2001年02月05日「浅草フランス座の時間」「子供部屋に入れない親たち」「成りあがり」
今回も3冊ご紹介することにします。
1 「浅草フランス座の時間」 井上ひさし編著 文春ネスコ 1700円
ストリップ劇場として、そしてそうそうたる喜劇人を綺羅星のごとく輩出した小屋としてのフランス座。その一部始終を井上ひさしさんがまとめた。渥美清さん、北野武さんとの対談など、貴重な現代風俗史でもある。踊り子や芸人の写真もたくさん掲載されている。
踊り子の肉体は演出家の指示や作曲家の指定したリズムや振り付け師が与えた身振りなどで四方八方から束縛される。この束縛にもかかわらず、踊り子は自分の個性に「ゆらぎ」を与える大冒険に成功する。こう井上さんは賛辞を贈る。
彼にとってフランス座は、人生を教え、文章力を育ててくれた学校のようなものだという。それは「銀行員のような踊り子もいるし、どの世界も同じ」とはいうものの、やっぱり異色の踊り子やユニークな芸人たちとのつきあい、あるいは留置場に何度もぶち込まれた経験が人生を豊穣なものにしたのだと思う。
それにしても、支配人の奥さんが日に5〜6回も銭湯に入っては踊り子さんをスカウトしたり、渥美さんはじめ喜劇役者たちは「客に弁当を食べさせるな」をスローガンに切磋琢磨した話とか、スリーポケッツというコントグループがテレビに進出して人気が出始めた頃、「この方向に自分の将来はない」という渥美さんの一言ですっぱり解散したり、なんというか、みんな必死に生きていた姿が日本という国の成長とオーバーラップして見えました。
2 「子供部屋に入れない親たち」 押川剛著 幻冬舎 1500円
キレる17歳。もう他人事ではありません。
それにしても、最近、大きな奇声を発する10代、20代、30代の人間が多いですね。わたしは3日1回は電車内で見かけます。危害を加えないことはわかっていても、緊張しますね。だって、殺されたって責任能力無しで無罪放免。たいてい、損害賠償も取れないんですからね。君子危うきに近寄らず。これが現実でしょうな。
ところで、入院歴のある精神病患者は全国に33万5847人もいる(1998年厚生省調べ)んですね。こんな数字のなかで患者の移送は頻繁に行われているわけです。コストは交通費以外の諸経費見込みで30万円から200万円だという。基本料金に幅があるのは、移送対象者の状態や性別、年齢などによって異なるから。
著者は移送専門の警備会社の経営者。150ものボランティアを経験した後、仕事として本格的に取り組みます。いままで手がけた移送は600回。たいへんな仕事ですよ。でも、こんな修羅場のなかから見えてくる現代の家族風景。いったい、どんな風景なのか。
最初のうちはいろんな失敗があったと言います。引き受けたものの、家族から聞いた内容とあまりにも現実がかけ離れていたり。
たとえば、まる4年間もコミュニケーションがない。部屋の鍵ごと電気鋸で開けてみると、中はティッシュが山のように積もっている。糞尿と使用済みタンポンの山なんですね、これが。ウジがわき、とんでもない悪臭に同行した警備員が吐き出す始末。暴れる娘が大騒ぎする。市役所に電話しても、この人たちは知らん顔。そこで「こんな燃えやすいものがある」という理由で消防署に来てもらうと、今度はマンションから飛び降りると大騒ぎ。警察がやってくる。翌日、娘の父親から「恥をかかせてくれた。それに肝心の移送もできなかった」と損害賠償を申し渡される始末。
こんな家族の無知と勝手な行動にあきれ果て、教訓として受けていいケースと、受けてはいけないケースがあることを著者は学ぶわけです。 現場に行くと、いつも依頼者の家が豪邸であることに気づく、と著者は言います。恵まれた家庭ばかりで精神障害者が生まれるわけではない。高い移送料が払える裕福な家庭を相手にしているのか。でも、いざ現場に踏み込むと、恵まれた環境には落とし穴が潜んでいるとしか思えない、と言う。
