2003年09月08日「あしたの発想学」「パピーウォーカー」「お金の悩み相談室」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「あしたの発想学」
 岡野雅行著 リヨン社 1400円

 いま、何冊か、この方の本が出てますが、これがいちばんいいと思う。
 聞き手がいて、勝手に著者がしゃべる。それをそのまま書いたものです。それだけに、肉声が伝わってきます。
 かといって、講演のような堅さがなくて、工場(こうば)で機械を見ながら、これ、すごいだろう、俺が作ったんだぜと自慢しながら話している臨場感が伝わってきます。

 遅れましたが、著者は岡野工業という町工場の守衛兼経営者兼職人、とのこと。NHKでも特集された人ですから、ご存じの方も多いのでは。

 テルモという医療機器メーカーが出した「痛くない注射針」。あれ、この人が作ったんですね。ちいとも知りませんでした。
 「痛くない」という意味は、あまりに細いんで「えっ、刺したの? いつ」とわからないんです。だから、当然、痛くない。
 これ、メーカーからの依頼なんですね。
 何しろ、この技術は今までにない作り方であり、みんなが不可能、日本の物理学会のドンもそれは不可能と太鼓判を押したんですが、「なら、やってやろうじゃねぇか」と独裁ぶりを発揮して、とうとう、作っちゃった。
 「みろ。やりゃあ、できるじゃねぇか!」
 この一言を言うのが好きで、二度と同じ仕事はやらないらしいですな。

 作った岡野さんも凄い。けど、「痛くない注射針を作れないか」という問題提起をしたメーカーも凄い、と思います。具体的には、針の長さは20ミリ、穴の直径が80ミクロン、外形が200ミクロンという細さ。従来よりも3割ほど細くなれば、痛くありません。
 さて、どうすれば解決するか、これは大事。だけど、これが問題だと提起するってことも同じだけ重要ですよ。でなければ、進歩などないんですからね。
 で、どうしてそんな問題を提起したかというと、ヒントは「蚊」です。たしかに・・・蚊っていつ刺したかわからないものね。
 「あっ、かゆい。蚊だ」とようやく気づく。それで、「よし、痛くない注射針を作ろう」と思いついたんでしょう。

 蚊に刺される人って、世間にはたくさんいますよ。でも、そこから痛くない注射針という発想はなかなか出てこないと思う。これはどっちも偉いね。

 この痛くない注射針の需要はものすごいんです。たとえば、糖尿病の方はインシュリンを一年で千本も注射しなければならないそうです。これは痛いですよ。それになんといっても、打ったところが青くなったり、何度も打てば皮膚がカチカチになってしまって針が通りにくくなります。
 だから、痛くない注射針は朗報だったと思いますね。
 「いい仕事」をしたと思います。

「どこの世界でも、お客ってのは無理難題を言ってくるもので、だからこそ、やりがいがある」

 ビールメーカーに対して、提案することも少なくありません。
 たとえば、缶ビールの飲み口が180度近く開いたら、これは旨いだろうなと思う。それで、意気揚々とメーカーを回ると、「それは不可能でしょう。技術的に無理です」の一言ですべて却下。
 「30年も前に人類が宇宙に到達してるのに、缶の口一つ広くできないなんて、ようするにやる気がないんだよ」

 すべての問題はできるかどうかではありません。人間のやる気の問題です。というよりも、人間の問題だな。

 岡野さんは依頼されて60パーセント可能だと思ったら、引き受けます。職人としての勘ですね。あとの40パーセントは「アドリブ」とのこと。実際に手を動かして完成させていく、という意味です。

 岡野さんの会社は6人くらいの小さな町工場です。
 そこに国税局がやってきた。理由は、ほかの工場に比べて売上が一桁も多いからですよ。
 これって、余計なお世話ですよね。
 ビジネスの世界に生きている人なら、付加価値、ソフトウエアと言えば、価値あることがわかります。でも、こういう人は世界が違うから、付加価値なんてまったく理解できません。
 「ノウハウは物じゃないし、伝票もないからダメ」と経費は一切、認めてくれません。
 つまり、頭の中にある発想、アイデアというのはまったく価値を認めないんですね。
 政治家や学者が日本の科学技術は基礎研究が弱いから危機感を覚える、というようなことを言ってますが、もしかしたら、税法が開発経費を認めない、ソフト自体に価値を認めないというほうが最大の原因なのではないでしょうかね。

 ほかにも、CDプレーヤーやカラオケのマイクに網がかかってます。これも音声を正確に拾うための技術で、岡野さんが開発したものです。
 ソニーの技術者がやってきて、相談している中に3カ月でできちゃった。

