2002年07月31日「現場主義の知的生産法」「役者」「知の休日」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「現場主義の知的生産法」
 関満博著 ちくま新書 700円

 著者は一橋大学の教授。といっても、少々、毛色が変わっていて、元、東京都商工指導員なのね。
 ですから、都内の中小企業の現場をよく見てきたわけ。

 なぜ、そんなに現場が好きか?
 それは現場には新しい発見があるからですよ。

 刑事じゃないけど、やっぱり現場百遍という通り、現場に足繁く通わないとわからないことが少なくありません。
 それはリサーチでも同じです。
 たとえば、著者と同じように産業調査やアンケートを官公庁はよくしています。
 けど、それが調査の方法も聞き方も甘くて表面的なのね。結果、まったく現場の状況を反映した数値になってないんです。
 「はた迷惑なアンケートなど取らないで欲しい。わたしたちの邪魔だ」とまで憤ってます。

 都内に墨田区があります。
 ここは日本を代表する中小企業の街ですね。わずか13.8平方キロの土地にかつては1万に近い工場があったくらいです。
 この墨田区はかなり早い時期から「わが街は中小企業の街」と意識し、中小企業振興を政策の重要部分に位置づけてきました。
 79年には全国に先駆けて、「中小企業振興基本条例」を制定してるくらいです。

 どうして、こんな取り組みをしたのか?
 
 実は地元企業が減少しはじめる70年代、危機感をもったわけですよ。なにしろ、企業が無くなるということは税収が無くなるということですからね。
 で、当時、9千の中小企業に対して、部署に関係なく、中堅職員を派遣。約200人で手分けして、真夏にヒアリング調査を展開したわけです。
 職員1人当たり50の工場を訪問するんですね。
 記入に対して、最低2時間はかけた。炎天下に汗をかきかき、ドブ板を踏みながらの調査です。
 こうして、2カ月かけて集めたデータが、その後の産業政策の基礎になります。

 それ以上に大事なことは、汗をかいて現場を訪れた職員間に「自分たちが何によってメシを喰わせてもらっているか、これから何をしなければならないのか」を深く実感したことにあります。

 けど、いまは作業仮説というのがあって、その調査票にしたがって「現場で再確認する」だけ。
 「資本金は?」
 「従業員数は?」
 「売上は?」
 「インターネット使ってる?」
 なんてね。
 これが全国規模で行われているから、どの調査書を見ても同じようなものばかりになってしまうんですね。

 先入観を抜きにして、現場の状況を見ないと話になりません。
 では、どうするか?
 現場で対話するしかないんです。何度も通って人間関係を作る。酒を酌み交わす。
 そう、これは人類学者が未開の地に分け入って調査する方法と同じですね。
 ここまでしないと、ほんとうの情報は教えてくれません。
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2 「役者」
 仲代達矢著 小池書院 880円

 こういう本は書店にはなかなかありませんね。これ、インターネット書店で見つけたんです。
 名優、無名塾の主宰者でもある仲代さんの本です。
 仲代さんが無名塾をスタートさせたのは、41歳のときです。
 「まったくひょんな所からひょんなことにもなるものだ。わが家の庭先にある道場に
若い俳優志望者が集まりはじめ、あれよあれよとかかわりはじめて熱が上がり・・・」
 この塾の特徴は小人数のマンツーマン教育であること、月謝無料であることの2つです。
 
 さて、いろんなところに書き散らした原稿が1冊にまとまってます。時代は1955年〜80年までですけどね。

 仲代さんは父親を早く亡くし、苦学して夜間高校をなんとか卒業。いろんな仕事をしながら、俳優座に入るわけです。
 子どもの頃から「モヤ」と呼ばれ、親兄弟からはいまだにそう呼ばれているとか。
 「モヤ」とはモヤっとしてるってことですよ。典型的な総領の甚六でした。
 いまでもパーティの類は大嫌いで欠席続き。というのも、なにを話していいか、頭がパニックになるからだとか。
 俳優という仕事は表現業だから、「いきなりのご指名」でも難なくペラペラ話せるかと思ってたんですけど、この人はそういうタイプではないんですね。頭が真っ白でなにも話せない。
 けど、セリフとなると完璧に覚えて、役になりきってしまえる。

 えてして、そんなものかもしれません。

 引っ込み思案の目立ちたがり屋。このアンビバレントな性格でなければ、人の前でパフォーマンスなどできませんよ。
 そういう意味では、わたしの天職は俳優だったかもしれません。なんといっても、恥ずかしがり屋で引っ込み思案は先祖代々のDNAが刷り込まれてますかね。

