2005年10月27日「たかがビール されどビール」 松井康雄著 日刊工業新聞社 1995円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

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 サブが「アサヒスーパードライ、18年目の真実」ってあるけど、なぜ、今頃、スーパードライなの?
 もう、いろんな本で言い尽くされてるでしょうが?
 アサヒの関係者が講演でもいろいろ話してくれたしね。このサイトでも、昔、瀬戸雄三さん(樋口さんの次の社長)の本を紹介したはず。「この人が本当はスーパードライの生みの親だった」ってね。

 けど、この大判で400ページを軽く超えるボリュームの本を読んで、ようやくわかりました。
 違うんだね。話が。

 スーパードライって、どんなビールが好まれるか、マーケティング調査をして開発したようなものじゃないんだ。すべて、1人の天才が開発したものなんだ。
 で、この元3流会社が1流に成り上がった時、「スーパードライ生みの親」である最年少役員を潰すためにいろんなことが行われたってことが赤裸々に書かれてます。

 たしかに、スーパードライが開発され、絶好調でシェアをどんどん奪っていた時、どういうわけか、91年からアサヒは迷走しだすんだよね。
 これ、不思議でした。
マーケティングの基本の基本というのは、「パレートの法則」というか、「80対20の法則」じゃないですか? 強いものをもっと強く。それでシェアを奪っていく。この世界、シェアが売上、利益をすべて決めるから、大切なんですよ。
 ところが、実際に選択した戦略は「全方位外交」。つまり、「ラインナップ戦略」よ。
 これ、実はラガーがドカンと落ちた時に、キリンが採用した方法。で、キリンも失敗しました。「一番搾り」だって、かつてのラガーとは比べようがないものね(参考までに、わたしはサッポロの黒生がいちばん好きです)。

この年以来、アサヒがどんな商品をマーケットにおくったか?
 「Z」「ほろにが」「スーパープレミアム」「ワイルドビート」「エール6」「福島麦酒」「正月麦酒」「ピュアゴールド」「名古屋麦酒」「江戸前」「博多蔵出し生」「生一丁」「収穫祭」「みちのく淡麗生」「道産の生」「ダブル酵母」「黒生」・・・この中でいまでも生き残ってるビールって、どれだけあるんだか。

 キリンがフルライン戦略をとりだした。いろいろ商品を開発して世間におくってる。ところが、アサヒはスーパードライ一本。
 「これでは目立たない。ニュースにならない。キリンに負けるな」と言い出す人が出てきてもおかしくない。
 けど、この時のベストの戦略は、徹底的にスーパードライに特化してダントツの1位にすること。かつてのラガーが不動の1位であったようにね。
 いたずらに多品種化するってことは、戦力の分散になっちゃうもの。たしかにスーパードライのおかげで、シェアが伸びてることは事実。だけど、やっぱり1位はキリンなのよ。販売網、生産能力、営業マン、財務・・・すべてが凌駕してるわけだ。ならば、内部を固める。体質強化にとことん努めるべきなのよ。
 けど、「伝説」を作っちゃったから、なんでもできると錯覚しちゃったんだろうねぇ。
 そんなマーケティング戦略のミスを笑うが如く、スーパードライは地力を発揮していくわけですよ。

 この91年てのは、著者の松井さんがマーケティング部長を追われた年ですよ。
 彼、サムライだから、相手がだれでも言うべきことを言うの。樋口さんからは19回も首を宣告されるくらいだものね。でも、樋口さんという人は「クビ!」が口癖なのね。言った瞬間、もう忘れてるくらいだもの。
 おかげで、敵が多かった。しないでもいい喧嘩はいなくていいけど、アサヒではそんな悠長なこといってられる状況じゃなかったもの。
 「もっとうまく立ち回れば・・・」というのは、いまだから言えることかもしれませんね。
 樋口さんの後継社長など、得意先でもある居酒屋の社長が松井さんを賞賛したところ、「冗談でしょう。こいつはまったく信用できないんですよ。私などい寝首を掻かれるかわからないと思っているんですよ。油断してはいけません・・・」と言い出す始末。
 真顔で次から次へと人格否定の言葉が続くのに、得意先もどっちらけ。白けたまま、お開き。

