2002年09月16日「孫家の遺伝子」「竹内政明の『編集手帳』」 「一億三千万人のための小説教室」
1 「孫家の遺伝子」
孫泰蔵著 角川書店 1200円
いや、驚きました。何が驚きかというと、内容ももちろんうですが、値段です。
いまどき、ハードカバーで1200円ですよ。これはそうとう刷ったんでしょうな。あるいは、「印税いらないから、その分、安くしてくれ」とかでしょうな。
で、一粒に三度美味しい本になってます。
著者の家族のマネジメントが勉強できる。彼を取り巻く外国人経営者のマネジメントの勉強ができる。そして、彼自身のマネジメントの勉強ができる。
まっ、こういうわけです。
朝はオヤジ・孫三憲との会話から始まる」
96年1月、東大経済学部三年の時、ひょんなことからインターネットを活用したソフトウエアやシステム開発を展開するインディゴを創業してしまいます。
毎朝七時になると、九州の父親から電話がかかってくる。
「すごいアイデアば思いついた、聞いてんね?」
「聞いてる、聞いてる」
このオヤジさんは彼の後にも、もう一人、電話するんです。
孫正義さんですね。
「商売は人に習うな」が持論のオヤジさん。経営においても常識破りの独自のビジネスモデルを次々に展開します。
オヤジさんは九州で手広くパチンコ屋を経営していました。百戦錬磨の強者ですが、さすがに危機もある。たとえば、郊外の大型店で採算がどうしても合わない。借金がどうしても返せない。
理由は警察当局からの締め付け。当時、スリーセブンの草創期で、客がどんどん入っていたんですが、あまりにもギャンブル性が強かったために「撤去せよ」という行政指導があったんです。
すると、客足が一挙に遠のき、十分の一にまでなってしまいます。そこで一週間考えに考え抜いた。
「よし、釣り堀に『セブン』を入れよう」
どういう意味かというと、パチンコ店の駐車場に釣り堀を開店。黒鯉千匹、赤鯉二百匹を放流。入場料二時間千円。
で、「釣ったら大ボーナス。赤鯉には一万円進呈」
これが大当たり。赤鯉が釣れたらパチンコの軍資金が手に入るとばかり、客が殺到するわけ。それで、勝ったら、パチンコで遊んでくれるわけです。
窮地に陥った時ほどビジネスチャンスだ、というオヤジさん一流の発想法です。
彼の親戚にはサラリーマンがいません。だから、「大きくなったら、どこに勤めるの?」という質問がそもそもない。店をやるか、会社をやるか、ちょっと考えてみろという家風なんですね。
15歳離れた兄の正義さなもこの遺伝子を受け継いだ人、というよりも、最大の傑作かもしれません。
高校を中退して渡米したことはよく知られるとおりです。
ところで、大学に入った時、彼が自分に課したテーマがあります。それは一日一つずつアイデアをひねり出すということです。もちろん、ビジネスヒントを模索していたんです。
最初の一、二カ月はどんどんアイデアも湧いてくる。ところが、しばらく経つと枯渇してきます。
で、どうしたか。
まず単語帳を二種類用意します。それらに単語を書く。それぞれ百個以上集まったら、二つの単語帳を同時にめくる。この時のポイントはアトランダムにめくる点です。
そして、二つのキーワードに着目してアイデアを練るんです。
たとえば、「FAX」と「冷蔵庫」というキーワードが出たら、「FAX付き冷蔵庫」、あるいは「冷蔵庫付きFAX」というようなアイデアを出す。「そんなので、まともなアイデアが出るのか?」と疑問に感じるかもしれませんが、事実は小説より奇なり。
単語帳を三冊に増やした頃でのことです。「音声装置付き多国語翻訳機」というアイデアが浮かぶんですね。
これは後日、彼が日本に戻った時、シャープに売り込んで商品化されます。この時得た資金が二千万円。さらにバージョンアップした商品を一億数千万円で販売。もちろん、ソフトバンクの原資となったことは言うまでもありません。
さて、正義さんがヤフージャパンを創業しようとしていた時、インターネットのことなどあまり知りません。そこで、ある時、著者に電話をかけてきます。
すると、ジェリー・ヤンと会うことがわかりました。著者はこのカリスマ、ヒーローに一度会いたいんで、「ボクにはインターネットの達人を百人くらい集められる」と大見得をきってしまうんです。
「そうか、お前がいたか。よし、お前も来い」と会議に呼んでくれたんですね。
