思っていなかった。なぜなら、私は父が喉から手が出るほど望んだ“部落民の一流大学進学への道”を進んでいる真っ最中だったからだ」

「太郎、猿まわしにならんか」
 正直汚いイメージを抱いた。カッコ悪いとも感じた。さげすまれるだろうという不安も持った。でも、ふと思った。それらを全部、俺が変えればええんじゃないか?

「東京へ行って猿まわしを日本中に広めてこい」と旅費だけ渡されます。場所は銀座数寄屋橋の交差点。猿まわしを始めた途端、輪ができた。田舎の神社の境内と何ら変わりなく、自然に私たちを囲む輪ができあがった。そして笑いが起きた。拍手が起きた。ご祝儀もちゃんともらえた。

 ホームレスのオジサンは輪の最前列に陣取っていたそうです。「迷惑だなあ。他のお客さんが寄りつかんかもしれんなぁ」と思っていた。朝一番から日没までその場を動かない。
 ところが、彼は1日に1回だけ500円を入れてくれた。芸人冥利に尽きるとはこのことです。貧者の一燈ですな。

 故郷を捨てたかった。部落から逃れたかった。西では部落差別が激しいけれども、東はそうでもないと聞いていた。5歳年上の彼女ができた。都内に高層ビルを10以上持っていた。最初の結婚は21歳。そして27歳で離婚。ファンの女性と食事しただけで、あることないことマスコミに書かれて離婚騒動に発展した。

 後日、会ったら、どうして別れたのかな、と笑い話になった。

 猿回しなんて芸は、だれも好んで始めたわけではありません。農耕権も漁業権も奪われ、荒れた砂地に住まわされ、どうにもこうにも食べていけなかった先祖が苦肉の策で思いついたのが“縁起もの”とされてるこの芸だったんですね。

 06年11月。著者が46歳になる頃、フジテレビのドラマプロデューサー栗原美和子さんがやってきます。
「太郎次郎をドラマ化したい」
「あなた、頭おかしいんじゃないですか?」
 けど、この人は自分を幸せにしてくれる、と直感で思ったといいます。
「そういう出身なんだけど、結婚してくれないか」
「ならば結婚します」

 彼女が結婚の条件として提示したのが、「離れ離れになっている家族と復縁してください」ということ。
 母親が会長を務め、兄弟全員で経営している会社を太郎さんは去っていたのです。部落を忌み嫌い、そして、捨てたのです。
「あなたがうつになったのは、部落が原因じゃない。家族を失ったからよ」
「・・・」
 故郷へ帰ろう。生まれ育った部落にもう一度足を踏み込んでみよう。そうしたら何かが見えて来るかもしれない。もっといろんな人に向き合ってみよう。触れ合ってみよう。日本中の人たちと直接会って語り合ってみよう。そして次郎とともに旅を始めます。猿まわし芸の道具を持って日本の隅々を歩き始めます。

 いろんな人に出逢ってみてわかったことがありました。

「私は、なんと無知であったのか・・・」

 人権問題に関しては人並み以上に詳しいと思っていた。被爆者の方々が、被害者でありながら何故か罪の意識を抱いてしまっていること。水俣病患者の方々は50年も前に公害病と認定されたにもかかわらず、何の対処もしてもらえていないこと。それでも強く生きてきたこと。はじめて知ることばかり。

 人は人の間ではじめて研かれるもの。人は砥石。あなたも砥石。私も砥石。