 常務昇格と同時にされた仕打ちはさらにひどいものですよ。
 「ビールの新商品開発については一切口を出さないでもらいたい。理由は君が直接、新商品の開発指揮を執ると、マーケティング部や研究所の若い連中が萎縮してしまい、彼らの自由な発想で商品開発ができなくなる。それでは困るので、君は新商品開発以外の研究所のマネジメントに注力してもらいたい」
 こんなこと、いわれてさ。サラリーマンの悲哀だよね。
 で、彼はいままで担当したことのない研究所に行くことになったわけ。しかも、そこは最新式ビルでもなく、古い古い小部屋。最初は机も椅子もなかった。

 ビジネスマンとして、ダイナミックに仕事はできた。だが、同時に敵も多かった。
 こういうケースは、外資系企業ではよくあります。弾が前からではなく後ろから飛んでくるような事態がね。
 けど、アサヒでもそうだったのかね。手柄を競う人間ばかり出てきた。それに出世が絡む。
 「あれは俺がやった仕事だ」と言い張る人間が出てくるのも無理はないね。

 この人、どうしていままで本を出さなかったか?
 それはね、アサヒビールが破竹の勢いで伸びてた頃、この人がまだマーケティング部長だった時、毎日新聞の現役とOBを交えた宴席に招待された時。
 ある高名な女性作家が来てたのよ。その人からきつく言われたひと言。
 「この話をあなたが本にする時は、あなたがトップになってからやりなさい。さもないと、あなたは負け犬の遠吠えといわれかねませんよ」

 いま、著者はアサヒビールの関係会社の役員も退いた。天下晴れての素浪人。だれに気兼ねすることもないものね。

 ところで、スーパードライって、松井さんの戦略では「2番手」の商品だったらしいね。2番手という意味は、2番バッターということ。1番バッターは「クリアなビール」。すなわち、「コクがあるのにキレがあるビール」ね。
 これがスーパードライだとずっと思ってました。
 違うのね。スーパードライって、2番目に出てきたビールだったのよ。このコンセプトは「ドライ・アンド・ハード」。
 いずれも「何杯でも飲めるビール」を開発しようとしたこと。

 何杯でも飲めるビールってコンセプトは重要ですよ。というのも、後日、研究開発部を担当するようになって愕然としたことがあります。
 研究員の発表を聞いてると、どうしてこんなビールを開発するのか不思議でならなかった。それは「一杯飲むと満足するビール」。
 天地の差ですよ、これは。

 ビールってのは、愛飲者の中で10%いるといわれるヘビーユーザー。この人達がビール消費量全体の50%のビールを飲んでるわけ。次にミドルユーザー10%が25%のビールを飲んでる。
 合わせて、20%のユーザーが全体の75%のビールを飲んでる。この20%を相手に開発しないと、量は捌けません。つまり、売上は増えないんですよ。

 著者は第3のビールとして、「香り」を開発のポイントに上げた。けど、これは結局、出せなかった。会社としては出したんだけど、それは彼が考えるそれとは雲泥の差。消えてなくなりましたよ。
 「香り」をキーコンセプトにしたビールを開発するより、スーパードライを徹底的に育てるべきだと判断したわけ。
 この判断は正解だったと思う。しかし、この持論が組織の中でははみ出していくわけですよ。
 著者のサラリーマン人生は、ドラマだね。映画やテレビにできますよ。会社としては困るだろうけど、見てみたいね。シナリオも簡単だよ。脚色なしに、そのまま書けばいいんだから。
 
 土日にじっくり腰を据えて読んでみては? 飲み応え、いやいや、読み応えのある1冊ですよ。
 350円高。