2003年12月15日「大人塾」「不良品」「シャレのち曇り」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「大人塾」
 藤巻健史・幸夫著 朝日新聞社 1300円

 この人たち、兄弟だったんですね。ちいとも知らなかった。
 兄は健史さん。ということは、弟が幸夫さん。兄はモルガン銀行でならした人。ジョージ・ソロスの投資アドバイザーを経て、独立。弟は伊勢丹でカリスマバイヤーとしてならした人。最近、会社更生法の適用を受けた福助に再建社長として就任した人物です。

 これ、朝日新聞の土曜日版に掲載されてたらしいですね。一度も読んだことなかった。
 もっぱら、兄は巷の経済事例をネタにして軽いお金のエッセイを、弟はファッションなどのトレンドをネタにした笑える話を、というように棲み分けがきちんとなされてます。

 兄曰く・・・。
 「女性はディーラーに向かないのでしょうか? 講演会で聞かれる質問です。たしかに欧米の銀行も含めて、女性ディーラーは少ない。だが、私は性差はないと思う。たしかに、一般にはディーラーとは動物的勘が頼りのばくち打ちのイメージがあるのかもしれない。
 実際のトレーディングはそうではない。経済を分析する頭脳ゲームなのである・・・しかし、この人、ディーラーに向かないな、と思う人はいる。景気分析能力に加えて、すばやい意思決定能力も必要なのだが、それに欠けている人もいるからである。
 テニスはラケットをくるくる回し、裏か表かを当てることで最初のサーブ権を決める。先日のテニスで私はナカムラ夫人と組んだ。相手にWhich?と聞かれたナカムラ夫人は、ウーンと唸ったきりなかなか決断がつかない。ついに、藤巻さん、どちらにしましょうか?と聞いてきた。試合中は思い切ったプレーをするのであるが、彼女はディーラーには向かないな、と私は思った」

 弟曰く・・・。
 「ビジネスマン諸氏はネクタイ一本買うにも奥様任せ。電車の中の彼らは、グレーなど無難なものばかり。みんな一様で、主張がない。なさすぎる。
 ダメだ。日本男児がそんなことではダメだ。
 まず、色から入れ。海が好きだから、ブルーが好きだっ。それでもいい。私の敬愛するキタムラ(バッグのキタムラのこと)の社長さんはオレンジ好き。ネクタイの柄にも、オフに着こなすポロシャツにも、オレンジが入る。いつも太陽のように明るく、エネルギッシュでありたい、のだそうだ。
 自分はコレだ!という主張をもって、色で現してみる。どうです、そんなノリで・・・」

 こんな調子です。
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2 「不良品」
 宇梶剛士著 ソフトバンクバブリッシング 1500円

 この著者を最初にわたしが見たのは、ジャバネット・タカタの通販番組だったな。
 「これいいよ」「ホーント素晴らしい商品です。買わなくちゃ」とおべんちゃらを言うでも無し、「事務所に言われて出てきたけど、やだな、こんな仕事。それにボク、使ったこともない商品、前にして、これいいわ、絶対お得よなんて、そんな器用なことできないよ。それにしても、この女(一緒に出てた人。プロ野球選手の奥さんじゃなかったかな、たしか)、口からデマカセでぺらぺらペラペラよく喋るよ、ホントに。まっ、ニコニコと愛想だけは振りまいておくか」って思ってるのが手に取るようにわかりました。
 一回か二回見ただけで消えました。当たり前だよな。

 でも、この人、いろんな体験してるのよね。

 これ、お勧めです。 
 著者の本職は俳優ですけど、最近はバラエティ番組にもよく出てるよね。この本が世に出るきっかけもバラエティ番組の中でもらしたエピソードが契機になってるはず。
 この人、暴走族ブラックエンペラーという2千人もの構成員の総長を17歳でやってた男なんですね。本書には載ってないけど、実は昔、「17歳の地図」という中上健次さんの本が映画化された時、この主役をしていた本間優二さんもブラックエンペラーの総長でしたよね。

 波長というのかな、ワルにはワルの波長があります。これがぶつかるから対立するわけですよ。
 この人、器用じゃないから、いつも正面、ストレートに生きているようで、バカ正直。
 建築会社で仕事バカの父親、飲めば愚痴ばかり。母親はアイヌ民族の誇りも高く、世の中の不正とか差別とかに敢然と立ち向かう人。しかし、他人の世話ばかり焼いて、家族を放っている。
 それに反発して、彼は家出しちゃうわけ。

 売られた喧嘩は買う。しかし、弱いものいじめは絶対にしない。そんな正義感溢れる男がぐれるきっかけは、高校時代。
 子どもの頃から野球少年で、ものすごく将来を嘱望されていました。高校から渡米してメジャーリーグを目指す予定で、日本の高校には願書も出していない。ところが、父親が派閥争いで敗れて連座して左遷。渡米など夢のまた夢となり、「名前だけ書けば合格」という野球の名門校に入ります。
 ここでは前近代的な野球指導が行われていました。上級生によるしごきとリンチ。
 それに反発した下級生に巻き込まれ、持論をぶったのが著者。それで首謀者にまつりあげられ、1人だけ損するばかり。
 野球部の監督を殴ろうとして退学。野球ができなくなって、夢が消えた瞬間。キレてしまうわけです。