親は子供のことを一番に考えている、と訴える。ところが、子供の側から見れば、愛されている実感はないし、親からされることはすべて迷惑に感じているんですね。
「精神障害者は嘘をつきませんでした。むしろ、周囲の家族が何かを隠したり、うそをついたりしている。手を貸してくれる家族もいれば、ただ働きをいいことにとことん働かせようとする家族もいました。一生懸命やっている中、ソファに足を組んで、きみ、悪いねと言う父親にはさすがに呆れた」
子供を説得できる親とできない親がいて、できない親がいるいう家庭に問題が起こっているんです。
佐賀のバスジャック事件でも、10年前から予測できたと著者は言います。それも解決方法も。性と家族。この二つのキーワード。刃物を持つことは性欲の反動であり、患者にとって刃物は性器の象徴なのではないか確信する、という。だから性に理解を示すことが説得には重要だ、と言うのです。「少年を病院に無理矢理連れていった。このことに原因がある」というのが著者のスタンスです。
テレビで活躍中のT大学のT助教授はダメだ、と主張していますが、この先は本を読んでください。
3 「成りあがり」 矢沢栄吉著 角川文庫 500円
矢沢28歳の激論集だ。内容は生意気の一言。世界をオレ一人が持っている、てな感じ。
だから、嫌か? まったくそんなことはない。頼もしいくらいだ。20代はすべからくこうでなきゃ。
成りあがり。歩が「と金」に成りあがる。最高の誉め言葉です。
40代、50代、60代、いまそこそこ大を成している人たちも、たいてい20代は生意気で鼻持ちならない自信家だったはず。「彼は丸いよ」なんてのは勘弁して欲しい。まったく、魅力がないな。
彼一流の哲学、美学、そして野心ぎらぎら、それでいて原爆の後遺症で死んだ母親や残された父親への怒り、悔しさ、同情、そして共感がいっぱい詰まった一冊。人間は成長に比例して周囲がよく見えてくるし、相手の立場や気持ちがよくわかってくる。読んでると、それがよーく伝わってきます。
1 「浅草フランス座の時間」 井上ひさし編著 文春ネスコ 1700円
ストリップ劇場として、そしてそうそうたる喜劇人を綺羅星のごとく輩出した小屋としてのフランス座。その一部始終を井上ひさしさんがまとめた。渥美清さん、北野武さんとの対談など、貴重な現代風俗史でもある。踊り子や芸人の写真もたくさん掲載されている。
踊り子の肉体は演出家の指示や作曲家の指定したリズムや振り付け師が与えた身振りなどで四方八方から束縛される。この束縛にもかかわらず、踊り子は自分の個性に「ゆらぎ」を与える大冒険に成功する。こう井上さんは賛辞を贈る。
彼にとってフランス座は、人生を教え、文章力を育ててくれた学校のようなものだという。それは「銀行員のような踊り子もいるし、どの世界も同じ」とはいうものの、やっぱり異色の踊り子やユニークな芸人たちとのつきあい、あるいは留置場に何度もぶち込まれた経験が人生を豊穣なものにしたのだと思う。
それにしても、支配人の奥さんが日に5〜6回も銭湯に入っては踊り子さんをスカウトしたり、渥美さんはじめ喜劇役者たちは「客に弁当を食べさせるな」をスローガンに切磋琢磨した話とか、スリーポケッツというコントグループがテレビに進出して人気が出始めた頃、「この方向に自分の将来はない」という渥美さんの一言ですっぱり解散したり、なんというか、みんな必死に生きていた姿が日本という国の成長とオーバーラップして見えました。
2 「子供部屋に入れない親たち」 押川剛著 幻冬舎 1500円
キレる17歳。もう他人事ではありません。
それにしても、最近、大きな奇声を発する10代、20代、30代の人間が多いですね。わたしは3日1回は電車内で見かけます。危害を加えないことはわかっていても、緊張しますね。だって、殺されたって責任能力無しで無罪放免。たいてい、損害賠償も取れないんですからね。君子危うきに近寄らず。これが現実でしょうな。
