2001年06月25日「将棋の子」「文字に聞く」「なるほど! 不思議な日本経済」
1 「将棋の子」
大崎善生著 講談社 1700円
著者は元「将棋世界」の編集長。それだけに、棋士のエピソードには事欠かない。
本書は「どうしても書きたかった」というテーマだ、と言います。だから、会社を辞めたときに思い切ってチャレンジした本なんですね。
それだけに多少荒っぽい原稿ですが、熱が伝わってきます。
普通、この熱をいったん冷まして書くべきなんですが、そうはできないテーマもあるんですね。思い入れたっぷり。それが本書です。
「で、いったいどんなテーマなのよ?」
はい、それは棋士になれなかった棋士たちの生き様、その後の人生・・・を描くということなんですね。
「棋士になれなかった棋士」という意味をまず説明しておきましょう。
棋士というのは将棋指しのことですが、プロの棋士とは奨励会4段になってはじめて給料がもらえる棋士のことを指します。こうなると、晴れて名人戦とか棋聖戦とかいうビッグタイトルを争う対局に参加もできるんです。
けどね、この4段になるというハードルはものすごくシビアなんですよ。わたしは「現代の科挙」だと思っているくらいです。
いや、科挙より厳しいかもしれません。というのも、科挙には年齢制限がありませんが、奨励会には年齢制限があるんです。21歳までに初段、26歳の誕生日までに4段を突破しなければなりません。しかも、これが年2回2人ずつが定員。もしできなければ、そのときは退会しなければならないのです。つまりクビです。
奨励会で修行している人たちはどんな人たちですか。
みんな、「天才」という名前を恣にした人たちです。そういう天才が集まり、さらにプロ棋士たる師匠が「ものになるかも・・・」とお墨付きを与えたレベルの人間だけが選ばれるわけです。
言ってみれば、エリート中のエリートですよ。
このエリートたちが日夜、しのぎを削って戦っているわけです。
天才といわれる彼らのなかでも、中学生で突破した人間はいまだかつて4人しかいません。加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明の各氏です。
彼らは幼少期から青年期、あるいは成人してからも将棋に命を捧げてきたんです。ということは、裏返して言えば、ほかには何もしらないわけです。
こういう人間が4段になれなかったらどうなるか。それが本書のテーマですよ。
著者ももちろん子どもの頃から将棋好きの人間でした。
小学生のときにクラスで流行していたそうです。強くなりたくて、札幌市内にあった将棋道場の看板を見てブラッと中に潜り込みます。すると、あとから自分よりずっと小さな子どもがやってきた。そして、わが家のように奥座敷にスタスタ入っていくと、いきなり上座に座るなり、「今日はだれか強い人は来てるかね」と周囲の大人に向かって言うんですね。そして扇子を取り出してパタパタ・・・。
「ものすごいカルチャーショックだった」
札幌の天才児成田英二とのはじめての出会いです。
それから時は過ぎ、著者が日本将棋連盟に就職するころ、この天才が奨励会に入ってくるんです。
この天才も天才たちとの戦いに敗れ、どん底に落ちていきます。サラ金に手を出し破滅します。タコ部屋に住み、1日の稼ぎは500円。これいまの時代の話ですよ。
そんな彼でも、「今も将棋が自分に自信を与えてくれている」と言うんです。夜逃げするとき、死んだ母親の写真すら置いたままにしてきた。それでも、将棋の駒だけは離さなかったんですね。
「技術を極めた人と人が戦うとき、説明できないものが結果を左右することのなんと多いことか。混沌のなかにそれを捕まえた者だけが最上の戦いの階段を昇っていくことが許される」
「棋士が将棋を選び、将棋が棋士を選んだかのような不思議な巡り会い」
「棋士になって不幸になっていく人間を何人も見てきた。どんなに名声や勝利を得ても、人を信じることも優しくすることもできない棋士もいた。生活のためにわずか150人の競争に明け暮れ、人を追い落とすことだけに長けた棋士もいた」
「奨励会ってところは、一本でも逃げ道があったらもうダメなんだ」
ものすごいストレスなんですね。棋士になる条件には、この精神力も大きな要素なんです。
「将棋は厳しくはない。ほんとうは優しいものなのだ」
これこそ、著者が伝えたいほんとうのテーマです。夢やぶれて去っていく人。その胸には悲しみばかりがあるわけではないんです。
「あれほど打ち込んだオレなんだ。将棋だけはだれにも負けない」
そこには一生を棒に振る夢にチャレンジした人間だけしか言えない何かがあるんですね。
220円高。
2 「文字に聞く」
南鶴渓著 毎日新聞社 1429円
「○」って何画か知ってますか?
いきなり飛んでもない質問をして恐縮なんですが、わかります?
