2008年08月11日夏休みの特別読書道場!「五瓣の椿」 山本周五郎著 新潮社 540円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 吟じます!
♪五弁じゃなくて五瓣と書いてもらいたいけど、当用漢字にないし、読めないとそもそも買ってもらえないかも♪
 ま、この本、小学生が買うとは思えないんだけど・・・。

 まだまだ続く山本周五郎作品といったところでしょうか。でも、これはちょっと違和感があるというか異端というか、毛色が変わった本かもしれません。

 従来の作品とは少々、プロットが違うからそう感じるのであって、テーマというか本質は同じではないかなあ。今までの小説を裏から書いてみました。ポジからネガに変えました、というような雰囲気ですな。

 生まれついて、人間が背負わされている哀しさ=業というものがあります。この業とどう対するか。対し方を間違えると取り返しのつかないミスを冒してしまいますね。

 しかも、この致命傷は人一倍賢い人、正義感が強い人、心が美しい人、感受性の鋭い人、思いやりのある人、優しい人・・・が陥りやすい穴なんです。おバカであったり、長いものには巻かれろ式の人間、朴念仁であったり、鈍感な人は、けっして陥ることはありません。

 清廉潔白、潔癖性、正義感の強い人、善悪をはっきりさせたい人・・・危ない危ない。

 この心の美し過ぎる女がもう少しいい加減であれば、もっと愉しく人生を生きられただろうに・・・山本周五郎はそう感じていたのではないでしょうか。


岩下志麻さんが美し過ぎる。

 天保5年正月の夜半、本所亀戸天神の薬問屋「武蔵屋」の寮が燃失。焼跡からは、当主喜兵衛、妻おその、娘おし・・・3人の死体が出た。

 これがシリアルキラーの始まり。実はおしのは生きているんです。

 おしのの代わりに死んだのは、淫蕩な母が囲っていた16歳の役者。父はこの淫蕩な母にひと言だけ告げたくて、死を覚悟して寮まで出向こうとしたわけです。
 途中で絶命しますが、いったい何を言いたかったのか? おしのの本当の父親についてしゃべってはけいな。おしのがどれほど傷つくかわかりゃいない、ということだったんですね。
 
 その甲斐もなく、母親から事実を告げられてしまいます。そして、おしのが決心したことは、椿を愛でる以外はなんの楽しみもなく、婿入り先である武蔵屋の発展のために精魂尽き果たして死んでいった義父のために、この淫蕩な母をたぶらかした5人の男を殺すこと・・・でした。

 まず、三味線弾きの人気太夫が殺されます。続いて、淫靡な施術で女をたぶらかす治療師、札差屋の放蕩息子、姦通の手引きで小遣い稼ぎをしていた芝居小屋の男・・・手口はいずれも同じ。色香で酔わせて油断させたあげく、銀のかんざしで心臓をひと突き。
 死体の横には椿の花弁が1つ。
 
 八丁堀の若い与力青木千之助は、おしのを犯人と推察。ところが、この女には罪の匂いがしない。1日待ったのが失敗。おしのは消えてしまいます。

 千之助が調べると、殺された男たちは屑やダニ。殺されてもおかしくない。だが、この心優しい女にもう罪を重ねさせたくない一心で居所を探します。 

 おしのが5人目に狙っていた男はだれか? 母を孕ませた張本人である袋問屋の主人、すなわち、自分の実父です。
 おしのに言い寄る男に対して、自ら帯を解き、おそのと比較してどうかと聞きます。そして、4人の殺しと実の娘であることを告白します。

 この男だけは殺さない。実の娘を犯そうとする破廉恥。不義で生ませた娘が獄門磔となる恥さらし。

「死は一瞬の苦しみ。永遠の苦しみを与えてやりたい」

 おしのは晴ればれとした気持ちで服役し、自分の着物をほどいて女囚の赤ん坊の服を繕う毎日。
「お裁きの日まで間に合いません。夜なべを許してください」
 千之助は裁きの日に近づくにつれて美しくなるおしのを愛しく思います。心安らかに死なせてやろうとします。

 ところが、主人の不義を知った袋問屋の女房が自死。牢番から聞かされると、おしのは急変。初めて罪の無い人を死に追いやったことへの自責の念に耐えきれず、その夜、おしのは鋏で自害するのです。

 水清ければ魚棲まず。清廉潔白もいいけど、四角四面の生き方はかえって自分を追い詰めてしまいかねませんね。清濁併せのむ器量でないと世間を狭くしますな。500円高。