2001年12月10日「育成力」「ハリウッド・ビジネス」「世界の常識地図」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「育成力」
 渡辺元智著 角川書店 571円

 松坂大輔などを育成した横浜高校野球部の監督が書いた「人材育成」の本です。
 よくある成功談ではなく、普通なら隠しておきたい失敗でも正直に「よくまぁ、ここまで」というほど赤裸々に告白してます。

 松坂って練習嫌いだったんですね。それがあるゲームを境に目の色を変えて練習の虫になったと言います。
 それが、これに勝てば甲子園に行けるというゲームでの最終回。2−1でリードしていた試合で、彼が投げたとんでもない暴投でサヨナラ負けしたんですね。著者も「7割方勝ったと思った」と言ってます。それが一挙に地獄に・・・。
 3年生には最後の試合でしょ。責任感が強い松坂は人一倍責任を痛感してたみたいですね。

 横浜高校というと、練習ばかりしてるチームかとばかり思ってたんですが、そうでもないんですね。
 平成10年。練習も何もしないで何日間かボーッとする時間をもちたかったらしいんです。で、とうとう、その時間をなんとかやりくりして五日間、チーム全員を引き連れて温泉地に逗留したんですね。五日間というもの、みんなで車座になってああでもない、こうでもないという雑談ばかり。そして、温泉に入り、スキーをやったり・・・。
 すると、その間に、いつもなら監督が話し、選手は聞くという一方通行のコミュニケーションが、二日目、三日目を過ぎる頃には、自分の意見を言うようになってくる。
 ときには、「それは違うと思います」と監督の意見に反対したりする。
 「これにはびっくりした」と言ってますが、「この合宿以来、最強と言われてはきたが、どことなくしっくりこなかったチームが一丸となった」と監督は述べてます。
 この年のチームには、その後、プロ入りするような選手がレギュラー9人中6人もいたんです。ですから、自意識が強いし、みな、オレが決めてやるというプライドが強い人間ばかり。だから、チームのためにという意識が弱かったんです。
 それがこの合宿で忌憚無く話し合うことができた。チームとはいっても、お互いに意見のやりとりをするなんてことがなかったんですね。
 
 失敗談もたくさんあります。
 とくに感銘したのは、川戸選手の件です。
 当時、横浜高校には愛甲猛投手(現中日ドラゴンズの代打要員)という超高校級がいました。彼がエースなんですね。で、控えがこの川戸選手でした。ほかの高校に行けば完全にエースです。しかし、愛甲の陰に隠れてたんです。
 で、監督は川戸選手をバッティングピッチャーとしてばかり使ってたそうです。しかし、何も言わずにきちんとやる選手なですね。
 ところが3年生のときに、「学校裏の階段で上り下りさせておいてくれ」とコーチに告げ、そのまま忘れてしまったんですね。普通の選手なら手を抜きますが、彼は手を抜かない。ひたすら上り下りをしてたんです。
 されからしばらくして、この選手は実家に帰ってしまいました。あっさりと手紙を残して。
 「すまなかった」と自責の念がこみ上げてきます。そして、謝るんですね。
 「おまえは横浜高校のもう一人のエースだ」と。
 
 昭和55年、夏の甲子園。
 決勝は愛甲を擁する横浜高校と荒木大輔(元ヤクルト、現解説者)を擁する早稲田実業の一騎打ちです。
 このとき、愛甲は肩が重くて調子がよくありません。5−1で勝ってた試合がいつの間にか、5−4にまで追いかけられていました。
 ここで監督の心に迷いが生じます。本来ならば、川戸を投じるべきタイミングです。
 しかし、はたして、このプレッシャーのなかで大丈夫だろうか・・・。このまま、愛甲でいくべきではないか・・・。けど、かつて、「君は横浜高校のもう一人のエースだ」と言った言葉を思い出します。いま、それをしなければ、ウソをついたことになる。
 「川戸、いくぞ」
 6回からリリーフに送るんです。3年間、スター選手の陰で黙々と練習してきた人間が、ついに甲子園の檜舞台に立ったわけですね。
 そのとき、川戸選手に自分のグラブを差し出したのが愛甲なんですね。
 そして、6、7、8、9と川戸投手は早実の強打者たちをシャットアウトしてしまうんです。

 たった一言で選手の気持ちを殺し、たった一言で選手のやる気を引き出す。結果ではなく、プロセスを活かした練習指導とはどうやったらいいのか。
 本書にはそのヒントが満載されています。すべての管理職必読の書です。
 250円高。


2 「ハリウッド・ビジネス」

 ミドリ・モール著 文春新書 700円

 ハリウッドというと映画ですね。
 それに華々しい芸能界・・・。映画一発で数十億円という巨額の出演料。いい男にいい女。まっ、わたしには縁がありませんけど。

 著者は映像ビジネス、著作権保護を専門とする弁護士で、カリフォルニアとニューヨークで活躍しています。顔を見ると、室井滋さん似(もっと美人だけど)のキャリアウーマンみたい。
 で、本書は映画ビジネスの周辺情報があますところなく紹介しています。曰く付きの映画、スターの横顔、離婚訴訟のいろいろ、幹部の対立、裏切りなど・・・映画より面白いネタがいっぱい。

