2001年06月11日「自白の心理学」「ソクラテスの口説き方」「失速するよい子たち」
1 「自白の心理学」
浜田寿美男著 岩波書店 700円
著者は心理学の専門家(大学教授)。どうして、やりもしないことを「わたしがやりました」と認めてしまうのか。その精神構造とそうさせる取調室と刑事の圧力について具体的に言及した本ですね。
「えん罪」って言葉がありますが、これ、どのくらいあると思いますか。
1年間に判決が確定する事件はざっと110万件もあるんですが、そのうち無罪で確定するものが例年50件くらい。ということは、0.005パーセントの確率で発生してるんです。
統計学でいえば、これは「誤差」の世界です。
でも、当然の如く、えん罪をかけられた人の人生はガラリと狂ってしまいますよ。
著者はえん罪のことを「例外的に起きる偶発的な不運ではない。むしろ、世の中の仕組みのなかに根ざした一種の構造的な不幸だ」と断言していますが、わたしもそう思います。
わたしの初期の著書を読んだ方はご存じだと思いますが、わたしは学生時代まで赤面症と引っ込み思案のためか、自分の意見を表現するということがものすごく不得手でした。というよりも苦痛だったかもしれません。
こうなる原因は小学1年生のときの「事件」がきっかけだったんですね。
朝、教室に行くと、担任(当時、50歳程度、のち校長を経て地域の教育委員会委員)が「今日は授業をやらない。昨日、A子ちゃんの靴を盗んだ人間がいる。その犯人探しをする」と言ったんです。いまだったら、人権問題でクビが飛んだかもしれませんけど、もう35年もまえの話ですからね。
で、何時間経ってもわからない。今、思えばね、上級生が靴箱の掃除をしてくれるんですが、わたしも経験しましたが、いくつも並んだ靴箱を掃除すると、間違えて靴があちらこちらに入れてしまうことも少なくないんです。きっと、そのときもそうだと思ったんですが、生産性のない話に飽きて、後ろの友だちとちょっと話をしたら、「おい、中島。何してるんだ。ちゃんと聞け。お前じゃないのか、犯人は」と言うんですよ、担任が。
わたしにはまったく身に覚えのないことですよ。でも、小学1年生の子どもから見れば、大の大人がそう決めつけるんですから、「なにかのきっかけでボクが落としたのかなぁ」と思い込んでしまったんですね。担任は成績も悪く、授業に集中しないわたしにブラッフをかけたのか、たんなる注意だったのかもしれません。
でも、そのとき、わたしが言ったことはまさしく、「はい、わたしがやりました」という言葉だったんです。
それからは大変です。親が呼び出されて、「この子は強情だ」と非難される。親は平身低頭。でもね、「絶対、そんなことするはずがない」と言ってました。当たり前ですよ。だから、なんにも怒られなかった。ただ、「やってないなら、やってないとはっきり言え」と言ってましたが、それができないからこうなったわけです。近所の人たちも「絶対、そんなことはない」と言ってくれましたし、とりわけ、靴を無くした子といちばんの友だちが隣に住んでて、その子の親がとくに応援してくれました。
おかげでクラス替えするまで肩身の狭い思いをしました。ホントにトラウマだよね。
そのときから、教育者や偉そうに言う人、権威に対しては、「この人、本物かな、偽物かな?」と斜に構えて見る癖がついてしまったように思えます。
さて、本書ではたくさんのえん罪を取り上げていますが、それはクラス替えまでというようなスパンではなく、ほとんど一生をかけた戦いになっています。
たとえば、八海事件(1951年)は逮捕から無罪確定まで17年以上かかってますし、甲山事件(1974年)など、一昨年やっと無罪が確定したほどです。なかには、狭山事件や帝銀事件のようにホントに白黒がはっきりしないまま、獄中で亡くなったケースも少なくありません。
えん罪事件のほとんどは自白が決め手です。でも、死刑になるかもしれない事件なのに、どうしてそんな不利なことをしてしまうのか。
それはやっぱり刑事の思い込みと、取調室の圧力がベースにあります。犯罪捜査のテキストにこんな鉄則があるんですよ。
「頑強に否認する被疑者に対して、もしかすると白ではないかとの疑念をもって取り調べてはならない」
