2002年10月07日「ホームレス失格」「吉本興業から学んだ人間判断力」「リクルートという奇跡」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「ホームレス失格」
 松井計著 幻冬舎 1500円

 あの「ホームレス作家」の第二弾です。以前、本サイトでもご紹介しましたよね。

 普通に考えると、「そうか、あの企画、当たったもんな。ここは柳のしたにドジョウが7匹いる出版界だから、この路線でまた売るんだな」と考えてしまいますが、そうじゃないんです。

 この人、ホントは「連帯保証人」という作品を書いてたんです。
 ところが、これが終盤まで書いてどうも筆が進まない。編集者からは、「ホームレス作家という作品はたまたま書けただけで、もう、あなた、書けないんじゃないですか?」と言われる始末。
 でも、そうじゃなかったんです。
 「じりじりするようなリアリティ」が感じられなかったんですね。だから、どうしても乗れない。そんな自分を感じていたわけですね。

 では、じりじりするようなリアリティというのはどんなことか?

 それを述べる前に、この人が「ホームレス作家」という作品を出す前、出した後の状況変化について話しておきましょう。
 まず、出す前。文字通り、ホームレスでした。夜中の一時半から五時まで、吉祥寺界隈を歩き回っていたといいます。そして、始発と同時にホームに入る。そうすれば、暖が取れますからね。
 食べるものもない。借金や食べ物を頼むと、説教だけされる。
 そんな毎日だったそうです。
 奥さんは子供を連れて出奔してしまいます。「貧乏はもう嫌だ」というわけです。小さい子供とお腹に第二子を孕んだ奥さんが頼るのは生活保護しかありません。
 それで、新宿、品川と流れていくんです。

 さて、出版後です。
 この企画は当たりました。出版と同時にテレビで再現ドキュメントなどが放送されるなど、社会的な注目も浴びました。
 しかも初版4万部ですよ。こんな数字は堺屋太一さんでもありませんよ。印税が600万円。このお金があれば、ホームレスから足が洗えます。実際、この人も版元の社長の紹介で家賃5万円のアパートを借りられたんです。一年分前払いです。
 まだまだ残る・・・と思うでしょ?
 ところが、数カ月すると、せっかく買ったテレビやプリンタを売りに行く始末。
 どうしてか?
 
 前に住んで自治体から請求が山のように来たんですね。市民税、健康保険、その他、そに個人から借りた返済もある。テレビを見たサラ金から、再び、請求が来る。
 あれこれ払ってると、もう手持ちが数十万円しかない。
 それだけではありません。
 もっともかかった費用。それは3人の弁護士に払った費用なんです。

 どうして、弁護士など雇ったのか。
 それは品川区の社会福祉部の横暴に対して、個人ではどうすることもできず、区議会議員や弁護士で対抗せざるをえなくなったからです。
 しかし、行政というのは勝手なもんですね。担当者は自己保身ばかりが先に立ち、てんで市民のことなど考えない。市民を騙し、区議会議員まで騙し、それで顔色一つ変えない。個性というか、人間性もない、機械のような、仮面をかぶった人たちなんですね。
 おかげで、これだけの印税収入が入ったのに、親子で暮らせないんですよ。会わせてもくれない。
 考えられます?
 それが法律上のことではなく、一担当者、一組織の見解として、邪魔するんですね。
 その理由は?
 どうも、法律違反をして、問題視されることを恐れて、隠しに隠す。そう、外務省や警察と同じです。公務員というのは、どうしようもない人種のようですな。

 ホームレスから脱出できた幸福感というか、安心感。そして、奥さんと子供たちと暮らせないという空虚。この二つの間を、著者は何度も行ったり来たり。
 「たしかに、この日、私は定住の場を回復して、ハウスレスではなくなった。しか、ホームという言葉が家族の存在を前提とするのだとしたら、私はまだホームレスの状態を脱したわけではになかった。そして、これから先も長く、この状況を続けなければならないことを、このときの私は知りもしなかったのだ」

 このじりじりするようなリアリティを先に書きたい、そんな魂の叫びが随所に感じられる一冊。
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2 「吉本興業から学んだ人間判断力」
 木村政雄著 講談社 1300円

 いま、もっとも元気な会社といったら、ここかもね。
 なんてったって、五年前のこれからもっとも伸びる会社の堂々、第一位でしたもん(日経ビジネス調査)。いまや、日本経済団体連合会に加盟するだけの会社になりました。

 で、木村さんです。そうです。大阪本社の代表です。参考までに東京は横沢彪さんです。

 木村さんというと、思い出が二つあります。
 一つは13年ほど前に、横浜最先端ツアーというのは企画した時、大阪から部下2人連れて参加してくれたんですね。
 それから、吉本のいくまの会長である中邨秀雄さんの本を作る時に仲介してくれた人でもあります。仲邨さんはそれから何冊も本出してますが、わたしがいちばん最初にプロデュースしたってわけです。
 もちろん、キーマンネットワークにも講師としてご登場頂きました。

