2005年10月06日「ひかない魚」 新津武昭著 求龍堂 1995円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 忘れない中にもう1度言っとくけど、この19日に大前研一さんが主催する「アタッカーズ・ビジネススクール」ってとこで講義します。
 題して「リーダーのための人を動かす表現力」。会費5000円。これ、少人数限定の講義だから、申込は迅速によろぴこ。

 実はホームページからブログ転換にあたって、最初に紹介しようと思ってた本が、これなのよ。
どこで見つけたのか、アマゾンでクルージングをしてた時か、書店で遭遇した時か・・・書庫を整理してたら見つかったってわけ。で、読んだら止まらない、つうか、思わず姿勢を正して読んでました。
 「どうしてもっと早く気づかなかったんだろう!」
 典型的B型で、失敗しないとわからない。失敗しても繰り返す。本書もおおいに後悔し、また、再会を祝った本でした。

 今回はじっくり、どっぷり、嫌というほど書くつもりなんで、そこのところ、よろぴこ! ブンブン、ブブブン(めちゃいけのノリでね)!

 辻邦生、白洲次郎、小林秀雄、志賀直哉、井上靖、梅原龍三郎、三島由紀夫、安岡章太郎、江藤淳、開高健、安部公房、河上徹太郎、今日出海、加山又造、犬丸一郎、早川清、池島信平、田中健吾、林健太郎、中川順、神山繁・・・いったいなんでしょ? 文豪、芸術家、財界人、マスコミの重鎮、学者、俳優・・・。

 「きよ田」って知ってる? 鮨屋さん。この人達、みな、そこの常連なのよ。
 といっても、もうないよ。帝国ホテルからちょっと銀座に入ったとこにあったのね。風情はまことに地味のひと言。カウンター十数名の清潔な店。魚のにおい、鮨のにおいをまったくさせませんでした。

 「食事をするって、いちばん無防備になってる時じゃないですか。小林さんにしろ、辻さんにしろ、ここでくつろいでおられたのがカウンターの内側からもよくわかりました」という新津さんはこの店の亭主。つまり、本書の著者(といっても、これ、聞き書き本。本人は頼まれても絶対書くようなタイプじゃないもの)。 
 履き物の音が嫌で店には絨毯敷いてました。どこに? もちろん、板場ですよ。客席は普通だもの、ここ。
 普通、鮨屋って、カウンターの前に鮨ダネの入った冷蔵ケースがあんでしょ。あれもない。こだわり? さてさて、どうだか。「壊れて、新しいの買おうと思ったら高くてやめた。でも、掃除する手間も省けて楽だもの」だと。
 看板だってなかった。「おまえの店は知ってるヤツしかこないから看板なんていらねぇ」と白洲さんがもってっちゃった。

 白洲次郎?
 吉田茂のお友達。で、内閣の顧問してた人。ずっと英国育ちだから気が合ったんでしょうね。気品がある。凛とした人。で、喧嘩っ早い。オシャレ。いいねぇ。男の理想だね。爺さんになっても、スタイル抜群のイカした人でした。
 たしか三陽商会の創業者に頼まれて顧問を永らくしてたはず。けど、「最後まで給料を受けとってもらえなかった」って伝説の人だね。この人の本、ホームページ時代にここで紹介してるよ。

 「清田の魅力? そういうの、とくにないもんね。ただ、美味しいから、あそこの鮨は。だから行ってるわけで。鮨って、いい魚とご飯のバランスが決め手。魚が裾ひいてたりしないヤツがいいのね。板前が変に威張ったり、講釈垂れたりしない店がいいよ。会席みたいにちょろちょろいろんな物が出てくる鮨屋あるでしょ? そういうのもないからね、あそこは」
 これ、帝国ホテルの犬丸さんの話。

 加山又造さんが1人でブラッと寄ったわけ。
 「明日、新宿副都心(昔はね)の雪景色を描かなきゃいけないから、今晩はここで泊まる」
 「宿は?」ときくと、まだ決めてない。で、帝国ホテルを紹介してたあげた。数日後、「この前のお礼だよ」と絵を持ってきてくれた。となると、御礼はどうしようって考えるよね。
 新津さんもそう思ったの。で、画商のお客さんに相談した。
 「おい、武、おまえあれか? 加山さんと対等にお付き合いするのかい?」
 「いえいえ、とんでもありません」
 「だったら、ありがとうございますって、頭下げてりゃいいんだよ。お礼なんかする必要はない」ときっぱり。
 どうせ絵描きなんだから、絵の具と紙だけで、お金なんかかかってないんだ・・・とも。以来、どんな人になにをされても、お礼はしない主義。
 これね、大切なことだと思うよ。いつもご馳走になる、いつもお金を払わないしみったれという意味ではありません。「対等につき合えない人」っているよね。いま、どんなに羽振りがよくたって、「こちらが払ったら失礼」という人がいます。