慌てて学内で探し、数人で訪れます。
「僕たちと同じく待機している外国人の学生がいた。それにしても、冬だというのに素足にサンダル履きというミスマッチ」
実はそれが本人だったと、会議が始まってから知ることになります。
ヤフーは中国系アメリカ人のジェリー・ヤンとその友人デビット・ファイロによって世に送り出された画期的なエンジンです。
スタンフォード大学の博士課程に籍を置く大学院生だった彼は、インターネットのデータベースを研究する中、情報検索エンジンを開発してしまった。大学の回線を黙って使ってたら、ある日、学内の回線がブレイク。彼らのエンジン目指して、世界中から一気にアクセスされたからですね。
大学にばれて、外に追い出されたものの、道路を挟んでまた大学の回線を使う。もちろん、こんなことはすぐばれてしまいます。
さて、「父親は無番地」「兄貴の国籍はインターネット」「兄貴はナンバーワンを目指し」「ボクはオンリーワンを目指す」という著者のマネジメントについては、本文を読んでください。
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2 「竹内政明の『編集手帳』」
竹内政明著 中公新書 720円
第一集は119本、第二集には英語バージョン24本も入れてますが、これってサービスのつもりなんだろね。
「編集手帳」とは読売新聞版「天声人語」といったところで、人気コラムですね。掲載文章は紙上で発表したものと寸分変えていません。「何度も赤を入れたい衝動に駆られた」と言うとおり、これは我慢の子だったと思いますよ。
コラムというのは、短文が命というか持ち味です。それと洒落た引用がポイントですね。ということは、キーワードの宝庫でもあるということです。
ちょっと拾ってみましょうか。
まずは第一集から。
「気象庁の野球大会が雨で延期されたそうです」
いまは亡き桂枝雀さんのマクラです。
「戦争は武器を使ってする外交であり、外交は武器を使わずにする戦争である」
これは塩野七生さん。
「一時間半の映画でスクリーンに絵が映っている時間は何分か」
正解は五十分だそうです。映写機は一秒間に二十四回瞬きします。シャッターが閉じて、フィルムが入れ替わるのに九分の四秒かかる。となると、一時間半のうち四十分間は闇を見ている、ということになります。
第二集は。
横綱双葉山の連勝記録を六十九に止まった時、安岡正篤さんに送った電報。
「われ、いまだ木鶏たりえず」
これは有名ですけど、勝った安芸ノ海の師匠が言った言葉がまたいい。
「勝って騒がれるよりも、負けて騒がれる力士になれ」
ソニーの出井伸之さんの言葉。ソニーで欲しい人材はという質問に答えて曰く。
「少数の天才と多数の勤勉な人々だ」
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3「一億三千万人のための小説教室」
高橋源一郎著 岩波書店 700円
人気作家である著者が綴った小説の書き方教室の本ですね。
最近、ものすごくこの手の本が増えました。中ではいちばん売れてると思いますよ。
参考までに、わたしも『40歳から何を書くか どう書くか』という本を出してますので、そっちも宜しくね。
本書はNHKの番組で「ようこそ先輩」という中から生まれた本です。
この番組は、作家や科学者、あるいは音楽家といった人が母校である小学校に出かけて、授業をします。子どもたち相手に自分の専門をさまざまな角度からわかりやすくお話をする。
その中で、子どもたちから実はたくさんのことを学んでいる自分に気づくんですね。
「小説は書くのではなく、つかまえるのだ」
「小説教室や小説の書き方を読んでも、小説が書けるようにならない最大の理由は、その著者の目が過去を向いているからです」
わたしはそうは思いません。
この手の本を読んで小説が書けない理由は、なんでもないんです。「小説を書きたい!」という情熱に駆られた人なら、こんな本など読んでる暇はないんです。もう書き始めているはずなんです。
「これから方法論を勉強してから書こうか」という人は永遠に書けません。それだけです。
違うかな。
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