 仲代さん演ずる映画はずいぶん拝見しました。
 「人間の条件」は原作(五味川純平さん)も読みました。「不毛地帯」もそうです。山崎豊子さん原作ですね。テレビでは平幹二郎さんが主役を演じました。
 忘れてならないのは、黒澤映画です。「椿三十郎」「用心棒」「天国と地獄」はどれも傑作でしたよ。ゆっくりと正確に落ち着いて話す。これがこの人のスタイルでした。
 やっぱり、モヤっとしてるなぁ。

 仲代さんはイタリア映画に敵役で出てるんですね。
 「野獣暁に死す」がそれです。アントニオーニ監督が「大菩薩峠」を観て感動したらしい。
 すると、イタリアでヒッピーを気取った日本人に会って、こんなことをいわれます。

 「あんたは日本じゃ、芸術映画ばかり出ていたでしょう。外国でも芸術映画に出てもらわないと困る」
 「それは違うよ。日本でボクが通俗映画を敬遠してきたのは消耗品としてすぐに忘れられてしまうからだよ。仕事としてやるからには、多少でも残るものをやりたいのは人情だろう」

 この議論が変な方向に進んでいくわけ。
 「きみ、トイレットペーパーと免状の紙とどちらを必要とするかね?」
 これには、この威勢のいい日本人も目を白黒。
 「今度の映画は残る残らないとは次元が違う。日本人という壁を超えていけるかどうかの試みなんだ。日本人がアメリカ人を演じることを、だれ1人不思議に思わない時代が来るかどうかだ。
 通俗映画結構! 消耗品結構! 消耗品は必需品だ。トイレットペーパー万歳! 俺は世界のトイレットペーパーを目指すぞ」
 そう言うと、なぜか、そのヒッピー青年も「俺もトイレットペーパーを目指すぞ」と宣言。変な日本人が意気に感じて、こんなメッセージをやりとりしてるわけ。
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3 「知の休日」
 五木寛之著 集英社新書 640円

 「青春の門」「さらばモスクワ愚連隊」「蓮如」の五木先生です。
 この人、元もと、松延寛之っていう名前だったんですね。ところが、五木という姓が気に入って夫婦共々、名前を変えたとのことです。
 かなりくだけたエッセイですが、読ませます。サブに「退屈な時間をどう遊ぶか」とある通り、暇つぶしの本・・・ではありませんよ。

 発見がありました。
 昨年から話題になっている「声に出して読む日本語」というベストセラーは、どうも、本書からアイデアをもらったような気がしてならないんです。
 第五章は「声と遊ぶ」というものなんですが、これがズバリ、「声に・・・」の趣旨、コンセプト、例までそっくりなんですね。
 冒頭、「私たちは活字を読むとき、当たり前のように黙読する。つまり、声を出さずに読むわけである。このことを私たちは少しも不自然だとは思わないし、それが当たり前のように思ってきた。しかし、いつ頃から人間は活字や本を声に出さずに黙読するようになったのだろうか」といきなりです。
 万葉集から仏教教典(如是我聞)、浪花節、詩吟、藤村の詩集、金色夜叉、不如帰、歌舞伎の名セリフ、新派の名文句、教育勅語、軍人勅語などを上げてるんですね。
 「声に・・・」の大ヒットを見た五木先生はどんな思いをしてるでしょうか、少しだけですが気にかかります。

 逆にいうと、この五章を読んだとき、「これ、いただき!」と閃かない編集者は愚か者ということにもなります。出版ビジネスでプロデュースをしている小生としては、「一本取られた」と反省しております。
 参ったなぁ。

 でも、これ、3年前の出版なんだけど、その時はチラッと立ち読みして「くだらねぇ」と返しちゃったんですね。くだらなかったのは、わたしのほうでした。

 五木さんは作家だけあって、ものすごい空想家ですね。子どもの頃から空想にふけっていたらしい。
 「空想にふけるということは、他人に迷惑をかけず、自分の身心にとっても実は非常にいいことである。頭のトレーニングにもなるし、身体の免疫力を高め、自然治癒力を高める働きもある」と勝手に思い込んでる節があります。
 よく考えてみれば、歴史や科学、宗教にしても、哲学にしても、ありとあらゆるものが、想像という名の空想の産物なんですね。
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