 たくさんの有名、無名な人に愛された店です。お客に教えられ、お客に育てられたと言います。
 これだけのお客の中で、とりわけ好きだった人が辻邦生さんだって。
 この人の小説、学生時代に読みました。たとえば、『背教者ユリアヌス』ね。これ、最高でした。
 その後、『海の都の物語』だったかな。塩野七生さんの小説が出版された時、あれ、これ、背教者ユリアヌスじゃないかって思ったくらいだもの。
 しばらく読んでません。で、新津さんは本を読まないけれども、「辻さんのだけは読もうと思った」って。で、読んだって。
 「書かれた本と本人との間にギャップがまったくありませんでした」
 この一言で、私、辻邦生全集、買ってしまいました。いずれ、ここでも紹介しましょう(その前に、向田邦子のDVD買い込んじゃったから)。
辻さんて人は、イタリア文学、フランス文学の泰斗で天皇陛下にご進講もされた方ですね。軽井沢の別荘に皇太子時代の天皇、皇后両陛下をお招きして、新津さんに紹介してくれたのもこの辻さん。その後、新津さんは東宮御所に鮨を握りに参上してますね。
奥さんの佐保子さん(名大教授)からも愛されてました。「何千万は困るけど、何百万なら書いてもいいからね。お金に困ったら使いなさいよ」と白紙の小切手、もらってました。

新津さんは独立独歩の人。20歳で独立。その前もその後も、師匠を求めて修業したのは事実。だけど、彼のお眼鏡にかなう人はいなかったみたい。
 自分でやるしかない、と腹をくくったわけ。
 でも、ある人から紹介された鮨屋さん。京都の「松鮨」のご主人は勉強になったらしい。どこが? 「立ち居振る舞いが良かった」だって。味は関西だからね、甘いだけでしょ。けど、立ち居振る舞いはあざやか。
 私、この店、行ったことあります。20年くらい前かな。フグの握りで有名だったと思う。あれ、美味かったなぁ。

 「東京の鮨は、まぐろ、ひかりもの、穴子の基本の三つをきちんとやっていればいい。まぐろに力を入れない限り、東京の鮨じゃない。それに季節のものが加わってまわっていく」
 この店、お通しなんかありません。デザート? あるわけがない。いきなり刺身。鮨種も増やさない。季節通りのいつものもの。

こんなに超有名人ばかりが集まってる鮨屋。不思議だね。成り金はあまり来ないのよ。なぜかというとね、どことなく居心地が悪いのよ。
 店には「波動」があります。亭主とお客という人間の波動ね。ここに違う「人種」が来ると波動がおかしくなるわけ。だから、そそくさと帰っちゃうし、二度と来ない。そんなものです。
 といっても、「文士は行儀が悪い。辻さんを見て、はじめて、文士にもまともな人がいるんだってわかった」だと。
 きよ田にいいお客がドッと流れ込んだのは、やはり、理由があります。それまで、財界人、作家、あるいは大手出版社の社長たちは、やはり、銀座にある超有名店を贔屓にしてたのよ。でも、そこが儲かりだして新規事業とかやり出したわけ。
 となると、どうしても亭主が不在がちになる。
 「今日、いなかったら、もう来るのやめよう」と思った人たちが多かった。その時、「鮨いのち」で頑張ってる若手の鮨職人がいた。で、そこに流れ込んでいったわけ。
 この世界、口コミがものすごい。出版人は作家を、作家はクラブのママを、ママは財界人を連れてくる。で、こうなっちゃった。

 まるまる35年やって、きよ田は閉めました。
 「いい人に出会えた。人間好きだからよかった。けど、いい人や物を知ってしまった悲劇のようなものもがあるのかもしれません。そこに辻邦生さんの死があって、ガックリ来た」
 「辻邦生さんの一周忌の後」と決めてたんですね。2000年12月28日に閉めました(その後、だれかが店を買い取って同じ場所に同じ屋号で出てるらしいけど、知らんわな)。

 それにしても、文章、長いね。短くて良ければそうするけど、とことんやらないと気が済まない性分だから、私。そこんところ、よろぴこ! ブンブン、ブブブン(ちょっと気に入ってる)!