2001年06月18日「歩兵の本領」「生放送だよ 人生は」「噂を学ぶ」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「歩兵の本領」

 浅田次郎著 講談社 1500円

 いわゆるアンソロジーですね。駒場東邦から中大杉並高校、そして自衛隊に入隊した浅田さんの青春録なんだろうな、きっと。
 だから、ディテールがしっかりしてます。もちろん、ペーソスがたんまり。
 浅田文学は喜怒哀楽のなかでもも「哀」がいいね。
 この人の本はすべて持ってます。でも、読んでないのが3冊あります。読みたいんだけど、気づいたらほかの本を読んでるわけ。それで、あとから出版された本書を先に読んでたりするんです。

 それはそうと、本サイトの熱心なユーザーからEメールが来ました。
 「毎週3冊しか読まないんですか?」
 「それとも、これは一部ですか?」
 もちろん、後者です。ホントは「こんな本、読んじゃいけないよ」という本も紹介しようかと思ったんですが、そんなの時間の無駄でしょ。たくさん買ってるんですよね、その手の本。たとえば今週の失敗は「臨機応答・変問自在」(集英社)、「黒字を作る社長 赤字を作る社長」(祥伝社)、「わかるとは何か」(岩波書店)、「喪失の国 日本」(文藝春秋)、「前田義子の強運に生きるワザ」(小学館)・・・などなどたくさんあるんですね。こういう本はすぐにブックオフ行きの段ボール箱に放り込みます。
 インターネットで買うから、こうなるんですね。

 さて、本代ではなく・・・本題に戻りましょう。
 実は自衛隊にはちょっと思い入れがあるんです。というのも、愛国少年のボクは学生時代に毎年、御殿場の24連隊板妻普通科連隊に体験入隊してたんです。もう25年も前の話ですね。
 毎年、たった一週間でしたが、隊員と衛内の居酒屋でワイワイ飲んで話してましたから。銃剣術もしましたし、深夜3時に叩き起こされライト1つで朝まで夜間行軍もしましたからね。体力測定と持久走でかなり成績が良かったんで、「中島くん、きみ、自衛隊に入れば、幹部候補生、いきなり三尉からスタートだよ。陸将か陸将補までは確実だからぜひ入らないか」とスカウトされそうになりました。
 だから、この本に書かれてることは頭ではなくて、身体でわかるような気がするんです。

 本書の宣伝を見ると、次の文章ばかりが紹介されてますね。
 「自衛隊には落ちこぼれはいない。なぜかわかるか」
 「一人のバカのせいで、十何人の戦闘班が全滅する。一個班がノロマだと一個小隊が全滅する。だから、軍隊っていうのはどこの国でもそうだけど、優秀な兵隊を作るんじゃなくってクズのいない部隊を作ろうとするんだ」
 これは「入営」という話の一こまです。
 
 舞台は1971年から76年の間ですね。つまり、高度経済成長期で、自衛隊がいちばん肩身が狭かったとき。
 ということは、どうしようもない連中ばかりが集まっていた時代です。二等陸士(昔で言えば、二等兵)の初任給が15100円。コーヒー1杯120円の時代です。
 8月15日で時間が止まってしまった准尉の話「若鷲の歌」。自衛隊員御用達のサラ金「門前金融」、はじめての外出でそのままトンヅラしそうになる「シンデレラ・リバティ」、脱走を試みる「脱柵者」、大晦日から元旦に掛けての武器倉庫の守衛を命令される「越年歩哨」、そして任期満了による除隊志願を喜怒哀楽を描いた表題作など、いずれも下からの目線で描かれている。
 とくに、印象に残った点は2点。
 「去年、市ヶ谷駐屯地のバルコニーで自衛官の名誉と尊厳を説いた末に腹を切った小説家がいたが(三島のことだ)、彼の口にした正論に当の自衛隊員たちが誰も賛同しなかった理由は、彼がおのおのの存在責任にまったく関与しない、他者だったからだ。すなわち、すべての時間とすべての道徳とを共有しない他者であるかぎり、自衛官は誰ひとりとして彼の説くところに耳を傾けるはずがなかった」
 「おまえも三本線の陸士長になりゃわかるさ。兵隊はな、腹に一物があっちゃいけないんだ。どんなことだって、その場でひとつひとつけじめをつけていかなけりゃ、いざ戦になったとき困るだろう。常時即応の基本だよ、それは」
 同感です。
 220円高。