これは刑事訴訟法の条文とはまったく反対です。でもね、実際の現場ではこうなんです。
そして、「お前がやったんだろう。正直に言って早く楽になれ」とガンガン取り調べるわけですね。勾留期間は最大23日ですが、別件でどんどん延長することができます。これに耐えられる人はわずかだ、と思いますよ。普通の人なら、まったく身に覚えのないことでも認めてしまいますね。
そして、刑事に誘導されるままに自分が犯人であるという「ストーリー」を作っていくんですね。そういう意味で、えん罪というのは「合作」なんです。
「デッドマン・ウォーキング」という映画がありました。レイプの果てに殺人をした若者が頑強に否認していたものの、死刑執行の直前に真実を語るんですね。スーザン・サランドン主演の映画ですが、この女優はリンダ・ハミルトン、レベッカ・デモーネイと並んで好きな女優です。
まっ、犯罪というのはいつ巻き込まれるかわからない物騒な時代になりましたが、もう一つ、自分が罪人とされかねない時代であることもここ得ておく必要があると思いますよ。
100円高。
2 「ソクラテスの口説き方」
土屋賢二著 文藝春秋 1238円
ホントに面白い。けど、これだけユーモアが詰まった本は単行本で読むべきじゃないね。どうしても一気に読んじゃうから、途中で飽きちゃうわけ。著者が同じだから、テイストも同じ。となれば、これは飽きるわな。
さすがに哲学の先生だけあってレトリックが上手ですし、よく見てますよ。
「選挙も多数決も人間性に反している。友人同士など、通常のグループでは多数決によらず、いつの間にか上下関係ができ、リーダー格が旅行先などを決め、その代わり結果はリーダーが責任を取るという合理的な仕組みができるが、多数決だと責任をとる者がいなくなる」
ホントにそうだ。
「日本の未来は暗い。日本の子どもは正義感、道徳感ともに国際的に見て最低という調査結果が出たという。けんかやいじめをやめさせた、悪いことをする子どもに注意した、老人や身体の不自由な人の手助けをした、という経験をした子どもの割合は日本が最低だというのだ。テレビを見る限り、子どもたちがこの結果を恥ずかしがっている様子はなかった。
どの点をとっても救いがないが、唯一、救われるのは調査が子どもだけを対象にしている点だ。もし大人を調査していたら、子どもを嘆くだけではすまなかっただろう」
ホントにそうだ。
「将来、少子化が進めば、受験生が大学を試験して選抜するようになるかもしれない」
ホントにそうだ。でも、もうそうなってるんだけどな。わたしは受験するとき、そう思って受けてたけどね。
150円高。
3 「失速するよい子たち」
三好邦雄著 角川文庫 480円
著者は小児科医。これは早く読んでおかないといけない本ですよ。
「よい子」って大変なんですね。ストレスがものすごいわけ。それによって、精神がむしばまれ、中学、高校となる頃に発症します。それまでは、ホントに周囲から羨ましがられるほどの「よい子」。
それがガラリと変わります。病名不明のいろんな病気、無気力、無登校・・・。
親はそんなわが子を見て愕然とします。そして、いろんな病院に駆け込むんですな。でもね、日本ではあまりにも研究が進んでいません。現場の先生方も適切な対処ができていません。
キーワードは「オトナ子ども」です。子どものわりにオトナのように聞きわけが良くて、精一杯努力して、自分の感情をセーブできる。先生の要求に忠実で、優等生、クラスの運営にも率先して行動する。なり手のいないクラス委員も引き出せる。
そんな「よい子」が危ないんです。
原因はどこにあるんでしょうか?
親にあるんですね、これが。お母さんが生気に乏しい。つまり、感情があるのかないのかわからないような人。子どもに対して客観的に見ている人ですよ。
だから、子どもが遊びにのめり込んだり、楽しさに我を忘れることがない。その代わりに、オトナに気を遣い、自分を抑えて、いつもエンジン全開。
だから、子どものうちに燃え尽きてしまうんです。
じゃ、どうしたらいいのか?
それは本書を読んでください。勉強になる、というか、親を持つ人には必読の書だと思いますし、社会の一構成員としてもぜひ知っておくといいでしょう。
150円高。