ところで、入院歴のある精神病患者は全国に33万5847人もいる(1998年厚生省調べ)んですね。こんな数字のなかで患者の移送は頻繁に行われているわけです。コストは交通費以外の諸経費見込みで30万円から200万円だという。基本料金に幅があるのは、移送対象者の状態や性別、年齢などによって異なるから。
著者は移送専門の警備会社の経営者。150ものボランティアを経験した後、仕事として本格的に取り組みます。いままで手がけた移送は600回。たいへんな仕事ですよ。でも、こんな修羅場のなかから見えてくる現代の家族風景。いったい、どんな風景なのか。
最初のうちはいろんな失敗があったと言います。引き受けたものの、家族から聞いた内容とあまりにも現実がかけ離れていたり。
たとえば、まる4年間もコミュニケーションがない。部屋の鍵ごと電気鋸で開けてみると、中はティッシュが山のように積もっている。糞尿と使用済みタンポンの山なんですね、これが。ウジがわき、とんでもない悪臭に同行した警備員が吐き出す始末。暴れる娘が大騒ぎする。市役所に電話しても、この人たちは知らん顔。そこで「こんな燃えやすいものがある」という理由で消防署に来てもらうと、今度はマンションから飛び降りると大騒ぎ。警察がやってくる。翌日、娘の父親から「恥をかかせてくれた。それに肝心の移送もできなかった」と損害賠償を申し渡される始末。
こんな家族の無知と勝手な行動にあきれ果て、教訓として受けていいケースと、受けてはいけないケースがあることを著者は学ぶわけです。 現場に行くと、いつも依頼者の家が豪邸であることに気づく、と著者は言います。恵まれた家庭ばかりで精神障害者が生まれるわけではない。高い移送料が払える裕福な家庭を相手にしているのか。でも、いざ現場に踏み込むと、恵まれた環境には落とし穴が潜んでいるとしか思えない、と言う。
親は子供のことを一番に考えている、と訴える。ところが、子供の側から見れば、愛されている実感はないし、親からされることはすべて迷惑に感じているんですね。
「精神障害者は嘘をつきませんでした。むしろ、周囲の家族が何かを隠したり、うそをついたりしている。手を貸してくれる家族もいれば、ただ働きをいいことにとことん働かせようとする家族もいました。一生懸命やっている中、ソファに足を組んで、きみ、悪いねと言う父親にはさすがに呆れた」
子供を説得できる親とできない親がいて、できない親がいるいう家庭に問題が起こっているんです。
佐賀のバスジャック事件でも、10年前から予測できたと著者は言います。それも解決方法も。性と家族。この二つのキーワード。刃物を持つことは性欲の反動であり、患者にとって刃物は性器の象徴なのではないか確信する、という。だから性に理解を示すことが説得には重要だ、と言うのです。「少年を病院に無理矢理連れていった。このことに原因がある」というのが著者のスタンスです。
テレビで活躍中のT大学のT助教授はダメだ、と主張していますが、この先は本を読んでください。
3 「成りあがり」 矢沢栄吉著 角川文庫 500円
矢沢28歳の激論集だ。内容は生意気の一言。世界をオレ一人が持っている、てな感じ。
だから、嫌か? まったくそんなことはない。頼もしいくらいだ。20代はすべからくこうでなきゃ。
成りあがり。歩が「と金」に成りあがる。最高の誉め言葉です。
40代、50代、60代、いまそこそこ大を成している人たちも、たいてい20代は生意気で鼻持ちならない自信家だったはず。「彼は丸いよ」なんてのは勘弁して欲しい。まったく、魅力がないな。
彼一流の哲学、美学、そして野心ぎらぎら、それでいて原爆の後遺症で死んだ母親や残された父親への怒り、悔しさ、同情、そして共感がいっぱい詰まった一冊。人間は成長に比例して周囲がよく見えてくるし、相手の立場や気持ちがよくわかってくる。読んでると、それがよーく伝わってきます。