2 「生放送だよ 人生は」

 生方恵一著 双葉文庫 552円

 生方さんといえば、昭和59年の紅白歌合戦のクライマックス。トリもトリ、これで引退という花道を飾るはずだった都はるみの登場時に「美空さんです」と叫んでしまったNHKの名物アナウンサー。
 で、この本の親本はそのことばっかり弁解してたんだけど、文庫刊行に当たってそんな話は大幅カット。アナウンサー人生の悲喜こもごも、人との出会い、勉強したこと、教わったこと・・・普通のビジネスマンが仕事を通じてたくさん学んだことが本書でも同じように勉強できます。
 いい本になりました。

 生方さんの先輩に宮田輝という名物アナウンサーがいました。
 「故郷の歌祭り」で全国的に名を馳せた空前絶後のアナウンサーですね。その後、自民党から参院選に立候補して当選します。でも、それからは不遇な人生だったみたいで、国会議員になったことが大失敗の人でした。
 この人、さすがに大したもので、生方さんにこんなアドバイスをしてるんです。
 「ウブチャン、いい司会ができるようになったね。取材、調査を十分にやって自分の引き出しにたくさんの材料を仕込むのは大切だけど、でもね、もっと大切なのは、いざというときにそれを全部捨てられる勇気だよ。とくに生放送は予定通りにはいかないものだから、どんなにいい話でも流れに合わないときはカットだよ」
 こういう勉強ができるから、仕事というのはおもしろいんですよ。いい先輩だなぁ、この人は。

 仕事を通じて、またプライベートでも、この人はたくさんの芸能人に人脈があります。
 中でもやっぱりいちばん印象が強いのは、美空ひばりさんなんですね。間違えるだけのことはあります。
 美空ひばりという人ほど、気配りのできる人、リハーサルを大切にした人はいなかったと言ってます。
 たとえば、何十年も歌ってる歌でも、どんな演出をしたらいいか。台本にびっしりとメモで動きをチェックするそうです。バンドも20人もの編成でも、だれか1人でも音が狂うと、そのたびににっこり笑って振り向く。おかげで、指揮者は彼女が振り向くたびに心臓が止まりそうになったといいます。
 こんな仕事ぶりだから、バンドも真剣。それを見ているスタッフも真剣。で、彼女の仕事場にはいつもいい意味での緊張感があったらしいですね。

 いろんなエピソードが満載されています。
 長丁場の放送といえば、スポーツ中継。野球などはとくにそう。アナウンサーだってやっぱり人間だから、トイレは我慢できません。
 で、プロ野球の実況中に、あるアナウンサーがトイレを我慢できなくなった。だんだん顔が青ざめてくる。スコア担当にはまた別のベテランアナ。事情を察して「小便か?」というメモを入れる。大きく頷くアナ。「解説の間に行って来い」とメモを入れます。
 「鶴岡さん、ゲームも後半に入りましたが、ここで両チームの投手力を分析していただけますか」
 その日の解説者は粋な鶴岡一人さんだから、あとは任せとけと胸を叩きます。
 それで、脱兎の如くトイレに向かってまっしぐら。身も心もすっきりして戻ると、マイクに向かって一言。
 「なるほど、よーくわかりました」
 このアナウンサー、いま民放の各番組で活躍中の草野仁さんのことです。若いころはみんないろんなことやってるわけですよ。

 「アナウンサー マイク無ければ ただの人」ってか。
 250円高。


3 「噂を学ぶ」
 梨本勝著 角川書店 571円

 サブタイトルが「学問としてのスキャンダル」だと。
 以前、本サイトで紹介した梨本本「これは編集プロがまとめたものだな」と感じましたが、今回の本は力があります。これは本人が書いたか話したか、いずれかのものですね。
 著者が教授を務める函館大学でもテキストとして使うらしいですよ。
 
 うわさ話が好きなのは日本人だけではありません。
 ダイアナ妃を追いかけていたイタリアのパパラッチは有名だけど、彼もダイアナ妃を取材しようとはじめてロンドンにいくと、なんと27番目だったんだって。
 「人生の最大の楽しみは、そこにいない人の話をして過ごすこと」ってのは、古今東西、人類に共通したエンタテイメントなんだね、きっと。