 吉本というより、大阪の面白さ。それが随所に語られてる本だと思います。

 「こちら、○○会社の役員さんです」
 「それで?」
 「えっ、ですから、すごいでしょ?」
 「なにが?」
 「ですから、偉いでしょ?」
 「だから、どしたん?」
 「・・・」
 こんな調子ですかね。

 人間をポジションでは見ない。本人の実相で見る。現金正価掛け値なし。そうです、三越です。古いかなぁ。まっ、人間をキャラで見る。とくに、面白いか面白くないかですね。
 関西でもてる人間の偏差値というのは、これだけですもんね。

 吉本マンのライフポリシィは「儲けなければ生きていけない。面白くなければ生きていく資格がない」
 どっかで聞いたセリフだなぁ。チャンドラーですね。

 木村さんの判断力というのは、過去のデータや実績を重視してものを考えるのではなく、儲かりそうなことに素早く身体が動くというものなんですね。ほとんど、反射神経ということです。
 商売というのは、そういうものです。機を見るに敏。機とはチャンスです。敏とはスピードですね。
 だから、タレントにしても、とにかく出してみる。それで面白さを観客に委ねる。

 考えてみれば、客に味見してもらってるわけですよ。
 「こんなもの、食えるか」となれば、「えらい、すんまへん」と頭を下げる。
 「案外、いけるで、あれ」となれば、そのまま、出す。
 なぜか。
 それは舞台が人を育てるからですよ。こんなこと、本書には書いてませんよ。欽ちゃんが言ってました。
 「どんなに練習を積んでも、たった一回の板の上(舞台のこと)のほうが修行になる」
 たしかに。たしかにそうです。
 本番というのは、それだけ凄いんです。
 でもね。この本番にものすごく強い人がいますね。いつもベストは本番の時っていう人。中には本番になると、実力の半分も出せない人だっていますもの。
 わたしは完全に本番向きです。
 「どうせ、なんとかなるだろう」「なんとかならんでも、なんとかしてやろう」
 こんな気持ちで取り組んでます(半分、嘘だけど)。 

 2001年、「M1グランプリ」 結成十年以内のコンビなら所属プロダクションどころか、プロ、アマも問わない。そうです、漫才界のK1を開催したんですよ。
 これは島田紳助さんのアイデア。
 全国から千六百三組がエントリーし、4ヶ月間の戦いの結果、「中川家」が優勝。
 実は本命は松竹芸能の「ますだ・おかだ」だったんですが、優勝ラウンドで実力を発揮できませんでした。
 
 でも、このコンビは上方漫才大賞で大賞を取ります。中川家は次点でした。
 「これはM1グランプリの覇者が二位では、このグランプリの存在意義の否定になるので辞退させて頂いた」ってわけです。

 このM1グランプリのおかげで、去年優勝した中川家は年収が7倍になりました。
 これはお客さんの判断、すなわち、マーケット・オリエンテッドってやつですね。
 もし、これが一部の審査員だけの会議で選ばれていたとしたら、はたして、ここまでブレイクするかどうか。テレビやラジオから引っ張られるかどうかはわかりません。
 「あいつら、人気があるで」
 こう、大衆が選んだということがものを言ってるわけです。
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3「リクルートという奇跡」
 藤原和博著 文藝春秋 1429円

 著者はリクルート初のフェロー。といっても、どういう役割か知らないんですが・・・。
 友人、知人の名前がずらずら出てくるんで、読んでみました。

 いや、まぁ、会社が好きなんですねぇ。驚きました。「愛するわが社へのレクイエム」いう感じかなぁ。 
 愛社精神、いいことです。それより、仲間を愛すること。いいですねぇ。
 リクルートといえば、88年の大スキャンダル。92年のダイエーによる買収(いまじゃ、立場が逆転してるけど)。など、事件には事欠かない会社でした。
 この節目節目で大事なことは、自己のアイデンティティだと思うのです。そこをきちんと見失わずに仕事してきたんですねぇ。偉いです。

 「自己決定できるサラリーマンになれ」とのことですが、こういう人、少ないのかなぁ。案外、たくさんいると思うんだけどね。

 本書は先に紹介した松永真理さんの本の男性版、ととらえればいいんじゃないでしょうか。
 あちらは入社前からドコモまでの出来事を時系列的に追いかけたものでしたが、こちらもまったく同じです。好対照だけど、写真のネガとポジみたいに読むと、リクルートという会社の研究にはもってこいです。
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