「1画じゃないかな」
「いや、3画だよ」
「3画は△だよ」なんてね。実はね、これは「・・画」なんです(本書をチェックしてみてください)。
著者は書家です。だから漢字には詳しいったらありゃしない。
そう言えば、いま、漢字検定がブームでしょ。キャイーンのウド鈴木も漢字に凝ってるし、対策本もバカ売れですよ。
漢字は表意文字が多いんですが、たとえば、長嶋監督の嶋という字。嶋もあれば、島もあれば、嶌もありますね。
元々、「しま」というのは山に鳥が群れ飛んでいるところからできたわけです。だから、本来は「嶌」という字の「山」と「鳥」の位置を入れ替えた字が正解だったんです。それがいろいろ簡略化されていまのようになったわけ。
心臓の心という字もドキドキ脈打つ臓器からつけられました。解剖学的知識から生まれたわけですな。
ところで、姓名判断ってありますよね。
姓の画数を天運、名の画数を地運、姓の下の文字と名の上の文字の画数の合計を人運、さらに姓の上の文字と名の下の文字との画数合計を外運、姓名全体の画数を総運、というように分けてるんだけど、これ、むちゃくちゃナンセンスなんですね。
だって、いま述べたように漢字ってのはどんどん簡略化されてますからね。
元の正しい字でカウントするのがいいのか、それとも常用漢字でカウントすればいいのかで違ってくるんですよ。時代によっても字は違うし、いまだって何種類もの字が通用してるんですよ。
たとえば、草かんむりなど常用漢字では3画ですよ。でも楷書では4画、さらに遡ると6画にもなるんです。
秋という字がありますね。これは9画。でも、正字では23〜27画まであるんです。こんなに違ってたら、運命もどんどん変わるんでしょうな。
だから、姓名判断で悩むことなどありません。自分で好きなようなカウントしてしまえばいいんです。
「この名前では不吉なことが起こります」と言われたら、「あんた、どの時代の漢字でカウントしてるのよ?」と聞いてみればいいんです。本人の無教養が暴露されるだけですよ。
さて、もう一つクイズ。
「龍」と「竜」、いったいどちらが正字で、どちらが略字だと思いますか?
これも回答は本書に譲ります。
150円高。
3 「なるほど! 不思議な日本経済」
日経新聞社編著 日本経済新聞社 648円
日経本紙で好評連載の「エコノ探偵団」に大幅に加筆したものですね。
こういう情報は知っておいた方がいいかもしれませんね。つまり、世の中の仕組みってヤツを理解しておくといいということです。
そこで、ちょっと知っておくといい情報だけ、ポイントをまとめて紹介しましょうか。ついでに一言コメントも入れときます。
「多店舗化が進めば、食材の一括購入などでコストを下げられる」
−−景気の悪い店は大同団結して、地域ごとにネットワークするといいですね。これはできないことはない、と思いますよ。
「いまの日本は供給過剰経済」
−−たしかにそうです。統計的にいいますとね、メーカーが伸びるとき(景気のいいとき)は、国としてもありがたく、ものすごく利益率が高くなるんです。国民一人頭の収入も増えるんです。でも、サービス業が伸びているときは収入は頭打ち。だから、政府としてはおそらくサービス業がどんなに伸びても嬉しくないはずですよ。まっ、雇用確保の手段としてはいいかもしれませんがね。
「中古本が売れても漫画家の収入増にはつながらない。創作意欲を損なわない、作品の質低下を招くおそれもある」
−−漫画家はそうでしょうな。わたしのような本だと、ブックオフがどんなに頑張ってもあまり関係ありません。というのも、出版社の本音として、ビジネス書やマネジメント書を古本屋で買うような読者を相手にしてないからです。ビジネス書は生ものだからすぐ腐りますしね。
でもね、自己投資には出費を厭わない。そういう読者が勝つんです。
「団塊ジュニアを中心とした20代の海外旅行者数が減少し続けている。他の世代は三年前から回復してるですが・・・」
−−20代で就職できない人がたくさんいますからね。これはしょうがありません。それに、海外に行ってどうすんの。ブランド漁りもバカみたいだし。それよりも、資格や勉強にいそしみたい。それが健全です。
「赤字覚悟の値下げが増えたわけではない。ユニクロ、マックともに客足と買い上げ点数が伸びて増収増益を果たした」
−−赤字覚悟のバーゲンセール、ライバルが値下げするからこちらも負けずに価格破壊。こういう目先のデフレ対策をしても根本的な解決になってませんから長続きしません。
世界的な視点で、いちばん安いところから輸入するシテスムを作る。そういうダイナミックな戦略のできる企業だけが勝ってるわけですね。
50円高。