 「するのは失敗、しないのは大失敗」

 いろんな語録がそこかしこに散りばめられた本です。
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2 「パピーウォーカー」
 石黒謙吾著 全日出版 1400円

 「盲導犬クイールの一生」の著者ですね。
 盲導犬は利用者の役に立つために鍛えに鍛えられますが、赤ちゃん、そしてチビちゃんの時にはパピーウォーカーに育てられます。
 そこで人間と一緒に暮らして、愛情いっぱいに育てられ、人間社会のルールをまず学ぶわけです。その後、訓練センターに入り、今度はプロとしての「仕事」を覚えていくわけです。
 たいへんな仕事ですよ。

 並の頭ではできませんから、やはり何頭に一匹というレベルで選抜されるわけです。たいてい、寿命は短いんですね。ものすごいストレスですもの。
 国民栄誉賞を上げたくなりますね。

 パピーウォーカーになる人たちは、もちろん、犬好きです。昔、飼っていたという人がほとんどです。
 けど、愛犬に死なれたりして、もう最後まで育てるのは辛い。犬って、人間よりもはかない命ですからね。だから、生まれたばかりの子どもを育てたい、それ以降は訓練所のトレーナーに託したい、という理由で、ボランティアで預かっているのです。

 わたしもワンちゃんは大好きです。
 わが家にも「一人」います。一匹とは数えません。エサという表現もありません。「ご飯」です(他人の犬は一匹、エサと言いますが・・・)。
 以前、お話ししたようにわが家のブルブルちゃん(ヨークシャテリア)は、散歩の途中で迷子として警察の人に引っ張られていく時、目と目がアイフル状態になってしまい、どうしても気になって3日後に引き取りに行ったのがご縁です。
 最初は煤けた色をして、2日ほどブルブル震えていたんです。
 けど、これが美容院に連れて行くと、本来のジャニーズ系の顔が現れてきました(犬は飼い主に似るといいますが、ワンちゃん界のタッキーといったところでしょうか)。
 以来のつき合いです。
 ですから、ブルブルちゃんの誕生日はわが家に引き取った日になっています。

 欧米では、ペットとは言わず、コンパニオン・アニマルという表現が一般的ですね。たしかにそうだと思います。
 人間よりも素直で従順で、話し相手になってくれたりするんですからね。
 知人(経営者)など、家に戻るとワンちゃんと遊ぶのがストレス解消になっているとか。呼びかけている声など「猫なで声(犬なで声か?)」。家族にもしたことがないトーンだとか。

 まっ、可愛いものです。
 写真満載の素敵な本です。
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3 「お金の悩み相談室」
 横田濱夫著 青春出版社 1500円

 著者は「はみ出し銀行員シリーズ」で話題になった元みなとの見える丘銀行の行員ですね。
 この人の本、好きなんだなぁ。また、買っちゃった。
 実は最新刊をアマゾンで買おうとしたら、ほかにも読んでないのがあったんで、この際だからついでに10冊ほど購入したんです。
 やっぱり、これがいちばん面白かったかな。

 子ども電話相談室のノリで、いろんな悩みが寄せられます。それに対して、真摯に、しかし、いつものべらんめえ調でズバリ、本音で答える。ここが並のエコノミスト、アナリスト、フィナンシャルプランナーではできないとこでしょうな。
 なにしろ、もう銀行を捨てちゃった人だから、過激なんですね、言うことが。けど、それがまた面白いし、当たってるわけですよ。

 「田舎に格安物件を探してます」という相談には、「そんなもの買ってどうすんだ! 実は俺も田舎暮らしに憧れて富士山麓に買ったんだけど、蛇が出てから一度も行ってない」とかね。
 もちろん、一問一答ではなく、かなり突っ込んで事例豊富にまとめてます。

 「フィナンシャル・プランナーのアドバイスがバラバラなんで迷ってます」という相談には、「銀行系、生保系などで言うことが違うのは当たり前。みんな、自分の会社が儲かることしか考えてない。コンピュータではじき出したプランにしても、結局、自分の会社が儲かるようにポートフォリオが作られてあるだけ。バラバラなのが当たり前なの!」といった具合。

 この人の意見が痛快なのは、建前社会に本音でぶつかった喝采があったと思います。
 だから、アドバイスにしても建前ではこの人が答える価値がありません。その点を重々わかって書いてますから、面白いんですね。

 軽い文章。だけど、わかった振りして、変に美談にまとめた話などしない。そこが魅力かな。
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