 それからは喧嘩の毎日。
 「国立の宇梶」というと、もう都内でも一目置かれる存在になっていました。暴走族に入るなり、総長のところに行って直談判。
 「本部を小平から国立に移すから」
 相手もさるもので、この度胸を高く評価。引退する時には全員一致で、彼が総長に選ばれます。
 それからは少年院に入っつて、信頼すべき先生と出会います。その先生方のおかげで、定時制高校に入学。ここでも、事件に巻き込まれてしまって一波乱、二波乱。それでも絶対に高校を卒業しようと決意します。
 「バスケットボール部に入れば不問に付す」という寛大な処置で、バケスに没頭。これが高校大会で優勝してしまうわけ。
 明大付属中野高校だったから、「バスケで大学に推薦してやる」という話も断ります。

 「ボク、俳優になります!」

 人は性格にあった事件に遭遇する、とだれかが言いました。たしかに、いつも真正面のストレート。人と摩擦を起こすのは当然かもしれません。
 人生するりと抜けるより、壁にぶつかり反問しながら、汗を流して歩くほうがいい。真剣になるのは大事。けど、深刻になってはダメなんです。

 演劇の道に進もうと考えていたら、美輪明宏さんに出逢います。純白の衣裳に目がくらむ。
 「あなた、暗い道を歩いてきたのね」
 「・・・はい」
 「暗闇を見つめてきた人には、純白がうんとまぶしいの。純白の中で生きてきた人は、純白の美しさを見てもさほどの感動は持たないもの。あなたは暗い道を歩いてきたからこそ、純白の白さに感動できるのよ・・・あなたはいま、ようやく暗いところから飛び出して、明るい世界にやってきたのよ」

 この言葉が俳優を志した彼の支えになります。

 「不良」といえるほどカッコよくない。けど、「既製品」ではない。、あえて言えば、「不良品」くらいの表現がいちばん似合っている。
 だから、タイトルも不良品。
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3 「シャレのち曇り」
 立川談四楼著 文藝春秋 1500円

 「あ、あ、あ、あの、で、で、でで、でしに、あのでしにして、あ、あのあの・・・」
 弟子入りする時の口上を何回も練習したのに、このていたらく。よっぽど緊張したんでしょうな。
 そりゃ、弟子入りともなると、暴力団の親分から盃を頂くようなものですから緊張しますよ(経験ないけど)。

 場所は浅草演芸ホール(と小説ではしているが、本当は上野鈴本)。それに対して、師匠の談志さんはこんなシーンには慣れているからね。
 「生まれはどこだ?」
 「群馬です、館林の近くです」
 「ふーん、上州かァ、小円遊もそうじゃねぇか。そうか前橋か(館林なのに)。小円遊はどうだ。行ったら喜ぶぞぉ。あのね、坊や、落語ってな江戸っ子のもんなんだ。標準語ともちょいと違う。下町訛りと言ったらいいのかな、つまり江戸弁が喋れねぇと無理だしダメなんだ。群馬か、うーん、ま、茨城や栃木よりはいくらかマシだけどなぁ」
 「まっ、横浜がリミットだな。親父さんは何屋なんだ」
 「はい、大工です」
 「へぇ、群馬にも大工がいるのか」
 「そりゃ、いるよ。兄(あに)さん」
 話を聞いているその日の真打ちがフォローする。

 「とりあえず、高校だけは卒業してから来いやな。ダメでもツブシがきくだろうし、その間に親を説得するこったな。うまくいったら、親を連れておいで。じゃあな」

 で、この少年は昭和45年、春。憧れの落語家になります。

 前座名が立川寸志。寸志。笑っちゃうねぇ。人の名前で笑っちゃいけないんだけどさ。
 もう、入門日から怒濤のような雑用。なにしろ、売れっ子の談志師匠。1日に四件の梯子なんてザラ。しかも、前年、衆院選は落ちていたものの来るべき参院選に出馬する意向。ただでさえ忙しいのに、追い打ちをかけるように忙しい。
 前座というのは不安の塊。けど、夢の塊でもありますね。
 売れる噺家になるか、巧い噺家になるか。いや、どちらかではなくどちらも目指す。とにかく、落語家の仲間入りができたというだけで嬉しい時代ですよ。

 寸志にも楽しみがありました。それは、師匠のお供でかつて憧れた小さん師匠や文楽師匠を訪れる時。直々に話しかけられたり、お年玉をもらったり、文楽師匠からいれてもらったお茶を飲んだ時など、もう舞い上がってしまいましたよ。

 もう一つの楽しみ。それは「めくり」ですね。次に登場する噺家はこの人です、という見出しを出すこの瞬間がなんとも言えない。
 「談志」と出ただけでわぁぁぁと来る。いまでも、談志師匠の名前がめくられると、歓声があがるもんね。この観客のざわめきがたまらないわけ。
 「こういう噺家になりたい!」
 そう思ったことでしょう。というのも、席亭に行くとわかりますが、歓声が上がったり、出る前から拍手されるような噺家はもうほとんどいませんよ。そうですねぇ。いまなら、さしづめ、談志さん、桂文治さん、米朝さん・・・くらいかなぁ。

 ところで、前座の常給は1日150円です。昼夜、席亭にいれば2倍もらえるわけです。いくら働いても無報酬なのは、まだ前座だから落語協会にも落語芸術協会にも入ってないからですね。
 で、席亭の前でお客の呼び込みをする。これが100円。これはありがたい。
 談志さんは同じだけ別にくれたらしいけどね。少なくとも三年くらいは食べられないから、「いいとこ」の出じゃないとなかなか落語家修業もできません。

 てなわけで、先週に引き続き、談志楼師匠の本ですが、これ、一応、小説です。完全な私小説。彼の前座時代をおもな舞台にしたものです。
 金はないけど、夢がたくさん詰まった時代です。その匂いを感じるだけでも気持ちが良くなるのはどういうわけだろう。わたしが年を取ったということでしょうか。それとも、まだまだ夢があるから、同じ目線で見ているということでしょうか・・・。
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