 2000年には460本の映画が全米で公開され、興行収入75億ドル(9000億円)。過去10年間に55パーセント成長だそうです。
 対して、日本はどのくらいかというと、1700億円ですから、ざっと5分の1ですね。 もちろん、メジャー・スタジオの筆頭はディズニー、ユニバーサル、ワーナーブラザーズ、パラマウント、ドリームワークス、20世紀フォックス、ソニーピクチャーズ、ニューラインシネマ、MGM。
 これらで全体の8割を稼ぎ出してます。まさに「80対20」というパレートの法則通りです。
 あの「ハリーポッター」はワーナー、「アンブレイカブル」「シックス・センス」はディズニー、「エリン・ブロコビッチ」はユニバーサルですね。これらの映画はボロ儲けですね。「タイタニック」は各社相乗りのような形(スプリット・ライトって言います)で製作されてます。
 でも、一作平均ではみごとに赤字です。多くの映画は、海外配給、ビデオ配給、テレビ放映といった二次マーケットでの売上を加算して、はじめて利益が出るんです。
 しかも、映画というのは気が遠くなるほど長いビジネスで、企画、製作、劇場公開まででも、平均3年かかってるんです。ビデオ配給なんていうと、もうたいへんな時間ですよ。
 でも、人件費、家賃、銀行からの借入金利などは払わなくてはいけない。
 だから、リスクが高いビジネスなんですね。どことなく、出版ビジネスに似ています。
 
 こんなにリスクが多いビジネスをどうしてやるんだろう?
 やっぱり、儲かるからです。当たればでかいんです。だって、配給で儲かるだけではありません。「スターウォーズ」でおわかりの通り、キャラクターも売れるでしょ。おもちゃになったり、本になったり、ブランドが売れるわけですよ。これらの権利すべてが売り物になります。
 ハリーポッターなど、映画館に行っても関連商品はすべて売り切れ。公開前に商品だけが先にバカ売れしてしまいました。
 こういうことがあるんです。 
 
 プロデューサーは売れそうなネタを探します。脚本家のオリジナル・アイデアよりも、ベストセラー小説、アニメ、漫画の映画化とかリメイクとかが多いんですね。
 「ミッション・インポッシブル」は「スパイ大作戦」の焼き直しですし、「逃亡者」もリメイクものですよね。知らなかったんですが、メグ・ライアンとトム・ハンクス主演の「ユー・ガット・メール」は「街角 桃色の店(1940年)」、「リプリー(99年)」はあの「太陽がいっぱい(62年)」と同じ脚本ですよ。
 
 ハリウッドと出版界が似てるのは契約書がいらないってところですね。
 あの契約社会のアメリカでも、契約書よりも口約束で優先される世界なんですね。そのおかげで、わが愛するキム・ベイシンガー(アレックス・ボールドウィンの奥様)は破産してしまいました。口約束で出演オーケーした映画を断った違約金を払えなかったんですね。
 契約書がないということは、言い換えれば、実は力関係でどうにでもなるという世界ですね。力があれば、無理が通って道理が引っ込んでしまいます。
 そんな例が、山ほど本書には紹介されています。

 150円。


3 「世界の常識地図」
 21世紀研究会編著 文春新書 780円

 「日本の常識は世界の非常識」とはよく聞きますが、この常識ほどあてにならないものはありません。
 それがよーくわかる一冊です。
 日本人はあいづちをよくしますね。たとえ、相手の言うことがわかってもわからなくても、合いの手を入れるように、ウンウンとあいづちを入れます。 
 これって、欧米人を相手にしたときは要注意。ほぼ同意していると思って相手は受け取ってますからね。もし、「ちゃんと聞いてるよ」という意味のメッセージを送りたいだけなら、じっと目を見ることです。
 でも、これが日本人はなかなかできない。人の目を見つめ続けることが習慣にありませんからね。変な意味に取られたらどうしようって思っちゃうんでしょうな。わたしなど慣れてますからなんでもないですけど、無理かなぁ。

 また、正座ですけど。これは朝鮮半島では囚人に強いる坐り方なんですね。
 ですから、彼の地では男も女もあぐらが基本。日本人が正座でもしようものなら、「えっ」と驚くこと間違い無しです。
 
 ということは、食生活の常識も世界のあちこちで全然違うんですね。
 たとえば、ブタ肉。
 いま、日本では狂牛病騒ぎで牛肉の需要が激減しています。
 そりゃあ、政府、農水省の対応があんなにいい加減だもの、無理ありませんよ。わたしだって、食べませんもの(わたしの場合はほかに理由があるんですけど)。
 で、ブタ肉はイスラム教徒は食べません。どんなに飢えても食べません。ブタ肉を炒めた鍋も絶対に使いません。
 目にするのも汚らわしいと思ってます。ブーフーウーなんて、大嫌いなんですね。ブタ革製品も身につけません。徹底してるんです。
 ある時、日本人がイスラム教徒に冗談でブタ肉が少し入った料理を出したそうです。食後にタネ明かしをしたらたいへん。
 真っ青になって、一日中、吐いてたそうです。もちろん冗談ではすまなくなりました。当たり前のことです。
 
 で、今年の夏頃から、自爆テロに悩むイスラエルでは、自爆したテロリストを汚れたブタと一緒に埋めてしまえという運動が起こり始めています。
 そうすればこのイスラム教徒は天国に行けませんからね。
 案外、こういう方法が効くのかもしれませんね。アメリカはビンラディンをとっつかまえたら、ブタ責めにするんでしょうか。

 ブタを食べないことでは、ユダヤ教も同じです。ヒンズー教徒はウシを神聖なものとして食べません。
 わたしはインドで死ぬほどビーフステーキを食べたことがあるんですが、これもアメリカ系のホテルでした。
 コックがどんどん持ってくるんですよ。
 「これうまいぞ。どうだ。食べるか」って具合にね。あの人たちは何人だったんだろう。
 250円高。