2008年08月10日夏休みの特別読書道場!「ちいさこべ」 山本周五郎著 小学館 2100円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 北京五輪も、やわらちゃんの銅メダルでスタートしました。野村選手に代わる期待の星は初戦敗退。慎重になりすぎて実力を発揮できぬまま終わってしまった、といったところでしょう。残念でしたね。

「本番に弱い」というイメージの日本選手を、だれかが吹き飛ばしてくれるといいですね。人事一新。谷亮子さんに引っ張ってもらう時代も終わったような気がします。

 さて、こういう大舞台ではえてして、次代のヒーローやヒロインが誕生するものです。

 彼らに共通するのは素質や実力というより、あまりにもノーマークであるために無心で勝負できる、という利点です。「失うものがなにもない」ということほど強いものはありません。無尽蔵のパワーを秘めているとさえ思います。

 失うものがない。無私の心で。無心に・・・こんな人はあまりいませんね。いくらそう言っても、その実、まだまだ失うものがあるんです。

 潜在意識はそのことを十分わかっていますから、必要以上に慎重になったりするんです。冒険できない。一か八かの賭けができない。「もうなにもない」と言いながら、なにかを守ろうとしているわけですね。
 ぎゅっと握りしめたままにせず、パッと手放してみたら? 失ってはじめて得られるものってあるんです。上り坂と下り坂がいつも同じ数だけあるのと同様、なにかを失うことはなにかを得ることなのかもしれません。


「ちいさこべ」も山本周五郎の作品です。どういうわけか、3回連続になっちゃいましたね(蚕を「こ」という。「ちいさこべ」とは小さな蚕がたくさん集まっている部屋のこと)。

 これも映画になりましたね。萬屋錦之助さん主演。
 はっきり言いますが、原作は素晴らしいですが、脚本はもっと良くできてるように思います。
 原作はさらっと読めるのに対して、脚本は、焼け出された者とそうでない者との運命、対立、嫉妬、憎悪を下地に、放火、賭博、愛憎、一揆などの事件が起きる波瀾万丈の物語に仕立て上げられています。


一部・二部構成の長編映画。見応え十分。

 山本周五郎の作品全般に言えることですが、とくに短編、中編は創作意欲をそそられるものが多くて、脚本家にとってはヒントの宝庫。プロットそのものになってるんです。「ちいさこべ」でもきっとそうだったんでしょうね。あちらこちらが脚色されていますもの。

 神田岩井町の「大留」は名にしおう大工。若棟梁の茂次は川越の出先で、江戸の大火に巻き込まれて両親が焼死し、店舗が崩れ落ちたことを知ります。
 しかし仕事が終わるまで帰らず、神田に戻っても葬式もあげず、35日の供養もせず。ほかの棟梁たちとのつきあいも絶ち、とにかく大留再興へと粉骨砕身するわけですね。

 ところが、雇った幼馴染みのおりつは、火事で焼け出された孤児を5、6人(原作では12人)引き連れて大留に居候させる始末。

「いまのオレには孤児を養う余裕なんてない。元の町内へ戻せ」
「町内でも厄介払いの子どもたちばかり。何でもするから置いてください」
「ダメだ」

 原作ではすんなり引き取ってるんですけどね。結局、おりつは放り出せずに一緒に焼跡の土蔵で暮らすんです。孤児たちはおりつに悟られぬまま、やくざの手下になって泥棒で糊口をしのぐ始末。

 茂次は町内の人々から店の普請を頼まれますが、これも断ります。そんな安手の仕事は大留の看板に傷が付くからですね。けど、町の人々は茂次の事情など汲まずに恨むばかり。

 そんな時、大留の名人仕事が放火される事件が起きます。莫大な借金をして材木を仕入れたのが、数時間の内に灰燼に帰してしまいました。
 
 今度こそ正真正銘の丸裸。材木を失い、評判を失い、しまいにはやる気まで失った。魂が抜けた日々・・・。

「おりつ、孤児を抱えて飛び出たとき、いったいどうしようと思ったんだ? ここを出てなにか当てでもあったのか?」
「そんなものなにもない。でも、あたし、元から失うものなんかなにもない。なにをしたってこれ以上悪くなりようがないもの」
「・・・おまえの言うとおりだぜ」

 父親が大火の中でも守り抜いた大留の看板を抱えて、茂次は質屋をおとずれます。
「これで500両、貸して欲しい」
「看板なんかで貸せるわけがない。けど、あの孤児たちを養っているあなたには貸しましょう。もちろん、利息は取りますよ」

(めどがついたら、オレのほうから頭を下げて、町内のみなの普請をさせてもらおう。大留は安手の仕事はしねえ。けど、今度ばかりはしてえんだ)

 なくなった・・・つもりでなくなってないもの。まだあるようで実はすでになくなっているもの。そんなものがたくさんあるような気がしますね。500円高。




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