2008年08月01日「中国臓器市場」 城山英巳著 新潮社 1470円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 大量の死刑執行、死刑囚の臓器を使った移植、拝金主義の医師による外国人(日本人等)への移植・・・。

 「死刑囚(とその家族)の同意を得たのか?」
 国際社会がどんなに批判しようが、中国の移植事情は変わらない。中国の表と裏。法律を制定し、施行しても、そこには必ず抜け道がある。上に政策あれば下に対策あり。

 日本でも、「臓器移植に関する法律」では、臓器を提供したり、提供を受けたことへの対価、斡旋の対価として、財産供与を受けてはならない。違反すると、5年以下の懲役、もしくは500万円以下の罰金とされている。

 だが・・・。たとえば、愛する子供が余命宣告を受け、そこにドナー(臓器提供者)がいたとしたら、倫理問題を持ち出すことができるだろうか?
 現実と建前、建前と本音。この二律背反の中でずっとフリーズしてきたのが、日本の臓器移植ではなかったか。行政も医師会も政治もだ。

 中国全土、フィリピン、タイなどの臓器移植状況を、現場に足を運んで丁寧に取材してきた様子が見て取れる。病院名、団体名、医師名もできるかぎり実名を上げている。良心的な取材である。

 中国の中華医学会、臓器移植学会主任委員によれば、06年までに中国で行われた移植は、腎臓74000件、肝臓10000件。05年だけでも計12000件である。困難と言われる肝臓移植でも05年、06年と連続3000件を突破している。
 いまや、中国は世界2位の移植大国なのだ(1位はアメリカ)。

 ただし、その9割は死刑囚のものだった。ほんの2年前までだ。
 07年1月から刑執行を最高人民法院が一括して慎重に許可することとなった。五輪開催を前に、海外の監視の目がきつくなり、死刑執行が激減した。結果、死刑囚の臓器移植も減った。
 おかげで生体移植が増えたものの、監視の目がゆるんだ今日、「死刑囚」が増えすぎたためか、「元に戻った」。

 参考までに、アムネスティ・インターナショナルによれば、中国の死刑執行は04年3400人、05年1770人、06年1010人となっている。実際にはこれより多い。おそらく、年間10000人ほどだろう。
 中国では殺人罪等以外にも、収賄などの経済事犯、窃盗罪にも死刑が適用されている。

 病院は外貨稼ぎになる。医師は儲かる。大金を払う外国人は中国人(もちろん、共産党幹部が最優先!)より優先される。外国人には20〜30代の若い健康な臓器が提供される。

 死刑執行2日前に仲介業者へ連絡が入る。腐敗の進行が早い心臓や肝臓は摘出後すぐに移植を行わなければならない。その点、ドナーが死刑囚ならば都合がいい。いつ、どこで、摘出できるかが事前にわかるからだ。

 中国には死刑執行用の専用車まである。つまり、そのまま、執行して臓器を取り出し、病院へと移送できるというわけだ。なんとまあ、素晴らしいオートメーション・システムではなかろうか・・・。

 これが国際的非難を受ける的とになった。死刑囚の人権はどうなのか、と。この非難の強弱で二転三転。移植はなりを潜めたり復活したりしているようだ。
 
 すべての責任と非難を中国に向けてはいけない。そもそも、中国人が受けるべき臓器移植を、金にモノを言わせて外国人=日本人、アラブ人、韓国人が奪っているのだ。ここでもまた倫理と現実の二律背反が見られる。

 貧しい農村部の中国では、臓器を売りたがる人民が少なくない。「臓器村」まである。彼らに渡る金額はわずかなものだ。北からの脱北者が臓器を売るケースも少なくない。
 「目んたま売れ!腎臓売れ!」と叫んだ、かつての商工ローンそのものだ。

 中国で移植手術を受けた日本人が何人か登場する。異口同音に言うのは、「日本ではいくら待ってもドナーは現れない。中国では待たずに移植を受けられる」ということだ。

 なぜ日本では不可能なのか? 倫理上の問題か? 死刑囚が足りないからか? いや、そんなことではない。医師、病院のビジネス上の都合が少なくない。
 腎臓移植を勧めるよりも、このまま腎臓透析を続けて貰うほうがいいのだ。

 腎臓移植を日本人がアメリカで受ければ1600〜2000万円。中国では600〜750万円。肝臓移植ならアメリカ7000万〜1億円、中国1300〜1700万円が相場だ。
 日本の腎透析患者は年10000人の割合で増えている。08年には28万人に達している。透析医療費は年間1兆3000億円。これは全医療費の4%である。
 透析患者は週3回通院し、1回4〜5時間の拘束。透析中に頭痛、吐き気、けいれんが起こることも少なくない。このストレスで鬱病になるケースも多い。

 透析治療には保険が適用されるが、入院なら患者1人あたり年間800万円。外来でも500万円だ。だが、透析したところで、患者の身体が改善するわけではさらさらない。
 ひと言で言えば、病院にとって、透析は「金のなる来」なのだ。こんなに美味しい商売を止めるわけがない。商売敵がもし現れたら、徹底的につぶしたくなるのもわかるような気がする。

 ドナー不足が深刻な日本で、衝撃的な事件が起きた。06年10月、愛媛県宇和島の徳洲会病院で、生体腎移植を受けたレシピエントと、臓器を提供したドナーの間で金品(現金30万円と150万円相当の乗用車)の授受があったとして、愛媛県警が逮捕したのである。
 松山地裁は、2人に懲役1年執行猶予3年を言い渡している。

 生体移植は、親族間を原則とするが、執刀医の万波誠医師はその確認をせずに手術に踏み切っていた。これも問題視された。
 
 万波医師は、市立宇和島病院で25件の病気腎移植を執刀。移植を受けた患者たちは万波医師に感謝し、彼を支援するグループまで結成されている。

 宇和島事件を契機に、中国へ渡航して移植手術を受けるケースが激増したのは偶然ではない。「日本にいたら絶望的だ」と考える患者たちが藁にもすがる思いで決行したものだと思う。

 中国での臓器移植を紹介する団体に駆け込むのは、末期症状の患者が多い。本書に登場する人たちもそうだった。倫理の話をしている限り、そこに「出口」はない。350円高。