 ところで、もう32年もレポーターやってるんですよ、この人。
 大したものですよ。あるときは「銀バエ」と呼ばれて蔑まれ、あるときは「梨本に言いつけてやる」と言われて強面し、その実態はというと「好奇心の塊」なんですね。

 わたしは芸能レポーターで好きな人はこの梨本さんと菊田紋子さん。圧倒的にこの二人です。あとは鬼沢さんかな。そういえば、東海林のり子さんもいたな。
 はっきり言って、ほかはどうでもいいです。とくに女性レポーターはタレント崩れが多いだけに、インタビューでも礼儀知らずというか、正義の味方っぽくて嫌いです。梨本さん、菊田さんは大上段から振りかぶったところがなく、スカっとしてるから好きなの、この2人。

 「ニュースに高尚なものと低俗なものに分けること自体がおかしい」って同感します。
 とくに梨本さんは庇護してもらえるバックのないフリーのレポーター。だから、あちこちで責任とって渡り歩いたあげく、キー局すべてを網羅してしまった。まさに「生涯一レポーター」ですよ。
 こんなことがありました。
 暴力団が知人の博徒の葬式に出るために借りた車がなんと美空ひばりさん名義のもの。これをレポートしてたら、テレビ局の上層部に圧力がかかった。もろん総会屋や右翼の仕業ではなく、レコード会社ですよ。で、局側は妥協するわけ。
 これに対して、梨本さんは大反対。弱いプロダクションや芸能人なら報道して、強いところには巻かれてしまう。これでは筋が通らない。彼がいちばん大切にしてるのは視聴者。だから、レポーターを降りるんですね。
 たかが芸能レポーター、されど芸能レポーターだね。
 でも、最近は芸能プロがますます強くなって、どうも局側が報道、取材を自主規制してるみたい。それは、オウム事件の時の報道姿勢で完全に暴露されましたね。視聴率のためなら、真実の追及などどうでもいいってやつですよ。宮崎緑という電波レポーターなど、オウムの連中に、「最近、追っ掛けが増えてますけど、どうですか?」と芸能人に対するような質問しかしませんでした。NHK一生の不覚だったのではないでしょうか。

 日本の大新聞、テレビ局には記者クラブというのがあります。ところが、梨本さんにはそんなものありません。
 だから、突撃レポーターと呼ばれるわけですが、中川一郎代議士(鈴木宗男という政治家がずっと秘書を務めていた)が自殺したとき、彼は参列する政治家に軒並みインタビューします。新聞記者は記者クラブがあるから、いつも合同取材。だから、彼を蔑んで見ていました。
 もちろん、「こんな芸能レポーターになど、われらが政治家は対応しないだろう」と踏んでました。その通りの政治家もいました。けれど、岸信介さんはきちんと答えたんですね。で、それを見た記者連中が慌ててやってきて、今度は懸命にメモ取ってるんです。
 新聞記者ってのは大会社のサラリーマンか官僚のようなものですな。だから、田中金脈を立花隆さんが文藝春秋で追及したとき、「政治部の記者なら、そんなことみんな知ってるよ」と嘯くわけですね。
 知ってたら書けよ! 書くのはいつも大本営発表のものばかりなら、これは戦前となんら変わらないじゃないの。

 ワイドショーがテレビでこれだけ注目を浴びる歴史を振り返ると、これはテレビ局が独自に開発したものではないことがわかります。
 ノウハウがないわけです。で、女性週刊誌や芸能週刊誌の記者たちがスタッフからノウハウまですべてを提供してここまで育ってきたわけ。
 テレビ局の人材難はいまだにそうで、報道部門の充実度(人数と支社などのネットワーク)は新聞社に比較するとお寒い限り。すべてアウトソーングと人材派遣で成り立っている業界で、高収益体質もこのおかげですよ。
 たとえば、ワイドショー1本だいたい1500万円で作ってるんです(人件費もすべて含めて)。ということは、年間ざっと36億円の予算になります。これはもう中小企業の経営規模だよね。たかがワイドショー、されどワイドショーですね。
 150円高。